2011年6月アーカイブ

揺れるアジア

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 24日から3週間アジアを回ってきます。
 出発の準備に、ポロ・ラルフ・ローレンの、「希望」JAPAN RELIEF のポロシャツを奮発しました。台湾のイベントで着た後、ブータンの旅行社の人に置いてきたく考えています。

 17日に北朝鮮の国境に近い韓国北西部で、海兵隊員の2人がアシアナ航空を、北朝鮮の空軍機と誤認して10分間にわたり小銃99発を発射したといいます。幸い無事でしたが、戦争は時にこうした小さな偶発的なミスから勃発しますので、もしこれが北朝鮮からの発砲だったらと 思うと、背筋が寒くなりました。
 北朝鮮は核とミサイルをもちながら、餓えに苦しむ崩壊寸前の拉致テロ国家です。軍人の中には人肉を食らい、残りを羊肉として転売するほどで、今や中国の餌にありつくだけの狂犬に成り下がっています。
 日本の民間航空は朝鮮半島の南北国境沿の上空に飛んでいませんが、中国の民間機は瀋陽と成田の間を飛んでいて、朝鮮半 島の上空を飛行する時、下からミサイルが飛んできや〜しないかと心配になります。中国の民間航空が南北の上空を飛んでいる限り、朝鮮半島は大丈夫という指 標でもありますが、それでも瀋陽へ行く時は、海を迂回し大連を経由で行くことにしています。 
 一方、南シナ海では中国とベトナムが南沙諸島の領有権をめぐり緊張した状態です。中国の海洋進出が露骨になり、それに 危機感を持ったベトナムが南シナ海で実弾演習をし、徴兵制度を復活させています。その実弾演習に対し中国の世論調査で、83%が軍事行動による紛争解決が 最も妥当な方法としています。
 双方とも共産国家のため近親憎悪というか、かえって妥協することなく骨肉の争いも辞さない危機的な状況です。それに中国は国内に充満した民衆の不満を、外に向けるためにも強行姿勢をとり続けることと思う。
 もしこれが(やがて必ず来るであろうが)、東シナ海の尖閣諸島の領有権で緊張が高まり、お得意の反日感情を煽り、世論の83%が武力行使も辞さずと脅してきたらと思うと、こちらも背筋が寒くなる。
 尖閣諸島のすぐ隣は台湾。アメリカの軍事専門家は、台湾有事の際には、先ず沖縄の米空軍嘉手納基地、海兵隊普天間飛行場、航空自衛隊那覇基地の3か所が先制攻撃の対象になると指摘し、米軍基地をグアム島に後退させることを検討しています。
 なにせ李鵬元首相はオーストラリア訪問した際「日本など、あと20年もすれば消えてなくなる」と放言しています(悔しいけど何かその予言が現実味をおびる昨今です)。

 しかし、今の日本は内憂外憂のなかで統治能力失っていています。もう「待ったなしの日本」なのですが、内政はゴタゴタに明け暮れ、国の行く末を想わず、自分等のエゴを優先して未だに目が覚めていません。
 シナ海の高波にアジアが揺れています。もし、政治に天罰というものがあるとしたら、それを招いた者の自業自得となります。

 因縁果報、「天は自ら助ける者を助ける」です。


見切りスズメ

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 AKB48は選抜総選挙の直後にすかさず次の新人を仕掛けているのに、政界は今だテレビの視聴率がガタ落ちになるカエルの面だ。カンを思うとまたトイレに行きたくなった。

 さて今日は舌切り、いや、見切りスズメのお話し。
 私の好きな中国の諺に「麻雀は小さいといえど五臓を具している」。会社は大小のサイズでなく、小さくても質だということで、スズメを見ると「がんばれ雀」と応援したくなる。
 私は月曜から木曜日までお弁当をもって出勤し、毎日ランチの時にご飯をスズメにお裾分けして一緒に食事しています。困ったことに最近はすっかりスズメに飼い馴らされて、こちらがスズメの餌を食べている感じにさせられています。
 スズメは利口なもので、人の気配と時間帯がわかり、ドアを開けて、ご飯をまくとすぐに数羽のスズメが近くに飛んで来きて食べ始めます。しかも一対で来たり、親子で来たりで、羽をふるわせて嘴渡しを要求したりして可愛いものです。近くに来たら捕まえて焼き鳥にしようというこちらの下心を察してか、安全な距離をとり3メートル内に近づくことをしない。私めの不徳のいたすところなり。
 金曜から週末にはスズメのダイエット日でご飯をやらないのですが、その日は同じ時間帯に来ても、餌がないとすぐどこかへ飛んで行ってしまいます。けして待つことをしません。餌があれば来る、無ければ来ない。このドライな見切りのよさに感心させられます。この見切りのよさは家でリスを餌付けした時も同じでした。けして餌を待つことをしない見切りのよさが、スズメをして人類よりも長く生き抜いている要諦なのだと思う。野生で餌を待つことは餓死を意味すると本能で知っているのだろう。とにかく餌をさがし求めて動く物です。スズメも一生を懸命に生き抜いています。


