2011年10月アーカイブ

花ひらく時、蝶きたる

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scn11102810420000-n1.jpg (昆虫写真家の渡辺泰之さん提供)

 今日の産経ニュースに、約80年前にイギリス人が初めて採集した幻の蝶「ブータンシボリアゲハ」を、東京大総合研究博物館の調査隊が、今年8月に5匹の採集に成功したとあった。

 ブータンシボリアゲハは、羽に黒字の何本も淡い黄色の縞模様が走っていて、羽を広げた長さ12センチほどの大型な蝶で、今回採集した場所はブータン東部、首都ティンプーから車で約1週間、さらに徒歩で数日進んだ森の中とのことです。
 
ブータンの関係者から「似たチョウを見た」と情報が寄せられたが、現場が外国人立ち入り禁止の保護区域だったため、日本蝶類学会がブータン政府と約半年交渉し採集が実現したという。
 幻の蝶を求めて首都ティンプーから車で約1週間、さらに徒歩で数日の森の中までとは、誠にご苦労様です。ヒマラヤの秘境を知る者にとっては、それがいかほど大変なことか察しられます。
 たかが蝶、されど蝶なのか、直接社会や経済発展に役立つわけでもない学術研究に、これほど執念を燃やす学者馬鹿にほとほと(呆れる)敬服し頭が下がる思いです。この馬鹿らしさに挑戦する精神は日本力であり、日本文化の厚みです。まだまだ日本は健在です。
 一方のブータンは不殺生の仏教国。野の花も切らず、虫も殺さぬ国ですから、この採集は明らかに密教の教えを侵犯しています。学究の為ならば採集は許されるということなのか。
 調査隊もブータン仏教国に1週間あまり旅をしたなら、自然に採集する気も萎えてしまうと思うのだが、そこが学者馬鹿とでも言うもので、幸せの国にいても「物知りだけに不幸者」、
彼らの来世は虫に生まれ代わる事を覚悟の上なのか。
 蝶は秘境ブータンの山奥に飛び交うからこそ、ブータンシボリアゲハ蝶なのだから、命のかぎり自由に舞らせてやればいいものを。近代学問か、仏教の不殺生か、ハムレット・ブータンは、今日も山々の狭間で揺れている。


成田空港

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 成田空港に3枚の「頑張ろう!NipponStay Strong,Japan)」のポスターが貼ってあった。
 1枚は「ありがとう。成田空港は、この言葉で世界と日本を結んでいます」。2枚目は「節電中の日本を明るく照らすのは、あなたの笑顔。頑張ろう、日本。」と、なかなか巧いキャッチフレーズに感心。3枚目は上の写真にある、「日本はいっそう美しく、力強く産まれ変わって、あなたの帰りを待っています。」とあった。それぞれ、日本語、英語、中国語、韓国語の四カ国語で書かれていた。
 日本語、英語圏、中国、台湾、香港、シンガポール、華僑の中国語、それに韓国語のクワトロランゲッジが、日本をとりまく語学環境なのだろう。すでに日本、香港、台湾、上海、韓国、シンガポール、メンタル的にも共通した都市化となってきています。私にとりましてはすでに外国という意識が薄くなっています。
 外務省の2010年度「海外在留邦人数」の発表によれば、海外に長期に住む日本人は114万人余で、過去最高とのことです。今年は大震災もあり、さらに人数が増えたことが予想されます。
 国別で見て行きますと、アメリカが約38万8千人で1位、次いで中国が約13万2千人、オーストラリアが約7万1千人、イギリスが約6万2千人となっています。
 都市別にみて行きますと、ロサンゼルスが約6万9千人、次いでニューヨークが約5万7千人となっていまして、3位は上海の約5万人とのことです。

 近年の増加率からみますと、上海がロサンゼルスを抜くのは時間の問題となっています。かって戦前のエリートたちは上海に派遣され、戦後はニューヨークとなっていましたが、ここにきて歴史はまた繰り返すようです。
 ともあれ、成田空港のポスター「日本はいっそう美しく、力強く産まれ変わって、あなたの帰りを待っています」Japan awaits your return. は、海外在留邦人の希望と郷愁を誘うものになっています。

西塘のバー通り

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 今日も「西塘(シータン)」で撮った写真を一枚掲載し、二つの雑感を書いて、西塘からさよならしたい。
 なぜかどこの水郷の街にも「バー通り(酒巴街)」があり、上の写真は西塘の一角にあるバー街の路地裏です。
 いずこの国も同じ様で、飲んだついでに路地裏で用をたすらしく、民家の壁に「猫狗畜生在此小便」と、赤い字で書いてあるのには笑ってしまった。目まで描くところがさらに笑える。強いて翻訳するまでもないが、「猫と犬と畜生がここで小便する」とある。  

