2012年10月アーカイブ

政経分離

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IMG_0396.jpeg      (瀋陽に進出したヤマダ電気ビル)
 尖閣諸島をめぐる反日暴動により、日本の商品不買運動、日本車の焼き討ち、日系企業の襲撃が起き、日本企業はすぐに撤退すべき論、反日暴動で日中どちらがより損益を被るか、株価や
GDPにどう影響するか。私はこうした経済指数から日中関係を見て行くことに違和感を持っています。一方、政治的に見て今こそ中国を切り離す時であり、居残る日系企業を売国奴あつかいする偏狭な愛国判断にも組みしない。
 私はここらで政治は政治、経済は経済と明確に分離させることがよいと考えています。経済活動は市場の原理で動くもので、もとより需要と供給に採算が合えば、民族も国境もないグローバルなものです。しかし、そこに政治や利権が介入してくると複雑になり、おかしなものになってきます。そのよい例が経済人として実績を持ち優秀な経営者が、中国大使として政治と癒着したことで図らずも売国奴視されて晩節を汚してしまいました。
 経済活動の方が政治より遥か先行してしまい、それに各国の政治が追いついていないことに問題が生じています。では、日中の経済を切り離せるかといいますと、中国は34年前から経済開放政策を押し進め、更にWTO締結で発展を加速させ、日中経済の相互依存がかなり進み、もう戻る事はできない所まで来ています。皮肉なことに今回の反日暴動から相互依存の深さを知らされましたが、挙げた拳を降ろせない状態になっています。
 また、これは日中経済だけでなく、中国がすでに世界経済の枠組みに深く組み込まれてまして、日本系のメーカー、スーパー、量販チェーン店の進出だけでなく、欧米企業も同じ様に進出しています。都市部の街並には世界のブランド店が並び、一見するとここはどこの国かと思えるほどです。
 暴動で焼き討ちされた日本車は中国生産だし、それを報道するカメラはキャノンやソニーであり、ニュースを受けるテレビやコンピューター、携帯電話はサムソンであったり、大半は台湾部品メーカーの中国製です。香港系のドラッグストアーを覗けば、日本と同じ様に各国の商品が入り乱れて多国籍商品店になっています。

 食は中国に在りで、KFCやマクドナルドは各通りに在り、回転寿司、ラーメン店、吉野家、笑笑の居酒屋まであります。マクドナルドのポイントの一番の目玉商品は中国生産のハローキティーです。
キティーには口がなく何語を話すかわかりませんが、日米中が共存しています。
 中国の友人はこうした情況を喩えて、清朝末期に八カ国連合軍が植民地侵略して義和団の乱となったが、今は八カ国連合軍の経済侵略による反日義和団だと言ってました。
 では、ルビコンを渡った日本経済はこれからどのような対策をすればよいのでしょうか。これまで言われてきた「政冷経熱」、「政冷経冷」の奪取でなく、新たな「政政経経」の政経分離かと考ます。
 政治外交では日米同盟を強固なものにし、安全保障を強化させ尖閣諸島には一歩の妥協の余地ない断固とした対中外交の推進です。

 経済にはできるだけ政治を差し挟むことなく、市場の原理にしたがい各企業に経営の自助努力に任せること。企業は自社責任のもとに中国リスクをカバーしてでもなお採算が合うようなら留まり、なければ撤退するか他の国に移転するか判断すればよいわけです。別に中国だけが全てではないわけですから、経営数字で判断すればよいことです。
 いったいこんな都合のいいように行くのかと思われるでしょうが、台湾はすでにそれを67年間もやってきています。台湾海峡を挟んで対峙し、中国は「台湾解放」、台湾は「大陸反攻」で、つい最近まで大砲を打ち合っていました。そうした反面で、民間の経済交流を平然と行い、政経分離で現状維持を保っています。台湾は現状維持を保ちながら中国の民主化、あるいは内部分裂を待っています。双方が我慢比べしながら時を持っています。日本は台湾のしたたかな政経分離を学ぶ時かと考えます。

IMG_0315.jpeg (上記の写真は瀋陽のメイン通りにある伊勢丹、向かいに吉野屋とマックナルド、KFC)


老百姓(一般市民)

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IMG_0317.jpeg ブログの更新をご無沙汰し、10月10日から19日まで、香港から珠海、深セン、瀋陽、上海と回ってきました。中国ウォッチャーとしてマスコミから伝わってくる反日暴動の情報と、実際の民意とでは、どの程度ギャップあるのか、また、日本は今から経済的に中国を切り離す事ができるのかをテーマに視察をしてきました。

