2015年4月アーカイブ

空高く飛ぼう

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Honda.jpeg 4月に2つの明るい未来ニュースがありました。
 マンガの未来社会に自動車から翼が出てきて空を飛ぶ絵をみたことがありますが、ホントにホンダ車が空を飛びました。「念ずれば花開く」真剣に夢を暖め念じ続けると実現するものです。
 ホンダの創業者、本田宗一郎の航空機を創る夢を、各代の社長が受け継いで開発を続け、ついにホンダジェットが空を飛びました。7人乗りの小型機で翼の上にホンダのエンジンを登載するというこれまでにない発想で完成しました。
 30年前に空飛ぶ車を創るという創業者の発想も天才だが、それを受け継いで実現させた技術力も素晴らしい。発想も技術力もこれぞ日本の力です。いまGWの皐月の空を飛び回りお披露めしています。

2018.jpg 日本の
宇宙航空研究開発機構(JANA)が、3年後に日本初の月面着陸「SLIM」(スリム)の打ち上げ計画を発表しました。
 
スリムは「正確な着陸技術で、先駆的な役割を果たし、火星への着陸も含め科学の成果や国際協調による宇宙探査の先鞭をつける」意義を強調しています。小型ロケット「イプシロン」で打ち上げ、着陸に成功すれば、旧ソ連、米国、中国についで4番目の快挙となります。
 月に行っても「かぐや姫」も「ウサギ」も居ないかも知れない、でも夢見ることはできる。私たちは童話の世界でとうの昔に月面に着陸していました。これからおじいさんとおばさんが、イブシロン・ロケットに乗って、かぐや姫の孫たちに会いに行く新しい童話が始まります。
これぞ強靭な夢見る精神力です。
 4月は私たちの眼差しを上空に向けました、5月も上を向いて歩き、よい「月」にして行きましょう。

海上の港珠澳大橋

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15.JPG 1年ぶりの香港でもうひとつ見ておきたかったのは、港珠大橋の建設がどこまで進んでいるのかでした。
 港珠
大橋とは香港から珠海とマカオつなぐ海上大橋です。香港空港の島を起点にして珠江の河口からY字型に分かれ、一方はマカオのカシノに行き、一方は中国本土の珠海へつながる約50キロの世界最長の大橋になります。
 2009年12月に着工、2015年に完成、16年に開通を予定しています。当初は計画が大幅に遅れるとみていましたが、建設の進み具合をみますと予定通り2016年に開通するようです。これで華南珠江経済圏が陸でつながります。香港一の大富豪がこの計画を反対していたように経済的効果はまだ未知数ですが、実際に長い海上大橋ができてしまうのですからすごいことです。
 私のオフィスが珠海に、その奧の中山県に工場が在るので、出張の折にはこの海上フェリーが定番コースでして、揺られながら行く1時間半は、ほっと一息できる遊覧船になっています。
 しかし、港珠
大橋が完成しますと、香港空港から香港島を経由せずに、そのまま車に乗り換えて30分余で珠海に行けることになります。香港を経由する必要がなくなり大きく時間の節約になりますが、出張の楽しみがひとつ無くなり、香港に宿泊する機会が激減します。
 今回、
香港のフェリー・ターミナルで大学生たちが、香港観光についてのアンケートを取っていまして、私もたくさん質問されました。アンケートの内容は港珠大橋が完成した後に、いかにして香港に観光客を引き止めるかでした。学生たちが「香港が香港であり続ける」ためにがんばっていました。
 もし、中国がアジアインフラ開発銀行(AIIB)を設立するのなら、本部を環境汚染の北京でなく、「最低でも県外」の香港に置いたらいかがなものか。英国にまだプライドがあるのならば「最低でも」それくらいの建言をするべきです。
 民主
香港の健闘を祈りたい。

アジアの孤児・香港

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IMG_0790.jpeg 1年ぶりの香港に2泊滞在してきました。
 今回は昨年の9月下旬からこれまでにない盛り上がりをみせた学生たちの雨傘民主化デモ後の香港をみたく思っていました。
 1997年に香港返還された時、私は中国本土の香港化を願っていましたが、どうやら香港が本土化されてきているようです。残念なことですが武力もない小さな島の700万人では、中国13億人の民主化には無理がありました。
 それに頼みの綱だった宗主国の英国が、香港の民主化デモになんら援護すらできないほど零落していました。かつての栄光ある英国は中国の属国になり下がり、札束外交の前にただヌカズクだけになってました。金融立国の限界でして、今や英国も変貌したものです。
 99年間の宗主国にいと簡単に捨てられた香港は哀れなものです。国際政治は非情とはいえ英国は狡猾すぎます。まぁこれが利にさとい英国外交なのかも知れないが、植民地とはこんなものなのでしょう。香港は活気を留めながらも、諦めメイファーズ(没法子)の虚脱感があるように見えました。お金持ちは、イギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア等の国籍を取得していつでも逃げられる体勢ですし、昨年は台湾にも8千人余が非難移民しています。
 地政学的にみて香港は香港なのですが、これからアジアの孤児として活路を見出すのか、このまま中国本土に呑み込まれてしまうのか、天の意志はどこにあるのだろうか。
 かつて香港のカラオケ・バーでよく歌った、テレサ・テンの「香港」が、今頃になって心にずっしりと沁みてきます、、、