 この標語の下に誰かが付け足した落書きがまた面白い(写真は鮮明でないが)。「小便者、殺殺殺」とありこれは翻訳不要。ついで「焼鶏巴」と書いてある。これは「焼き鶏」でなく、「○○○を焼くぞ」となります。使用してはならぬひどい侮蔑語ですが、ちょん切らずに焼くところに文化の違いがうかがえる。
 日本の人にとって中国語は漢字を見るとおおまかな意味がわかるので親近感を覚えます。しかし、これが却って中国語を学習する際の障害となっています。漢字がわかるために目で覚えてしまい、耳から覚えないから発音がおろそかになってしまいます。漢字を中国語で発音できないため、聞き取ることもできずに会話がなりたちません。漢字がわかる強みが逆に弱みとなり、近くて遠い国になっています。
 さて、このバー通りに「酒壷、酒器展示館」があり、中央に千手観音のお軸が掛けられていました。やはりここでも千手観音に出逢えたわけです。しかし、この千手観音は真っ赤な口紅をつけてバーのマダム風だった。頭上の十一面相もバーのママやチーママ風、千手の腕にそれぞれピンクと黒の2本のブレスレッドをはめて、手の平に一つ一つ眼が描かれていた。それに一本の手がしなやかにワイングラス(酒杯)まで持っているとは洒落ている。
 さすがバー通りにある「酒壷、酒器展示館」の千手観音様だと妙に納得。千手観音はお酒の守り本尊でもあるのだろうか。もしそうなら千手のお酌で酔いしれたいものです。

仏山

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     (西タンの民家に壁に貼ってあった、40年前?の
       ポスター。右上に撮影禁止とある)

 今週は2つの衝撃的な画像が世界を駆け巡った。
 一つはリビアのカダフィ大佐の殺害。42年間の独裁政権の終焉を象徴する映像だった。世界一の大富豪なのに、最期に持っていたのは一丁の黄金の拳銃だけだった。しかも命乞いする独裁者を、ネズミ少年がその黄金の銃で射殺したとは、盛者必哀の無常さを感じる。「奪う者は奪われる」だ。お隣の金王朝もさぞや背筋に寒さが走ったことだろう。
 もう一つは、今月13日に中国広東省仏山市で、狭い通りを歩いていた2歳の女児がひき逃げされた事件。防犯カメラがとらえた映像に白いワゴン車が2歳児を轢き、運転手はいったん停車した後、前輪と後輪の間に倒れている幼児を見てから、さらに後輪で轢き去って行った。
 倒れたまま血を流してもだえている女児を横目に、18人の歩行者、自転車、バイクが見て見ないふりをして通り過ぎて行き、数分後に別の小型トラックがスピードを落とすことなく倒れている女児の上を轢き越えて行く映像だった。
 事件発生から10分ほどして、19人目の掃除婦の女性が、女児を安全な場所に移して助けを求め、母親が駆けつけ病院に運んだが、重体のまま21日未明に亡くなった。
 普通の神経の持ち主なら見るに耐えられない悲惨な映像だ。人間はここまで冷酷になれるものなのか、恐ろしくなり映像から眼を背けてしまった。できることならこんな地獄の映像はカットしてもらいたい。
 微小の救いといえば、インターネットでこの映像を見た多くの中国の人が、中国社会の道徳心の廃頽に衝撃を受け、「仏山に仏はいない」と抗議が巻き起こったことです。
 中国の人はけしてここまで非情ではない。知り合えば多くの人は情深く良い人たちです。この非情さにはこの国に内在している社会病理現象のが潜んでいます。
 昨年13万人を対象に、「転んだ老人を助けるか」のアンケートを実施したところ。「助ける」と回答したのはわずか4%でした。「助けない」と回答した人の87%が、「助けた後が怖いから」という理由からでした。この女児事件で助けたのは19人中に1人で、奇しくも4%の回答とほぼ一致しています。