 人生においても生き抜くうえで見切りという事はとても大切ですが、多くの人が見切りをつけられません。見切りは変化を意味し、勇気のいることだからです。いつ見切るのかのカンが悪くて動けないのです。
 しかし、人間もなかなか捨てたものでありません。
 昨日のブログでも、福島原発のリスクから見切りをつけて、都会から北海道へ引っ越す家族のことを書きました。原発の汚染が未知なものですから、これからの子育ては何かと大変だなと思っていましたら、今日また下記の意外なメールがきました;
 「
福島原発が爆発したとき『早く二人目を産もっと!』、生命の危機を感じ、できるだけたくさんの子孫を残そうと本能が目覚めたのです。だから妊娠は東電の責任。でも妊娠はうれしいことだから、責任というよりも、東電のおかげかな」とありました。
 これは東電のおかげ責任でして、危機は本能をよび醒まし性欲を増進させる様です。

「男は福島で戦え、私は種族(家)を守る」。女性はこういう発想するから強いね。男性にはとてもこうした発想が出てこない。これでアダムとイブは生き残る。

 かくして、北海道の人口が4人増えるだけなのだが、日本の行く末に一筋の光が見えたメールだ。生まれてくる子の名に「光」の字を当てよう。

  雀の子 そこのけそこのけ 妊婦が通る


 

来た時よりも美しく

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 民主党のマニフェストに「最小不幸社会の実現」というのがある。
なんだこれ?「最小」「不幸」、なんともネガティブで後ろ向き標語だろう。もうこの発想だけで末期カン内閣はだめだな。いかにも「みんな貧しい小さな不幸」という、古き19世紀の社会主義的な発想だ。こんな貧しい発想で政治をやられたら、福島原発の被災者もたまったものでない。原発リスクのため都会から北海道へ引っ越しする家族もある。
 孔子曰く「悪政は原発(虎)より猛なり」だ(そういえば11日のブログのカエルだが、内閣にも手足を切られた面だけのカエルがいた)。

 

 7月中旬にブータンへ旅行してきます。本サイトのTOPページにブータンの子供たちの写真を掲載していますし、2月23日付けブログで「ブータン王国」を書きましたが、私の夏のイベント旅行になっています。
 2月に旅行計画を立てた時には、ただなんとなく世界一幸せなブータン王国を「今」見ておきたいと思ったわけです。

 その後、日本に大震災が襲い電力の供給が30%ほど減少し、30年前の日本の活力になってしまいました。私たちはこのまま三昔前の日本に甘んじられるのだろうか。これからの再生に30%の電力減少で復興できるのだろうか。原発に反対する人は三昔前の生活になることを覚悟して反対しているのだろうか。復興にエネルギーが必要になりますが、原発に代わる電力をどうするのだろうか。あるいは、日本はこのまま没落し停滞に入るのだろうか。誇り高き日本人がその没落を受け入れられるのだろうか。果たして、日本が世界の先進国に先駆けて、これまでの国民総生産(GDP)的な方向から、国民総幸福(GNH)へ、パラダイムの転換ができるのだろうか。美とは調和であり「美しい国づくり」こそ、日本が日本を実践することなのか。国民総美量(GNB)は可能か。これから何を選択して行けばよいのか。
 私たちはこの国に生まれ、この国を来たときよりも美しくして逝くのが、今この国に生きている私たちの子孫に対しての責務でもあります。大きなお世話の老爺心なのだが、大震災以来、日本の行く末をあれこれ憂国し、頭が重く眠れぬ夜となっています。