 今回の中国出張は家族や会社の者に心配させてもいけないので、名目上は香港出張で、その後の行程は内密にし、旅支度も地味なグレーの作業服と帽子を被って出かけました。ニュースによると、日本人駐在員が「お前は日本人か」と聞かれた時、難を恐れて「韓国人」と返事するという話しでしたが、私ですと隠さずに「日本人だ」と返事をしますと、「なぜお前は日本人などと嘘をつくのか」と、かえって殴られてしまいそうな格好でした。もっとも私にその様なことを聞いて殴る人はいないと思いますが。
 さて反日暴動ですが、日本のマスコミが大騒ぎするほどのものではありませんでした。一般の民意はデモよりも生活が優先で冷めています。もちろんマスコミに報道された事件があったのも事実ですが、中国ウォッチャーにとってこれくらいは想定内の騒動でした。
 今回の暴動は政権内の権力争いの代理闘争の要素が大きかったようです。反日デモで動員された中核は下部組織の共産党員と推察できます。尖閣諸島の問題は権力闘争とは別にして民族感情の問題として考えなければなりませんが、これからはこうした暴動に対して共産党員と老百姓(一般市民)を一色端に中国人とせず、共産党と老百姓を分離して見て行くことが必要かと思います。つまりは、「中国共産党員は嫌いだが、老百姓は友人だ」といった複眼視考的な外交です。日本は中国共産党員と対峙しているのであって老百姓は友人とする、「拉百姓打政権」(老百姓を引きよせて政権を叩く)というものです。
 私の対中外交は一貫して「保持距離、以策安全」(近からず遠からずの緊張関係もって安全外交)でしたが、これからは政治に翻弄されながらも「保持距離、以策往来」(政権とは距離を保ちながら、老百姓と友人関係)に切り換えることにしました。共産政権とは距離を置くが、老百姓とは交流を続けるというものです。
 中国の暴動は一日平均500件、年間18万件発生していると言われてますから、こうした老百姓の暴動に対して(反日デモ以外は)、民主主義と人権の立場から支持して行くことにしました。
(上記の写真は東北新幹線開通に向けて改修工事が進む瀋陽駅)

メキシコ湾の初秋

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IMG_0202.jpeg ロンドンからニューヨークに戻り、翌日からヒューストン経由でメキシコ湾の西岸ベルクルズに出張となりました。
 ベルクルス(聖十字架)は、人口764万人、メキシコで3番目の都市になっています。メキシコで最初のスペイン植民地になった港湾都市として、大西洋岸の貿易港として栄えました。
 かつてはオルメカ文明の中心地だったが、今ではその面影もなく、海賊や外敵から守る小さな要塞を残すだけとなっています。
文化的にさして見るべきものもなく、17世紀に建設された市役所、18世紀に建てられた大聖堂、水族館などで、あとはリゾート地として知られています。
 先鋭都市ロンドンからいきなりのどかなリゾートへの移動は、時差よりもカルチャーショクでして、飛行機がタイムマシーンの様でした。私は海辺のリゾート地にあまり興味がないので、出張するのも気が進まなかったが、大手顧客の御社ビル落成パティーの招待で、二泊三日してきました。
 また、中国の経済がスローダウンしてリスクが高まり、人件費もメキシコとそれほど差がなくなってきているので、ここらでメキシコの生産環境を視察したく思いました。彼らは親日的で、勤勉かつ器用で、心が温かく、清潔好きですので、じき中国のライバルの生産拠点に成長し、メイド・イン・メキシコの商品が、欧米市場に増えて来る事が目に見えてきました。近いうちにまたアメリカとの国境近くに在る軽工業地帯へ視察を考えています。経営者はつねに問題よりも機会に集点を合わせ、もしそこにリスクがあれば批判する前に黙って行動なのです。
 メキシコ湾の岸辺に四本の石柱が立っていまして、それぞれの柱に、「Amor=愛、Honor=誇り、Verdad=誠、Trabago=勤労」という文字が、長い戦いの歴史の中で彼らが掴み得た信条が刻まれていました。これがメキシコの精神なのでしょう。

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チャイナタウン

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IMG_0192.jpeg 使い古された多国籍ジョークに、「この世の天国とは、日本の女性を妻に持ちイギリス風の家に住み、 中華料理を食べながら、 アメリカで給料をもらうこと。 この世の地獄とはアメリカの女性を妻に持ち 日本の小さな家に住み イギリス料理を食べながら、中国で給料をもらう」ことです。 
 実際イギリス料理の朝食はなかなか行けるが、夕食となると食指が動かない。今回のロンドン3泊も、日本の居酒屋料理、インドのボンベイ料理、中華の福建料理を食べてきました。
 ピカデリー・サーカス街近くのソーホーにチャイナタウンがあり、そこに100店舗ほどの料理店がひしめきあっています。香港が99年間英国連邦だった関係もあり、多くは広東人の中華街となっています。
イギリスのインド人は英語をネイティブとし、顔立ちも彼らに近いので英国社会に自然に溶け込んでいますが、中国人はどうしても英国社会から少し浮き上がった違和感があります。

