2014年4月アーカイブ

富岡お国自慢

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DSC01690.jpeg   おカイコが 世界遺産へ 絲を引く

 春爛漫の4月も今日で終ります。今月のグッド・ニュースはなんと言いましても富岡製糸場世界文化遺産登録の勧告でした。

   
富む岡で マユが羽化して 世界へと

 私は各地の世界文化遺産を観光しては、そこに住む人たちを羨ましく思ってきましたので、我がふる里がその仲間入りできたことに感慨もひとしおでした。これから世界文化遺産のふる里として誇りある街づくりを期待したいところです。
 欲を言えば切りがないのですが、日本三大奇勝の妙義山も渓流の水源として登録リストに入れてもらいたかったです。妙義山は2000万年前の海底火山の噴火で隆起した堆積が、風化と浸食されて今の岩峰の山となりました。ちょっと中国の桂林を彷彿させてくれます。お薦めは岩壁の山岳美を見ながらの石門巡りコース、10キロ2時間の登山です。富岡製糸場の参観だけで時間をもてあます部分を補填するのに十分なものがあります。 
 妙義山と世界遺産のセット観光でして、私も4月8日に石門巡りしてから富岡製糸場に行ってきました。
ご当地の「上毛かるた」順で詠みますと、「ゆかりは古し貫先神社」から「もみじに映える妙義山」へ、それから「日本で最初の富岡製糸」でした。
 1974年の男はつらいよ「寅次郎子守唄」のオープニングで寅さんが妙義山を背景にススキが揺れる中を旅をしているシーンがあります。私もこの年から妙義を背にして旅にでました。群馬県はどうしたことか全国の魅力度ランキングで常に茨城県と栃木県と最下位を争っていますが、これで多少はランクが上がるかなと思います。

DSC01745.jpeg         (第四石門から大砲岩とゆるぎ岩を望む)

第四をくぐると五月です。それでは、みなさんもよい5月をお過ごしください。

TMSK 愛と悲哀の調べ

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TMSK1.jpeg 私と中国とのかかわりは1966年の文化大革命を機にして、かれこれ半世紀になります。多くのことはすでに歴史となってしまっていますが、いまも活動を続けている近未来史もあります。
 青春をともにしてきたこの国を「回頭看(振り返って見ると)」これが彼らのめざした国なのかと虚しさを感じる時があります。出張しても大気汚染、水の汚染、食品汚染、一個の卵やコーヒーのクリームまでにも大丈夫かいなと気を使っています。それに拝金主義による心の汚染、指導者の汚職や器量の矮小化、、、なにせ13億の人口だから仕方ない事かと思ってはみても、やはり時に気が滅入ります。
 ですから中国出張は必要ないかぎり3日間の滞在で予定を組んでいます。時折「こんな国もういいかな」と、突き放したく思う事もありますが、そんな時にいやまだ諦めずにお付き合いして行こうと、私を魅き留めるスポットがあります。
 私は出張最後の夜に上海の新天地にでかけて、TMSKレストランに寄るのを、密かな楽しみにしています。TMSKとは「透明思考」の略で、日本語、中国語でも共通の音となっています。新天地でなんの色にも染まらない透明思考とはうまいネーミングです。お店のオーナー楊恵珊は台湾で古参の女優でして、各地の高級モール街に出店している「瑠璃工房」チェーン店のオーナーでもあり、TMSK店内のインテリアもトイレに至までセンスのいい瑠璃ガラスで飾られています。
 お店の二階に楊恵珊のデザインによる小舞台があり、TMSK新民楽団が毎週末に演奏をしています。中国の民族楽器、二胡、琵琶、
笛子、笙、楊琴などによる中国辺疆の民謡や、西洋音楽を融合させた曲で、一民族の情熱的な愛と悲哀を奏でています。新民楽団の若者が奏でる愛と悲哀の調べに中国文化が時空を超えて躍動をはじめ、悠久と幽玄の境地を醸し出してゆきます。二胡によるカルメンの独奏は中国と西洋音楽が見事に解け合い観客を魅了させます。
 今回もこのスポットに立ち寄り彼らの調べに癒され、「まだまだこの国も、若者も捨てたものでないな、もうしばらく彼らと一緒にいよう」と思いながらここを後にしました。かつては平和大飯店での上海ジャズが象徴でしたが、やがて新天地のTMSK新民楽団の創意が上海文化を代表して行くことになるかと思います。
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富岡、おめでとう!!