   時が過ぎ時代が変わり
若き日をふりむき
   心だけが帰るところは きっとこの街
   あぁ人は夢ごとの過去を懐しみ
   かえがたい優しさに気付くけれど
   何処へわたしはたどり着くの
   何処へ心を連れてゆくの    (詞・荒木とよしさ)

蓋棺録 下山みよ子先生

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IMG_0814.jpeg               (珠海の朝陽、4/16撮影)
 昨日また恩師の訃報が入りました。
 私事になりますが、尊敬する教育者として記しておきたく思います。

 私の中学2年の担当教師、下山みよ子先生(享年90歳)が、ご帰霊されました。少年期の恩師でして3つの事を教育されました。
 国語の書き取りの宿題をだされ、私が宿題を提出せずに「もう暗記しています」と言いますと、授業中でしたが先生は真っ赤な顔をして私の両肩をゆすりながら窓際まで押しやり、「この物臭坊主、手を動かして書くことで憶えなければだめだ」と、えらく叱られました。
 クラスに2人の落ちこぼれた不良生徒がいました。放課後に私は先生に呼ばれ、この2人と友達になり指導する役を命ぜられました。その時には「なぜ俺に」と思いましたが、たぶん私にも落ちこぼれの不良性があり、この2人を指導させることでその芽を矯正させたのだと思います(先生は承知だったのか2人は中学を終えた数年後に病死してます)。
 私が全校マラソン大会で予想外の2位になった時、母親のように喜んで誉めてくれまして、私の人生に自信を植え付けました。この時「お前はもし今でも特攻隊があれば真っ先に行っただろうな」と、おかしなことを言いましたが、少年の心で重く受け止めました。
 最後にお会いしたのは、平成15年4月に私が故郷の実業高校で講演をした時にお越しになり、嬉しそうに聞いてくださった時でした。

 立派な教育者が逝かれました。すでに家族葬をすまされて、偲ぶ会が後日に開かれるとのことでした。是非とも参列したいのですが、時間的に無理なのでお墓参りと考えています。
 心よりご冥福をお祈りします。有り難うございました。 合掌

白衣観音慈悲の御手

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IMG_0768.JPG             (4月12日撮影)
 4月8日にニューヨークを発ち、急遽予定を変更して群馬ー東京ー群馬ー台南ー香港ー珠海ー香港ー台南、そして成田経由でニューヨーク、11日間に8回の飛行で、機上2泊、7回の宿換えという、目の回る強行出張から戻ってきました。
毎朝「はて、今どこにいるのかな」と考えてしまった。
 息づく間もなく走りましたが、それでもふる里から通りすがりの丘陵で山桜を観賞し、高崎観音で散りぎわの桜を5分ほど観ることができました。
 「走馬看花(馬を走らせながら花を見る)」なんとも雅の無い旅人でしたが、
桜模様の「白衣観音慈悲の御手」(上毛カルタ)で、今年も有り難く桜狩りを楽しめました。
 今回の出張からデジカメを持たずスマホでの撮影でしたが、今年前半のベストショットになりました。
 この写真を、9日に93歳で永眠した義父に添えてきました。
                         合掌 
  願わくば 花の下にて 春死なん
      そのきさらぎの 望月のころ (西行) 

サライの風

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カン.jpeg                (カンボジアの太陽 4月5日 Shinta mani撮)

 
サクラ吹雪の サライの空は〜?
   哀しいほど青く澄んで 胸が震えた (谷村新司・作)

