2011年3月アーカイブ

雨ニモマケズ

| コメント(0)

PICTURE.jpg

 明日から東京、上海へ向かう。
 東京、台北、上海出張のため
、2ヶ月前からJALのフライトを予約していたが、東日本巨大地震でイベントと会議のすべてがキャンセルとなってしまった。日本航空もアジア行きのフライトはペナリティーなしで何時でもキャンセルを受け付けてくれている。通常なら私もキャンセルするところなのだが、今回だけはそうは行かなかった。
 戦後最大の非常事態に直面している母国に、多くの国が支援をしてくれており、一方では福島原発の危機で、アメリカは早々と退避区域内を80kmと決め、ドイツ人、フランス人、中国人らが一目散に列をなして日本から逃げ出しているニュースを、私一人が安全な外国の地で見物しているわけにはいかない。せめて心だけでも
福島原発の国難に命がけで作業に当たっている人たちと一緒にいたい思いがある。

 

 天皇、皇后両陛下は被災地に想いをはせ、皇居の電気を自主停電しておられるという。国民と困難を分かち合いたいと始めたもので、陛下は寒いのは服を着れば大丈夫とおっしゃっているという。両陛下は第1グループの停電時間に合わせ、明かりや暖房といった電気の使用を控え、時にはろうそくや懐中電灯を使いながら過ごされているという。暗い中で夕食を取られることもあったようだと産経ニュースが伝えています。

 両陛下がこの様になされておられるのに、私がこの国難に背を向けることはできず、本心良心が行けと命じています。
 JALが飛ぶかぎり、私も飛ぶことにしました。


(先ほどアメリカのラジオから日本の犠牲者のために、サミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」が流れていました。この曲は9.11の追悼、昭和天皇御崩御の追悼に流れた曲でもあります。合掌)


「頑張って」は禁句なのか

| コメント(0)

 私は心理学の授業を受けた時、生徒の心理をまるきりわからずに退屈極まる講義を訥々と続ける学者馬鹿に辟易して以来、心理学から遠ざかってしまった。

 東京都立精神保健センターの冊子「災害時のこころのケア」の手引きによると、被災者への4つの禁句があり;
 「いろいろあったけど命が助かったからよかったじゃない」、この禁句はその通りだと思う。
 次に「早く元気になってね」は、被災者が失ったものを理解されてないと感じるので禁句。「がんばって」は、疲れきっているのに追い打ちをかけるから禁句。「早く忘れて前向きに生きよう」も禁句なのだという。

 では、被災者に何と言ってあげたらいいのか。「元気に」、「がんばって」の他に言葉があるというのでしょうか。すでに大被災に絶句している私たちの口からやっと絞りでてくる言葉まで津波は奪うというのか。

 たしかに非常時の言葉には行動と責任がともなうものです。生死の極限に置かれた被災者は、直感で話す人の言葉の奥のその真心を嗅ぎ分けられるものです。被災で研ぎ澄まされた直感は、言葉に潜む真心を敏感に察知し、以心伝心でごまかしは通用しません。
 ですから真心からの発露であるなら、禁句などに惑わされることなく「元気になってね」、「がんばれ東北」の言葉を送ろう、きっと被災者の励ましになります。
 それにしても被災者を励ます言葉がみつからない、私は言葉に詰まって、被災した友人に「また会いに行きます」だけを伝えた。
 会ったら抱きしめて生きている喜びを共有したいと思っている。

奥の細道

| コメント(0)

 ニューヨーク冬時間と日本との時差は14時間、3月11日午後2時46分に東北巨大地震が発生した時刻は、11日の午前0時46分。
 前の晩8時半頃に、ロンドンに住む娘から(当地は夜1時半)「眠れないけど、どうしてだろう」という電話があった。夜中に電話をくれたことなどないのに、どうしたのかと嫌な胸騒ぎがした。
 その晩なにを思ったか、本棚から立松和平著の「奥の細道」を取り出して11時にベッドに入り、「深川」「千住」「草加」まで読み進めた所で、本をベッドの脇に置いて寝入った。
 朝の3時半(ロンドン時間の朝8時半)に、また娘から「東北がすごい地震だけど、大丈夫なの」という電話で起こされた。眠気まなこに「昨日は草加まで行ったけど、大丈夫だったよ」と、寝ぼけた受け答えして受話器を置き、また寝ようとしたが、眠れずにネットを捜索すると、大地震よる大津波の怒濤が「奥の細道」を襲いかかっている衝撃的なニュースだった。
 全く偶然で私は草加に留まり難を逃れましたが、この先いつになったら白河の関を越え、塩釜の明神を詣で、船を浮かべて松島に遊び、仙台の友にも会いたい。この道はいつ開けるだろうか。