 仏教王国ブータンは、世界潮流の川岸で、国民総生産でなく、国民総幸福量を追求しています。富と幸福の間の関連性は低く、物質的な富では幸せにならない。外的な生産量より、内的な幸福量を重視し、因縁あるみんなの幸せこそが人生の価値をきめるという指標です。ヒマラヤの秘境に位置し、人口約70万人、その85%が農民、1万人の軍隊という小さな国のため、世界への影響力は限られたものになっていますが、たとえそれがわずかな振動であっても、ヒマラヤの秘境から発信を続けることに、ブータンの世界史的な意義があります。
 このブータンも
1999年から国内テレビ放送とインターネットが開始され、テレビがブータンの客間を独占し始めました。インターネットの情報が世界化を促し、皮肉なことにシャングリラの国がテレビの中のシャングリラに憧憬しています。これからブータンも世俗化が浸透してゆくと思いますが、それでも地政学的にみてその世俗化に限度がありこの国はこれからもブータンとして在り続けると思います。

 そんなブータン王国に、何かのヒントを求めて出かけてきます。

眉間のたて皺

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 ペテン師カンの権力に対する執着は阿修羅の如き、ますます人相が悪くなってきている。カンの動態はもう政治力学的に分析するよりも、精神病理現象の方面から見てゆくとよりわかりやすい。カンは私の眉間のたて皺によくない。

 4月27日のブログに、香港でインド人のエセ占い師につかまり、不覚にもお金を巻き上げられた顛末を書いたが、今日はその続編。

 彼はエセ占い師でカモからお金をせしめることが目的なのは間違いない。しかし「盗人にも三分の理」というものがあり、空き巣に押し入りその家の主人に戸締まりをよくするように説教をする様なものですが、私は素直に説教を聞き入れてしまった。まぁ馬鹿と言うか、肚が大きいというのか、たとえエセだとしても、言ってることが正しければ、正しいと思ってしまう。

 彼は私の眉間を指して「あなたの額から光が出ていて、近い将来にいい事があるのに、そのたて皺が邪魔している。物事をあまり深く考え込まないで、その皺は直したほうがいい」と言われた。こんなことは誰でも言えることだが、人相占いの本家のインド人にそう言われると、やはりそんなもんかと妙に納得。
 眉間がたて皺の笑顔は不自然ですし、「ありがとう」と言うのに怒っているような顏ではいただけません。そうは思っていましたが、持ち前の怒りっぽい短気な性格の上に(
ーー#)、左目の視力が右目より弱いために左の眉間に負担がかかり、数十年来にわたって深く刻まれた皺ですから、これも我が人生の軌跡として、仕方ないと観念していました。

 しかし、素直な私はインド人に言われて以来、眉間のたて皺を消すように改善を始めました。数十年間にわたって深く刻まれた皺ですから、2ヶ月そこらで簡単に消えるものでないし、心の形として表れた皺ですから、額をマッサージするだけで取り除けるものでもなく、心と体の両面からトータル的な長期戦が必要になります。でも、今回はそれに果敢に挑戦しています。

 たぶんあと半年もしたら、たて皺は消えて、笑顔は笑顔に、「ありがと」は有り難うの顏になっていることと思う。もう一度あの「ペ」のつく天使に会って、ありがとうとお礼が言いたいものです。

カエル

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 雨期につき今日はカエルのお話。
 今年も石川県ではオタマジャクシが空から降ってきたようです。オタマジャクシはカエルの子、ナマズの孫ではないわいな、それがなにより証拠には、やがて手が出る足がでる〜♪

 日本から伝わってくるニュースは政界のドタバタ茶番劇と、同列扱いでAKB48の選抜総選挙の学芸会。政界もABK480Anybody But Kan out of 480」カン以外なら480衆議院議員の誰でもいいとのカン壮会。
 先日は証券取引法違反で2年半の実刑判決を受けた、ホリエモンの収監壮行会が、アキバのメイド(冥土)喫茶でAV嬢とジャナリストの田原総一郎と上杉隆が駆けつけ、冥土の土産で、早くカエルと壮行エ
--ル。
 日本はいまだに極楽カエル的平和の中にあり、余裕があるのか、懐が深いというのか、とにかくおめでとう!おめでとう!実に平和ないい国で、バンザイ!
 これらについてのコメントは、気が失せるだけですので省略して話をカエル。

 カエルはナマズよりも地震の予知能力があるといわれています。緊急地震速報のシグナルナウ社のサイトにカエルのイラストが使われている由縁です。さて、予知したカエルのその後はどうなるのでしょう。