 しかし、このアンケートで、自分は「助けない」が「助けるべき」とする回答が65%、「状況による」が27%になっていますから、人情や道徳心がないわけではありません。ただ助けることで、言いがかりをつけられたり、危害が我が身にふりかかり、賠償や訴訟沙汰になりかねない危惧があるからです。実際にも助けたことで加害者扱いを受けトラブルに巻き込まれ賠償や裁判沙汰が多発してます。そんなことで87%の人が「助けない」と回答しているわけです。人の命よりも面倒の方に比重があるのだろう。まさにニヒリズム社会です。
 しかし、これが解放後の中国社会の行く道なのか。かっては
上の写真にように、貧しい中でも瞳が輝き「友の為に」とあった。どこでこんな社会になってしまったのか。物の豊かさと心の貧しさが反比例している感じがする。私は中国がこうした心貧しい社会になっていくことを、心から憂えています。同時に文化と道徳の廃退から復興をしてくれることを願っています。
 月にロケットを飛ばすのも構わんが、もっと地に在る人の命と心に眼を向けてもらいたいものだ。

臭れ縁

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 上記の写真は私の大好物、
西塘で食べた「臭豆腐」。
 街を歩いていてこの臭いをかぐと「たまらず」吸い込まれるようにして近かずき、気がつけばいつの間にか食べ終わっている。多くの外国人はこの臭いが「たまらず」、店の前を迂回して通るようで、観光局は臭豆腐の臭さを抑えるよう通達している。なぜか同じ「たまらず」でもこうも違うのか。日本人の食通でもこれだけは駄目と言う人が大半です。
 私は道端の売店や屋台で揚げ物を食べないようにしているが、臭豆腐だけは自制がきかないでいる。先日の
西塘」でも朝昼晩に3食。臭豆腐の発祥の地という「紹興」でも然り、臭さに釣られどこまでもです。
 さて中国の食用油ですが、当地では前から知られていていることで、最近になりマスコミで大きな話題となっている「地溝油」という下水油があります。飲食店の厨房から排出され食用油が、下水に流れて上辺に浮いた油を汲み集め、一昼夜かけて濾過し、加熱、沈殿分離させた物を「再生食用油」にして低価格で小さな飲食業者に転売されています。
 私自身も下水から油を(たぶん中には工業用も)汲み取っているところを目撃して以来、食事は高級レストランや外資系のファーストフード店でとるようにしています。そして、できるだけ揚げ物や加工食品は食べないよう心がけています。
 人口14億人の国ですから、食の安全は自分で守らなければならないわけです。なにせ某地方(実は私の工場地)の食品薬品監督局の局長が、ランチの時に「同僚と決まった食堂で食べ、安全な食用油をお店に預けて調理してもらっていた」と、告白しているくらいなのですから。
 そうだとは、「わかっちゃいるけど、まぁ、いいか」と、臭豆腐だけは止められずにいます。もしかすると私と中国との長いお付き合いも、わりかしこんな臭れ縁の関係なのかも知れない
、、、

一本の線香

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 中国出張の折に上海郊外の水郷「西塘(シータン)」へ行ってきた。
 観光地と地元の人の生活が半々に入り交じった古い街並でよい印象を受けた。夜舟に乗って川岸の民家に揺れるランタンの灯りが、明、清朝時代の郷愁を誘う。
トム・クルーズの映画「ミッション・インパッシブル3」のロケ地にもなっている。
 ただ惜しむらくは、
折角の西塘のよい印象を、一気にぶち壊してしまう「護国随糧王廟」の低俗下賎は許せんものだった。
 私は常々中国のどの観光地に行っても、そこに信仰というか、スピリチュアルなものが存在していない味気なさと、文化の廃退を書いてきたが、ここでも同様だった。ですから参観は信仰の対象としてでなく、単なる観光と割り切っているが、
この廟はあまりにひど過ぎたので、腹立たしくなり口論となってしまった。それでもまだ憤慨が収まらず、観光局に「即刻に止めるべし」と投書した。
 拝観料を払って門に入ると、先ずは金ぴかで眼だけ異様に光った醜い顔の大きな布袋様。布袋様には気の毒ですが、なんてグロテスクなのか(上の写真)。次の廟は道教の関帝かと思うが、そこに入ると案内の女性が、「拝観料を払いましたから、線香は無料です。どうぞ」と、火を点けて線香を一本わたしてくれた。線香は通常どこでも献香として有料で少なくも三本、しかも自分で火を点けるものですから、この親切に違和感を覚えてしまった。
 無料の線香を両手にもって拝観した後、線香立をさがしたが見当たらない、それでも裏側にあるのかと
思い一歩進むと、案内の女性が私の背に、「裏には行けません。隣の廟へどうぞ」と案内した。
 なにか変だと思いながら一本の線香をもって隣へ進み、菩薩観音を参拝した。そこに四人の僧侶(たぶん偽のクソ坊主)がいて、ここでも線香立てが見当たらない。おかしな廟だなと思っていたら、一人の坊主が線香を受け取り、同時に小さな札を合掌した手に挟ませて左隅にいる坊主の方に行かされて座った。