 中秋節の祝日に合わせてチャイナタウンに出かけたら、メイン通りに大きなランタンが飾られ、たくさんの人で賑わっていました。知らない土地で美味しい中華料理店を探すコツは、店構えの良し悪しでなく、店の中をのぞいて中国人の客が多い所となります。今回探し当てた福建料理のお店も美味しかったです。海外で中華料理を食べると、相変わらずの味にたちまち「賓至如帰」(客が家に帰った如く)、お腹の底から落ち着いてしまいます。
 ここチャイタウンでは「尖閣領土問題」など、どこ吹く風でかかわりないのに、中国はこんな所の英字新聞にまで「日本は島を強盗した」との広告を打つとは、19世紀の国際センスでしてお笑い草でしかない。ここは香港の中華街でなく、イギリスのチャイナタウンなのですから、「おぬし、寄らば、切るぞ」である。


カースト制

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IMG_0166.jpeg イギリスにおけるインド人の位置づけは、歴史的な英国連邦の長い関係からみて、オリエンタルというよりインド系イギリス人と見た方がよいかと思う。英国社会の中にすっかり溶け込んで一定の地位を築いています。東洋人というより英国人が板についています。宗教人口からみますとヒンズー教徒は1%強でさしたる人数でないので、都市部に集中して住んでいるのかと思います。
 そんな事で街中にインド料理店がたくさんあり、今回もピカデリー・サーカス街近くの高級インド料理店「DISHOOM」で、夕食とブンバイ・スタイルの朝食を食べてきました。ここの味付けは伝統的なブンバイ料理ということで有名でして、午後6時以降は予約なしでは入れないお店です。しかし、高級店でありながら中華料理店と同じように騒々しく、インド人もこんなに騒がしく食事をするのかと呆れてしまった。
 入口を入ると正面にたくさんの写真が飾られ、その下に「注意書き」がありました。すべて「NO」でして、インド人はけっこうネガティブ思考から始まるようです。この点で理屈ぽいドイツ人の思考と共通していて、アーリアン語族の出自からみて興味深いものです。
 この「注意書き」にインド人のメンタルが垣間みられて面白いので列記しますと;
「カフェのルール;禁煙、喧嘩禁止、借金禁止、持ち込み禁止、大きな声で話す事禁止、唾を吐く事禁止、値切る事禁止、騙す事禁止、外の人に水をやる事禁止、マッチをする事禁止、ギャンブル禁止、髪をとかす事禁止、これらルールのもとで、全てのカーストの人、歓迎」。
とありました。ロンドンの中心部にインド文化の名残りが現存していました。まさかここでもカースト(身分制度)が出てくるとは「インド人もビックリ!」です。
 では、異邦人はいったいどんな身分になるのだろう、、、

雨に唄えば

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IMG_0085.jpeg ロンドンでミュージカル「雨に唄えば」を観賞してきました。
 ミュージカルはニューヨークのブロードウエーでいつでも見られるので、なんでロンドンに行ってまでミュージカルなのかと思ったが、招待されたこともあり観賞してきました。
 開演前のアナウンスで、「これから『雨に唄えば』が始まります。1940年代のハリウッドでトーキーが始まった頃の物語です。その頃は携帯電話もなく、カメラもテープレコーダーも普及していませんでした。みなさんもその頃に戻った気持になって、そうした物は使用しないでください。」というブリティシュ特有のウイットから始まりました。この時点ですでに観客を舞台に引き入れてしまいました。
 上演は休憩時間を挟んで2時間45分ほどでしたが、プレーの始めから最後まで、隙間なく観客を魅了し楽しませてくれました。彼らの演技力、歌唱力、ダンス、スタイル、そして劇場、舞台装置、振り付け、観客との溶け込み、どれもが一流のr演出でした。

 さすがはシェークスピア劇400年来の伝統を引き継ぐ国だと感動してしまった。私のこれまでに観賞した中でも最高に楽しめるミュージカルでした。「これぞミュージカル」というもので、もう5つ星の絶賛、上の写真のように万歳です。
 ロンドンは「世界都市総合力ランキング」で4年連続で1位になっています(ちなみに2位ニューヨーク、3位パリ、4位東京)。なるほどと頷けるランキングです。10月には英国を代表する「007」と「ビートルズ」のデビュー50周年だそうです。大衆国家のアメリカはイギリスという哲学を持った深みのある兄弟国を持って幸いだと思います。大西洋を隔てた対岸からアメリカの軽さに味わい深い文化の色を添えています。日本はイギリスと同じようにユーラシア大陸から少し距離を置く海洋国家ですので、太平洋を挟んでアメリカにこのような親善国になれば良いと思う次第。日本は海洋国家である事を認識し、あまり大陸に深入りしないことを歴史の教訓から学ぶべきだと考えます。

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