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IMG_2713.jpegいま祝報が入りました!
我がふる里の富岡製糸場が、世界文化遺産に登録される勧告がありました。
おめでとう!!ほんとによかった。おめでとう!!
IMG_2712.jpeg                       (2014年4月8日撮影)

不走回頭路

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IMG_2817.jpeg カシノ王国マカオから車で15分ほど北上すると拱北ボーダー(出入国管理所)があり、そこを越えると広州の珠海となります。国境の街はどこも殺伐とした緊張感がありますが、そこをほんのわずかだけ北上するとリゾート地区になります。
 私は混雑するマカオ経由を避け、香港からフェリーで1時間半かけ直に珠海の九洲港に入っていますが、近い将来に香港島からマカオと珠海に世界最長の橋が完成し、香港、マカオ、珠海が車でわずか30分でつながり大珠江区が誕生します。我々も1995年からここを拠点にして活動を続けています。
 珠海特区をさらに車で1時間ほど北上しますと、国父孫文(孫中山)の故郷である中山市があります。この道中の中間あたりに中山温泉で知られる三郷街があり、我々の工場はここにあります。この街には巨大な靴工場がありまして、かつては10万人の農民工を採用し、ここで世界有名ブランドのスニーカーの大半を生産していましたが、人件費高騰の影響を受けて工場が東南アジアへ移転し、今では3万人に激減しています。
 最近この街のメインストリートの十字路に「不走回頭路(後戻りしない)」というスローガンの鄧小平直筆の大きな看板が建ちました。そこには「1984年1月28日朝、鄧小平同志は三郷村中山温泉の裏手の羅三妹山に毅然と登られて、『もう後戻りはしない』と警世の決意を発せられた」(偉人の足跡を踏まえる三郷市)とありました。
 鄧小平は中国経済建て直しの英雄と崇められていまして、1992年1月に改革開放を号砲した「南巡講話」があります。この講話に先駆けること8年前に市場開放を決意した地という看板でした。
 なんで今頃になってこの看板なのかと思いますが、たぶん行け行けドンドの経済高成長が峠を越えて勢いを失い、行き詰まりを感じているからと推察します。さりとて今さら貧困の中国には戻れない、過去30年の急成長は望めなくも、鄧小平同志の初心の決意を踏まえこのまま前に突き進むのだと言ったところかと思います。

 スローガンは常に裏側を反映していまして、こんなところからも中国経済が急成長から停滞期に入ったことがうかがえます。

昭和の山桜

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DSC01671.jpeg JALの機上映画で往きに「アンと雪の女王」、帰りは「小さなおうち」と女優、松たか子ずくしでした。
 「アンと雪の女王」は日本で興行成績100億円を越える大ヒットというが、
「あるがままで〜Let it go〜」1曲が全てという映画で、愛が氷の世界を溶かすというデズニーの定番です。この様な名曲を産み出すところがハリウッドの底力でして、日本、香港、中国に出張中にもよくこのメロディーが流れていました。
 帰りの「小さいおうち」は、さすが山田洋次監督の映画でしてじっくりと観られました。ところどころの会話に監督流の自虐史観が鼻につきましたが、それはまぁ許容範囲でしたが、寅さんの妹さくら(倍賞千恵子)が、おばあさん役になったことに泣けましたし、またもや吉岡秀隆かよ、
他にいい役者がいないのかと思いながら、昭和初期、戦中、戦後の中流家庭の風景を観賞しました。面白かったのはアメリカと開戦したニュースの時、突然「風と共に去りぬ」"Gone With the Wind" の原書本がアップされたことでした。監督の意図がどの辺にあるのかわかりませんが、私の3月27日のブログ「利休にたずねよ」との一致に、誰も考える事は同じかと笑ってしまった。
 この映画にしてもそうですが、同時期に「風立ちぬ」「永遠のゼロ」と戦争懐古の大作が続くのは、昭和を客観的に見直す社会現象なのだろうか。
 19日にニューヨークに戻ると当地も桜が満開でした。
 出張中にメールシステムに不具合が生じて、16日から今日に至るまで音信不通となり失踪しています。メール連絡できない不安もありますが、ちょっとした浮き世離れを楽しんでいます。

IMG_0004.jpeg                     (妙義山と桜)

      うらやまし 浮き世の北の 山桜(芭蕉)

桜狩り

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IMG_2750.jpeg   命ふたつの中に 生きたる桜かな(芭蕉)

 明朝から日本へ向かいますので2週間ご無沙汰です。日本に1週間、香港ー珠海ー上海へ1週間となっています。
 日本では娘孝行のために観光ガイドで、信濃路を桜狩りしながらドライブし、我がふる里自慢の妙義山に登ってきます。

   春なれや 名もなき山の 薄化粧

 妙義はちょうど桜が満開のようで「行く春に妙義の山で追いつけり」折よくこの日はお釈迦さまの花祭り。
 湯船に桜の花びらを浮かばせた四万温泉もイベントになっています。周りの者は私が妙義山に登れるのかと密かに心配しているようですが、ずいぶん見くびられたものです。そこは娘のためならエンヤ〜コラ♪です。
   初桜 折しも今日は よき日なり(芭蕉)