 座るとその札の上に仏の印を押し、短い経と説教を始め、おもむろに布施の記帳を取り出し寄付を要求しだした。記帳を見ると上の八段まで名前と住所が連ねてあり、布施が一律に199元とその右に399元と記されていた。下の二段が空白になっており、そこに無理やり名前を記帳させる魂胆のようだ。200元、400元とせず、199元、399元としかも2つに分けているところがうさん臭い。子供でもわかる見え見えのぽったくりだ。計600元は日本円にして約1万円だが、中国の一般の人にとって
大金でして、通常ならせいぜい20元未満です。
 こうした罰当たりの輩の処理は、菩薩観音様に任せておけばいいものを、お節介にも「仏を利用してぼったくりするとは何事だ」と、キレてしまった。私も修行が足りない。
 先方はさらに「お金は生物以外の物で、死んで持って逝けない」と突っ込んでくるから、「それならお前が俺に金をくれ」と言い放して、クソ坊主の唖然とした顏を背に廟を出た。

 私は異邦人として中国のありのままの姿を見ているだけで、文化や道徳の廃退を批判するつもりはない。反省とは他から強いられるものでなく、自分自身でなすべきものだからです。しかし、なんとか廃頽した文化と倫理道徳を復興させんことには、明日の心豊かな中国はないと思う。

千手観音

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 千手観音(せんじゅかんのん)は、文字通り千の手と千の眼をもつ観音様です。十一の面と四十二臂を持ち、二本は合掌し残り40本の臂がX25=千の世界、天上界から地獄までの世界を、いかなる衆生をもみな救済するという、広大な慈悲と強い力をもつ観音様です。
 だったらなぜ東日本大震災時に救済してくれなかったのか。千の手でも手が回らなかったのか、恨めしく思うのだが、仏様には仏様の都合もあり、私たちの計り知れない配慮があってのことなのだろう。
 しかし、大震災後のニュースを見ますと、たしかに千の手がそれぞれのおかれた世界で活躍しています。こうした復興に一生懸命がんばられている人たちを見ますと千手観音に思えてきます。
 私の身の周りでも千手観音が重なってきています。 

 7月のブータン旅行の時に、上の写真にある密教の法具「金剛杵(こんごうしょ)」に、なんとなく惹かれて買ってきました。千手観音が右手にもつ武器ですが、魔を打ち砕き、人間の困難と煩悩をふり払う智慧を表す法具として用いられています。空海が祈祷の時に必ず使用した法具です。
 9月には上海の水郷「周荘」で、新しい無垢な千手観音を拝観しました。日本の仏像を見慣れているため、いつもですとインドや中国の仏像の顏に違和感を覚えるのですが、周荘の千手観音は実に均整のとれた温雅ないい表情をしていました。制作者は誰かと聞いたが案内人も知らないとのこと(もしかしてあの表情は日本からかも、、)。左横の解説に目をやると、千手観音は十二支の子年と三月生まれのお守り本尊とありました。私はネズミ年の三月生まれですので、二重のお守り本尊ということになり、気前よくお布施は弾むことになった。
 10月2日は、前のブログ「恐竜バブル」で紹介した、岡本直哲さんから千手観音の制作ができ上がったとメールをいただき拝観しました。細部までよく描いていい作品になっています(まだ未発表なので掲載は遠慮させてもらいました)。この千手観音は左頬に一粒の泪を画いています。慈悲の泪と思うが「画龍一点」これはいただけない。観音が哭いたら私たちはどうすればいいのだ。でも、確かに金箔の剥げ落ちた黒肌の頬は涙に見えなくもない。それよりも岡本さんがなんでいま千手観音を描こうとしたのか、そのモチーフに興味が湧きます。やはり東日本大震災が引きずっているのだろうか。
 さて、私は明日からまた上海郊外の水郷「
西塘(シータン)」へ出かけます。水郷一帯はまだ古き中国の名残があります。ここでもまた千手観音に遭えるような気がしています。
 
そして、来年は伊勢神宮を参拝の後、京都の三十三間堂の千体千手観音を拝観することにしました。なにせ東北地方の復興ため、ここで千手観音にがんばっていただけねばとの思いからです。

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