「前途三千里の思いひ胸にふさがりて幻のちまたに離別の泪をそそぐ。

   行く春や 鳥啼き魚の 目は涙

 これを矢立の初めとして行く道なほ進まず(奥の細道)」
 本は閉じたままベッドの脇においてある。    合掌

合掌

| コメント(0)
Pray.JPG

合掌

 被災地のみな様、被災者のみな様、

       心よりお見舞いを申し上げます。
 悲痛の中にあっても、どうぞがんばってください。


 今は福島第一原発の推移を見守り、できるだけ小さく押さえ込むように祈ってます。またそこで一生懸命に作業につかれています方々に感謝し、効果を祈り、できるだけ無事でありますよう切に祈っています。


 毎日ニュースを見ながら絶句です。
 このブログのリンクに「今出来ることを丁寧に」というサイトがあります。このタイトルのように「今、私たちのできることを、愛をもって丁寧に」やって行くことかと思います。
 自他一如の愛は津波にも流されず、放射能にも汚染されません。愛は明日を創ります。
 厳しい、つらい時にこそ、それぞれが、今、ここで、できることをして、がんばりましょう。


 (追記:上記の写真は中国工場から送られてきました。日本に希望の光を送ろうと、LEDライトをフル操業で生産しています。工場全員でがんばってくれています。)



 

たかがラーメン

| コメント(0)

tisoku.JPG

 醤油味の中華そばには昭和の哀愁がただよう。
 恋にやつれた「男はつらいよ」の寅さんが、チャルメラの屋台でラーメンを注文し、「おじちゃん、鳴門はいらないよ。目が回るから、、」というシーンに中華そばがよく似合う。
 私はラーメンが好きなのですが、どんなに美味しく食べても、いや美味しければなおさら、どんぶりの底に満たされぬものが残ってしまう。美味しくても一杯だけで終わってしまう虚しさからだと思う。
 さりとてラーメンライスではお粗末すぎて、空腹を埋めるために食べた貧しき学生時代が思い浮かんできて、スープが塩辛くなってしまう。中国の人はラーメンをおかずにライスを食べている日本の人を見ると、食の貧しさ感じるという。
 そんな一期一会のラーメンだからこそ、かえって思い入れが深くなるのかも知れない。

 1985年の邦画に、伊丹十三監督の「タンポポ」というラーメンをテーマにしたコメディードラマがあり、私たちはこの映画を面白おかしく楽しみました。しかし、もしこの映画を外国の人が見たら、おそらく違和感を持つのでないかと思う。
 たかが一杯のラーメンに、あれほど真剣に、一生懸命に味を追求する愚直さが分からず、たかが650円のラーメンに何であの様なばか騒ぎするのかと理解に苦しむだろうと思う。さらには、そのラーメンの麵と具と汁にこだわるお客、店のカウンターに座って食べ方まで開陳する老人客は奇怪に映るし、このストーリーが実話に近いことを知るに至って、驚いてのけ反ってしまうことだろう。
 魯迅はこの勤勉さ、こだわりの精神を、中国が日本から学ぶべきものだと言っていますが、一般の中国人にしたら、たかが一杯のラーメンに採算の合わないこだわりは愚直に思えて学ぼうとはしない。店主もお客の方も650円のラーメンの味はだいたいこの程度のものと、双方に実利的な妥協味のソロバンが働いて折り合いがつく。「差不多、吃飽就好了(だいたいこんなもんで、お腹いっぱいになればそれでいい)」。たかが一杯のラーメンに一生を費やす愚直さなどはとうてい理解し難いものである。
 ですから麵の本場、杭州の老舗「吾唯味足」で食べたタン麺も、老舗の割りには看板ほどに足る味でなく、「百年如一日」まぁまぁの妥協味のままだった。もう一度あそこに行って食べ歩きする気にはならない。
 一方の日本は究極の味へのこだわりを原動力にして、明治の黎明期の「南京そば」から昭和初期に「支那そば」へ定着。戦後は「中華そば」をさらに発展多様化させて、平成の美味しい「日本ラーメン」へと進化していきました。店主の味へのこだわりと、その味を求めて食べ歩きをするお客のこだわりによって日本のラーメンが育ってきたわけです。
 では、日本化したラーメンは、日本だけの特異な味としてガラパゴス化したかと言えば、とんでもありません。今では日本のラーメンは、本場帰りして中国でもブームになっていますし、香港、台湾、東南アジアで普及しています。そればかりでなく、アメリカ、ヨーロッパでも、当地の人が箸をうまく使いこなして、ズルズルーと音をたてて食べています。
 また、その進化と同時並行して育ってきたインスタントラーメンは、宇宙にまで出前しています。日本のラーメンはガラパゴス化を通して、世界の市民権を得た食文化となっています。

 一杯のラーメンに対してさえ、この愚直なまでのこだわり精神、職人気質が、日本を世界でも有数な「美食の国」にしたのは当然の結果であるといえます。現在ミッシュランの三星レストランは、世界に90店あるようですが、その内の26店が日本のレストランだといいますから、まさに「美食在日本」です。愚直なこだわりが文化を創造します。
 