 よく知られた「ゆでガエルの法則」という話しがあります。カエルを熱いお湯の中に投げ入れるとすぐ飛び出ますが、水のなかに入れてじょじょに温度を上げて行くと、頭に手ぬぐいをのせて、いい湯だな〜♪ァハンと、気持よさそうに浸かったまま、水温の熱さに気がつかず、いつの間にかゆで上がってしまうというお話。
 また、ユダヤのジョークにカエルの生体実験があります。右前足1本を切り落としてジャンプと言うとカエルはジャンプしました。次に左前足を切断してジャンプと言えばジャンプしました。今度は右後足を切り落としてジャンプと言えば、苦しそうに1本の足でジャンプしました。最後に左後足を切断して、ジャンプと何度叫んでも、ジャンプしませんでした。教授はその実験結果を「カエルは4本の足を切り落とすと耳が聞こえなくなる」と、おもむろにノートに書き込みました。
 多くの日本人は、戦後レジームのぬるま湯に浸ったまま惰眠を貪り続け、手も足も失い、緊急速報を聞く耳を聾してしまっているようです。しかし、これはジョークでありません。
  やせカエル 負けるな一茶 これにあり (一茶)

 

新しい元気

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 スカイツリーが来年5月22日にグランドオープンと決まった。
634メートルのタワーから眺める景色の中で、一番人気は富士山、2位が東京タワー、3位が東京湾だという。おそらく荘厳な富士山が水平の視野で遠望できるのだろう。一度眺めてみたいものです。

 最新の叡智と技術の枠を結集し、大震災にもめげないデジタル・タワーが完成の果てに見えたものが古からの富士山だったとは、なにやらゆかしだ。富士見塔とでもネーミングすれはよかった。
 私のお気に入りの俳句に「雪いだき 富士はやっぱし 不二の山」という駄作があるのですが、日本に帰り富士を見るたびこの句が口からでてしまう。
 いま富士山の国が、戦後最大の国難から立ち上がろうとしています。
 この折に「先送りできない日本」
第二の焼け跡からの再出発=池上彰著(角川新書)と「日本復興計画」大前研一著(文藝春秋)を拝読した。両著書に共通していたことは、日本の衰退は東北大地震から始まったのでなく、すでに失われた20年前から始まっており、これまでに問題を先送りしてきた累積が、東日本大震災のガレキの山に象徴されているとしています。

 池上氏は日本が先送りして来た問題点を、例によってやさしく解説して「もう待ったなしの日本」という啓蒙書になっています。
 大前氏は原子力専門家から外資の企業コンサルタント社を経て「平成維新の会」を設立し、日本国の設計ビジョンを提言しています。今回の原発事故では水を得た魚の如く輝かしい言論活動を展開し、いち早く対策と方向性を提起したことに敬意を表したい。本の内容はユーチューブですでに語られてますが、第1章、これで原子力の時代は終わった、第2章、三分の二に縮小する生活、第3章、日本復興計画となってます。
3章の終りに「政治家に頼ってはいけない。政府に頼ってもいけない。国がなにもしてくれないことは、すでに明らかだ。自分自身だけが頼みの綱と覚悟を決める。そうしなければ、この日本も元気になりえず、復興もありえない」と、結んでいます。
 大前氏らしい突っ放したきつい結びですが、究極において自分を守るは自分でしかないので、その通りだと考えます。たとえ国の援助はあるにしても、国に頼る前に自助努力なしに復興はありえない。先ずは心の復興となります。

 待ったなしの日本、国民が心を結集して立ち向かえば、必ずや復興されることだろう。

   晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 (天風)

