2012年6月アーカイブ

心を建て直す

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 ご承知のように本サイトは開設当初からコマーシャルと切り離して、天風哲理だけにフォーカスしています。
 今回、初めて広報となります。と申しますのは本サイト「宇宙の心」をベースに天風哲理を新規に整理した私の本が、
6月28日に幻冬舎から、「心を建て直す」--中村天風に学ぶ強く生き抜く思考-- が、新書版が刊行されることになりました。

 東日本大震災で日本の人が受けた「大心災」の心理現象を、もしも、天風先生が生きていましたら、どのような教示をなされたかを念頭に、「天風の五輪書」として書いてみました。

 東日本大震災は、私たちの心を大きく揺さぶり、未曾有の大津波は心に恐怖感というガレキを残し、元気をも萎縮させてしまいました。いま地震大国という宿命に対応し、先ずは心を建て直しが必要になってきています。目次としまして;

序   尊厳なる命       

地の巻 耐心補強対策   (クンバハカ法)

水の巻 心のガレキ撤去  (潜在意識の積極法)

火の巻 心の再建計画   (実在意識の積極法)

風の巻 心のおきどころ  (心の使用法)

空の巻 心のオアシス   (安定打坐法)

結び  新しい元気

 

 天風哲理をそのまま整理したものですが、本サイトから二つだけ発展させましたのは、大震災以後に天風哲理をどう活かして行くかを論究した事と、天風哲理がこれから世界思想史の中でどのように位置づけされて行くかを提起してみました。

 28日に刊行となりますので、ご多忙の中とは思いますが、一読いただければと希望しています。日頃のみなさんのご研鑽の参考になりましたら幸いです。

百万本のバラ

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IMG_0265.jpeg 無知というのはたわいの無いものだと、ブダペストから戻った今でも小魚の骨が喉にひっかかっている気分なので、それを晴らすためにもやはりブログに書いておく事にした。
 ブダペストのハンガリー料理レストランでは、どこでも生演奏やっています。さすが音楽を愛する国柄です。
 上の写真ある歴史100年のレストランで夕食をとっていると、聞き覚えのある曲が流れてきた。しばらく聞きながら加藤登紀子の「百万本のバラ」だと思い出した。私たちが食事をしているので、この曲を演奏してくれたのかと思い、その心憎い気配りにチップを渡して来た。ホテルに戻りそれでもと思いグーグルで調べてみたら、ご本家はラトビアの原曲をロシア語した歌謡曲で、「百万本のバラ」は日本版であった。
 他のレストランでは「荒城の月」の演奏が流れてきて、今度こそ私のために演奏してくれたものと胸を張って聞き、チップを弾んできた。しかし、なんだか気になりだしグーグルでサーチしたら、これも東欧の曲を、滝廉太郎が借用作曲したようでした。でなければあれほど同じメロディーになるわけがない。まぁいい曲はいい曲であるが、これには少々いじけてしまった。
 最後の晩のレストランでは、「さくらさくら」を演奏してくれたが、すっかり自信を失ってしまい、「さくら!お前もかい!」という気になりチップを置かずにお店を後にした。ホテルに戻り、まさかと思いながら怖々とグーグルしてみると、今度こそ私への気配りであった。せっかく演奏してくれた3名のミュージシャンの心配りに何の応答もせず、すまないことをしてしまった。
 さくらにはトゲがなくてよかった、、、

6月5日の空

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 5日、甥のプリンストン大学の265年度卒業式に参列してきた。
 入学式に参列し、卒業式にも参列し、私もこれでアインシュタインや江藤淳が在籍したプリンストンを卒業したつもりになっている。

 卒業式は盛り上がりに欠け、あまりの冷静というか平淡さに拍子抜けしてしまった。入学式の時に感じた希望的な熱気が伝わってこない。もっともアメリカでは卒業式と称さず、Commencement(開始、初め)の学位授与式となっている。
 1300人ほどの卒業生の中でこれから各界のリーダーになって行く人材が輩出してくるのだがまだ見えてない、みな一斉にスタートラインに立ったことになる。これからは知識だけでなく智慧の競争となる。

 この日
ゴジラが、「4番・ライト」で、古巣のヤンキースタジアムに帰ってきた。レイズの松井秀喜外野手、背番号35は、今シーズン初の4番打者として先発出場。4年ぶりの右翼手として守備についた。2009年ワールドシリーズMVP男の凱旋をニューヨークの野球ファンは万雷の拍手で迎えた。松井が初めての打席に入るとスタンドからひときわ大きな声援が沸き上がったという。松井の人柄もあるが、これがニューヨーカーの粋なところでもある。
 以下は産経スポーツコラム;

 マドン監督、「松井はドラマチックな場面を作る才能がある。ニューヨークは演劇の街だ。松井の4番は素晴らしいショーじゃないか。」
 09年のワールドシリーズを戦ったジラルディ監督も「いい選手でいい仲間だった。一緒にできたことを今も誇らしく思っている」と、松井を絶賛した。
 松井の凱旋は、厳寒のニューヨークで孤独に耐えてバットを振り続けた結果だった。所属先が決まらないまま松井はニューヨーク市内の打撃ケージで打ち込みに明け暮れた。

 またこの日、私は上奥歯を一本抜いた。歯医者が言うにこの奥歯は下と噛み合ず、もう用無し(No function)との理由だった。用無しだから抜くというアメリカン思考に抵抗を感じたが、医者にかかったら医者任せで抜いてもらった。でも、一言だけ付け加えた。「用無しなどという歯はない、この歯はこれまでの功労を称えて野口ミユージアムで保管するからいただきたい」と、持って帰って来た。
 そんな6月の空模様、、雨期の合間に虹もたつ。

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