 夜中3時に強風と皆
満月の明るさで目を覚ましました。そして今日はイースターの復活祭。
 どうも最近どこかで中規模な国際紛争が起きるようなきな臭さを感じています。「遠くの火事より背中の灸」で、EU諸国が現状の行き詰まり打開策として、極東での戦争をしかけているような嫌な胸騒ぎがしています。日本と中国の指導者はそうした火種をわきまえた上で政冷外交を演じてもらいたいものです。
 そんな胸騒ぎから、「20世紀とは何だったのか」 ー西洋の没落とグローバリズムー、佐伯啓思著(PHP文庫)が、折よく3月に出版されたので熟読しました。本書は京都大学1、2年生の教養科目で講義した内容ですから、教室に戻ったような気分でやさしく読み進められました。特に最終講義の附論「近代の超克」は、私の卒業論文のテーマでもありましたので、懐かしい響きに涙がこぼれそうでした。
 著者と私は同年代ですから、同じ時代背景で、同じ思想系列を構築してきたようです。著者との分かれ目は、氏はそのまま学研を続けて大学教授となり、私は実社会でその生態実験のサンプルになったことです。
 そんなことはさておき、本書の一貫した論調は、西洋文明がニヒリズムとともに没落し、それを引き継いだアメリカ文明が更にそれを増幅させて行き詰まり、故郷喪失者の大衆社会を生み出し全世界に拡散させているという内容です。著者の主張は、故郷喪失者(デラシネ)は(4月3日ブログのアフリカ系アメリカンだけでなく)、現代人すべての大衆心理に内在していると論及しています。そして受講生に「近代の超克」を問題提起して退官しました。
 著者は「こうした故郷喪失者たちが、遠い世界にあって最終的にみずからをアイデンティファイできるものがあるとするなら、それはいったい何でしょうか。少なくともそれは国民国家の意味での国民ではない。国民という枠組みから、彼らはもうはみ出てしまっている。とすると、彼らが戻ってくるべきものは、国民のもっとも根本にあるもの、もっと根本にあって目には見えないもの、つまり自分たちの民族性、さらに突き進めていけば、人種性(心のふるさと)にほかなりません。彼らが海のかなたで自己証明しようとすれば、自分の民族性に回帰せざるをえないのです」としています。 
 なにやら自分のことでも言われているかのようです、、


 まぶたとじれば 浮かぶ景色が

  迷いながらいつか帰る 愛のふるさと
   サクラ吹雪の サライの空へ
    いつか帰るその時まで 夢はすてない〜? 

Space is the Place

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31.jpeg         (長野県八方尾根、4月1日青木健次氏撮影) 
 今日から15日まで
、NYブルックリンのシネマで「スペース・イズ・ザ・プレイス:アフロフュチャーリズム・オン・フィルム」と題して、アフリカ系アメリカ人による映画、ミュージック・ビデオが12本上映されます(私は行く予定なしですが)。
 人種問題は複雑で、アフリカン・アメリカンとは、アメリカの黒人ですが、差別語になるため当地ではこう称しています。
 アフロフュチャーリズム
Afrofuturism)は、20世紀後半にアフリカン・アメリカンの間で誕生した新しい思潮とのことです。アフリカ大陸から奴隷としてアメリカに連れて来られた彼らは、故郷の言葉を喪失し文化を喪失し、すでにアフリカンではなく、さりとてアメリカ的な西洋文化をいまひとつ受け入れられずにいます。彼らが生み出したジャズがアフリカ音楽でも西洋音楽でもない不協和音に象徴されています。
 アフリカ大陸から引きさかれた彼らは、自らの文化基盤を失いデラシネ(根なし草)となり、自分らの魂のよりどころを、宇宙に見出したのが、「自分たちのソウルは宇宙にある(
Space Is the Place))という、アフロフュチャーリズムでした。
 このデラシネ現象は、かつてローマ帝国が栄えた時代、周辺国から諸民族や奴隷が、土着の文化と神を持ち寄ってローマに住みつき、やがてそれらを失い、魂の故郷を喪失してゆきました。文化を失うということはその民族を失うことです。さりとて彼らはローマ人にもなれず、異邦人として魂の分裂をまねき新しい信仰に寄りどころを求めた事が共通しています。キリスト教はそうした彼らの神々を征服しながら、彼らの魂の隙き間を満たしてゆくことでパック・ロマーナの繁栄を築きました。
 またこのデラシネ現象は、21世紀に生きる日本人にも通じた問題になっています。私たちはナショナリズムとグローバルリズムの交差で魂の分裂をきたしています。日本文化と世界文明の狭間で魂の寄りどころを求めて彷徨っています。さりとて高度に文明化された今日、使い古された既成の世界宗教に魂の救済を求めても満たされません。新しい宗教による魂の救済が求められています。
 そうした意味でアフリカン・アメリカンの「自分たちのソウルは宇宙にある」という、アフロフュチャーリズムは興味深いものがあります。これらはヨガの宇宙霊にも通じてきますし、またこの波動の延長線上に、宇宙的宗教感情「われは宇宙霊と一体なり」という、万教帰一の新しい信仰形態があるように思います。 

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