イワシの頭

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 後知恵になってしまったが、私自身の心の整理のため、坂篤郎氏の著書「巨大地震」(角川新書)を読んでいる。出版は2005年ですから今回の東北巨大地震の6年前になります。前内閣審議官の著者と他8名の地震震災プロジェクトチームによる、地震被害・防災シミュレーションの報告書になっています。世の中には奇特な人がいるもんです。
 巨大地震はいずれどこかに必ず来るので、できるだけの準備しておくことが生きるうえでの知恵として、防災対策をこと細かく提起しています。さすがに原子力発電のことまで言及していませんが、「近い将来発生すると考えられている宮城県沖地震」と書いてありました。また津波による被害を想定し、明治三陸沖津波(1896年)の時は、20メートルを超える大津波であったことを記しています。そうしますと、福島原発の防潮堤を15メートルで済ませたことは、想定外ではなく、想定内の天災+人災だったことになります。あきらかに人災なのに、想定外として組織ぐるみで責任逃れをしていることになります。責任の所在を曖昧にしてお互いにかばい合う日本的な組織が裏目にでています。
 さらにひどい無責任な人災はカン首相です。私はこのブログで政治的な批判は控えてまして、これからもそのつもりですが、今回は政治批判としてでなく、人道という信義から書き進めます。
 6月2日に於ける内閣不信任決議案の採決において、
カン(あえて敬称を略)は、人の道として一番やってはいけない醜悪な禁じ手を使いました。人の道を外れることを外道といいます。仲間も国民も裏切る卑劣なペテン行為です。

 政治の世界に信義など三文の値打もないのか知れないが、最低限度のルールが無ければ民主政治はなりたたない。リーダーたるもの言葉に責任を持たねばならないのに、醜悪な騙しを私たちの前に曝けだし、国民を愚弄しました。政治の世界といえどもこんなことがまかり通るわけがないのに、権力に目が眩んでなにも見えなくなたようです。
 もし国民が政治と政治家を信用しなくなったらその国は滅びる
。カンの責任感の皆無の核心は、「すべての責任は他にあり自分にはない」とする資質から出ています。リーダーには、いわんや首相の権力には責任がともなうものなのだが、そうした自覚が全くない。ここまで外道だったとは想定外。昔なら切腹で、それができぬのなら天誅です。
 まぁ、カンの事はもうどうでもいいのですが、地震、津波、原発に続ぐ第4のカン災害は、私たち
国民がカンを頭にいだいたわけですから、私たちが招いた人災でもあり、国民にも反省と責任の自覚を促したい。組織とイワシは頭から腐って行きます。国民がこの腐れ頭に汚染されないように用心したいものです。

天上の火

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 ギリシャ神話に天上から火を盗みだして、人類に与えたプロメテウスの話があります。人類はその火を使文明を築いてゆきます。

 天上から火を盗み出す行為は、ギリシャの神々に背く罰せられるもので、プロメテスが天上から火を盗み出して人間に与えた結果、ゼスの怒りをかい、コーカサスの山頂の岩壁に鎖でつながれ、永遠にハゲタカに肝臓を食い裂かれ続けるという過酷な刑に処されました。プロメテスは不死身なゆえにハゲタカに肝臓をついばまれてもすぐに復元し、傷が癒えるとまた食い裂かれて永遠に苦しみ続けることになります。
 人間に火を与えたことがそれほど憎むべき罪なのか、ギリシャの神のみぞ知るところですが、
神に反抗することによって地上に楽園を築き、神の聖域に挑戦にすることで、自らが不可避的にそれ相応の罰を受けるという悲劇神話です。
 天上から第二の火といわれる原子力を盗み出して、現代文明を築いて来た人間もまた第二のプロメテウスなのか。悲劇的な運命を予感しながらも原子力に恐る恐る近づき、電力を解放した罰の恐ろしさを自覚しつつあえてその罰を甘受する覚悟で、悲劇の深淵に近づきました。人間の肝臓は55日で新しい細胞に代謝されるといいますから、またハゲタカに食い裂かれる運命なのか。もしそうなら、人間とはなんと不条理な生き物なのでしょう。
 さりとて、昨日まで、そして今日もなお電力の恩恵を享受してきた者が、手の平を返したように、脱原発、反原発を怒り叫ぶことにも、なにか違和感を覚えてしまう。たしかに反原発を叫べば社会的な受けはいいかも知れないが、そこにはこれまで受けてきた恩恵に対して感謝の気持もなく、プロメテウスの文明的な苦悩が無視されています。お世話になったのだから「お疲れさまでした。もうこれからは休んでください」といった謝辞があってもいい。こちらにも反省と感謝がなければ復興もおぼつかない。
 現実に起こってしまった未来は、現実で対処してゆくしかなく
理想だけでは解決できません。まず子供たちのためにいち早く汚染された大地を拭き払うことです。そして今はプロメテウスの苦悩を、自分たちの苦悩として引き受け、ここで少し立ち止まり、未来社会を見つめ、これからのエネルギー問題を、どのように扱って行けばよいのかを、真剣に考えてゆく時だと思う。

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