 桜は日本の土壌に合っているのだろう。海外に咲く桜は不思議と香りがありません。やはり桜は日本です。以前、新幹線で東京から大阪まで行った時に、興味本位で両側の車窓の視界から桜花が絶える場所があるのかを調べたことがあります。桜が途切れたのはトンネルは仕方ないとして、その他はほんの数カ所だけでした。日本人の桜への愛着ぶりに感心しことがありました。そんなことで数年ぶりに桜狩りをしてきます。サライの空に「さくら」が待つふる里、こじゃまるきし寅さんだ。

   桜狩り 奇特や日々に 五里六里(芭蕉)

2014Tomioka.jpeg          (6月に世界遺産登録を祈望する富岡製糸場の桜)

霞む香港

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IMG_2449.jpeg 「月日は百代の過客にして、行かふ年もまた旅人なり。フェリーの上に青春をうかべ、日々旅にして旅をすみかとす。予も22の歳よりか、亜細亜の片雲の風にさそはれて、漂白のおもひやまず、いまおも海浜にさすらへ」(香港の細道) 
 1971年、23歳から香港に出入りを始めて、かれこれ百回を優に越えてますのに先月はじめて観光しました。なんとも野暮な亜細亜浪人でして、これまで雑踏する街並を散策し、フェリーに我が血潮が揺られるだけでよしとしてきました。
 香港に初めて来た観光客の9割りがここを訪れるという一番の観光名所「ビクトリア・ピーク」にも行ったことがありませんでした。先月たまたまお付き合いで行くことになりましたが、なるほどの観光スポットでした。香港島で一番高い太平山の「山頂」から見下ろす香港の摩天楼と海は絶景でした。40分ほど散歩コースを楽しみながら見下ろす香港は絵葉書そのものでしたが、絵葉書の鮮明な景色と違っていたのは大気が汚れて霞んでいたことでした。
 大気の汚れは大陸からのもので香港の中国化を象徴するかの様な霞でした。晴れた日でしたが残念な事で、霞む香港など魅力がありません。これでは「東方の真珠」が形なしです。

 民主制度で育った香港の人にとってこの程度の汚れはまだ許容範囲なのかも知れませんが、いまだに公害運動もせずにおとなしくしているのか理解に苦しみます。やがてこれが「ピーク」になれば公害運動が始まるかと思います。中国の近代史を見ますと改革改善は常に南方から始まり北上して制度化しています。ここは香港人のプライドに期待したいところです。
 この汚染も先週から続いた豪雨で多少は洗われたと思いますが、今月中旬にまた香港に一週間となっています。今回もビクトリア・ピークを訪ねて散歩を楽しんできたく思っています。
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男性トイレ

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Taiwan.JPG  今日はエイプリルフールにちなんで、ちょっぴりアダルトな馬鹿話しです。
 男が原初的
に「俺は男である」ことを自覚させられるのは公衆トイレです。先ず入り口で「君は男か女か」の選択をし、それから壁に沿って並んでいる小便器に進みます。最近では3人に1人が座りションになっている様ですが、公衆トイレでは堂々と立ちションとなります。
男性の女性化はこの座りションに起をなすかと、、、
 しかし、統計によると7人が使用すると2300滴の尿ハネが生じ、我々は尿滴の上に立って用をたすことになるようです。ですから清潔を維持するために小便器の上方に様々な標語を書いてあります。用足しの間は何もする事もなくただぼう然と前を向いているだけですので、 ついつい標語を読んでしまっています。
 日本での一般標語は「清潔のご協力ありがとうございます」と、先に感謝を告げての協力要請です。最高傑作は「急げども 心静かに手をそえて 外にこぼすな 松茸の汁」です。
Shanghai.jpeg 中国で一番多く見かけるのが「一歩の前進は、文明への大きな一歩」です。台湾で見かけて苦笑したのが「あなた様が自信をお持ちのことはわかりますが、どうぞもう一歩の前進を」でした(上の写真)。
 これに関連した面白い話しがありまして、80歳を過ぎた老人が病院に行き、医者からバイアグラの処方を勧められました。老人は医者に向かい「もうその必要もありませんが」と言うと、医者は「いや、トイレの時に真下に垂れないようです」と答えました。やはり幾つになっても自信は持ちたいものです。
 アメリカのは退屈でして「法律により従業員は必ず手を洗う事」でして、さすが訴訟の国です。一度だけカルフォルニアの上の州ポートランドのトイレで面白い落書きを見っけました。そこには「カリフォルニアが水を必要としています、もう一度水洗を流してください」でした。
 面白さの極めつきはラスベガス・ヒルトンホテルのトイレの壁に大きく貼ってあった写真です。トイレに入ろうとすると中から男たちの大きな笑い声が聞こえてきました。これなら80歳過ぎてもなんとかなるかと思います。私がアメリカを憎めないところです。
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