たかが一期のラーメン、されど一会のラーメンです。

鶴丸

| コメント(0)
DSCN2248.jpg


 今月から日本航空のロゴ「鶴丸」が復活して空を飛ぶ。
 経営再建中の途上で「初心の原点に帰り、新たなJALを作る。新生JALグループの象徴として採用した」との広報である。
 新生をめざすという割には、鶴丸のロゴマークはいかにしても古い。どう見てもプロペラ機時代のロゴマークで、「三昔前」の正月に遊んだ「とっこ」の鶴丸イメージです。
 私の勝手な推察でしかないのですが、これはかって鶴丸とともに世界を飛び回った稲盛和夫会長のノスタルジー的な発案と、その取り巻き連の「よいしょ」で決まったのではないかと思う。
 
経営再建の時期にロゴを変える必要性があるのかは疑問だが、稲盛会長の花道に添える置き土産にはなるのだろう。
 私は大のJALフアンで、長年ダイアモンドグラブのメンバーですから、JALには特別な思い入れがあります。外国からJALの機上に入いったとたんに、そこは日本でして、ほっとした安らぎを感じ、気持ちのよい飛行をさせてもらっています。日本航空の乗務員や地上スタッフの日本的なきめ細やかなサービスは、世界の航空会社の中でもNO.1でないかと思う。ロゴよりそちらを大切にしたい。
 ですからロゴマークがどう変わろうと、ロゴの好し悪しで乗るわけでないので一向に構いません。「初心の原点に帰る」ということでロゴを変えられたのは、親方日の丸経営から脱却する決意だと思います。もしそうでしたら、この機会に日本的なきめ細やかなサービス精神を維持せしめ、同時に経営を健全化させて、再建のために一生懸命にやっている従業員の汗に応えてもらいたいものです。 
 海外に住む日本人にとり、JALの翼は日本のシンボルでもありますから、世界の大空へ高く飛んでもらいたい。

 

ガラパゴス化

| コメント(0)

 日本の携帯電話の異常発達というか特異性を表現するために、最近「ガラパゴス化」という新語を耳にするようになった。
 ガラバゴスは南東太平洋にある赤道上の島で、ダーウィンが進化論の啓示を受けた島として知られている。特異に進化した生物が生息していることで有名な諸島である。
 そんなことでガラパゴス化とは、日本の文化、技術、サービスなどが、日本市場において特異に進化し、グローバルスタンダードからかけ離れてしまい、技術的には世界の最先端を行きながらも、世界市場で普及しないことを指している。
 たしかに携帯電話の品質や仕様をみると、日本市場の要求から独自の進化をとげ、世界市場の標準からかけ離れて取り残されている感を拭えない。だが一方では、世界標準からかけ離れても、日本市場のユーザーを囲い込むだけで十分にやっていけるし、逆説的ではあるが外国メーカーの日本進出を防衛できることにもなります。メーカーにとりある意味で「鎖国製作」でもあり、また「足ることを知る」べしの痛し痒しでもある。
 日本の経済論調はガラパゴス化をネガティブに捉える傾向があるが、私はそう悲観的にならなくも、もっと積極的に捉えていいのではと考えている。こうしたガラパゴス現象は、なにも今になって始まったものではなく、文化面で見れば、もっと根の深いものです。
 サミュエル・ハンチントンの著者「文明の衝突」なかで、現代の主要な文明を、欧米キリスト文明、イスラム文明、東方正教会(スラブ)文明、インド文明、中華文明、アメリカ文明の七つの文明とアフリカ文明をあげています。その世界の諸文明の中にあって、文化および文明の観点からみると、すべて主要な文明には複数の国が含まれているが、日本文明が特異なのは、日本だけが家族をもたない孤立した文明で、日本文明だけが日本と一致していて、「日本は国そのものが文明」と、定義しています。この定義はトインビーやシュペングラーといった著名な文明史家が強調してきた「日本文明の独自性」と共通した認識です。
 ですからガラパゴス化という表現は適切でなく、こうしたことは日本文明の独自性で、日本が日本であることを実践しているわけです。
 日本のメーカーはこの事にもっと自信を持って、いい物を適正な価格で提供すれば、必ずお客が来てくれるという、物造りの基本精神に立ち帰り、日本市場のユーザーにこだわり続ければいいと思う。

 パナソニックは電球の二股ソケットから始まり、シャープはシャープペンから創業していています。今、世界市場を謳歌するiPhoneのアップル社ですら、自宅のガラージからガラパゴス的にスタートし、創業者のこだわりの精神が脈々と続いています。
 世のため、人のために、いい物を創ろうとするこだわりの精神は、文化を継承し再生産もします。そして真にそのこだわりの精神が価値あるものならば、やがては文明として世界へ普及して行くものです。
 これまでもそうであったし、これからもそうであります。

 「有花自然香」、花あれば自然に香るです。

このアーカイブについて

このページには、2011年3月に書かれた記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2011年2月です。

次のアーカイブは2011年4月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。