2015年7月アーカイブ

ときめいた7月

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夏の富士.jpeg            (夏の富士、渡邊瑞穂撮)
 7月もおわります。おかげ様で楽しい月を過ごさせてもらいました。

 私の来世がブライダル・コーディネーターなら、前世は「片づけ屋」だったのではと思うほど「ときめき」整理にはまっています。
 各部屋の余分なモノが目に付いてしかたありません。目下、書類と小物の整理に入っていますが、小物を見ると整理したくなり「次はお前の番だぞ、ウフフ、」といった感じで、心が「ときめき」はじまめます。
 井戸の中で平和ボケした小物が「安保法制反対」とほざいても、情勢になんら影響もない。なんとなく置いてあった不要の小物を整理しても日常生活に差し障りがない。これからの人生、必要な本物だけを残してときめいて行きたく思う。
 ってことで、8月も片づけの月になります、ウフフ、、です。片づけの難関はプリントされた写真群です。さてどうしよう。
 みなさんも熱いときめきの月をお過ごしください。

アナデジ・ライフ

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IMG_1131.jpeg             (日本庭園の池で游ぶ黄金の鯉) 
 「アナデジ」というアナログとデジタルを合わせた造語があります。
 具体例として腕時計ですが、表面は長短針と秒針で進むアナログで、中味はクオーツのデジタルになっています。デジタルの数字表示だけでは味気がないのでしょう。面白いことは、アナログ人間に「いま何時ですか」とたずねると、だいたいが「6時半」「7時10分前」と視覚的に返ってきまして、デジタルな人間は「6時30分」「6時50分」と正確な数字で返ってきます。その腕時計も今ではスマホに代替えされてきています。

 ドイツ人のきれい好きは定評でして、私もこれまでに何度か民宿しましたが、どこの家の棚も人差し指でなぞってもホコリひとつかない潔癖さでした。この徹底ぶりにかつてドイツ民族の純化運動が連想され恐いくらいでした。3泊ほどの民宿でしたが部屋が潔癖すぎどうにも落ち着きませんでした。「水清ければ魚棲まず」とはよく言ったものです。
 こんまりさんはまだ若いからこの潔癖さに耐えられると思いますが、齢を重ねると部屋にも遊びが必要になってくるかと思います。千利休が若い弟子に庭の掃除を命じて、利休が行ってみると庭苑はきれいに掃き清められていました。そこで利休は庭の木をゆすって何枚かの葉を落とすと、掃き清められた庭は落ち葉が数枚散ることで自然の風情を深められました。利休は造園の心得をたずねられ、「とにかくあまり綺麗すぎるのはよくない」と答え、「それではむさくるしいのがいいのか」との反問に、「綺麗すぎるのがよくないのに、どうしてむさくるしいのがいいのか」と答えています。
 さらに、日本文化はこんまりさんのように、極度の入念さが表面にあらわれることを、未熟としてきました。極度の入念をこめてやりながらも、「大功は拙なるが如し」で、仕上がりはなにも手を加えなかったように「法爾自然」ひとりでにできたかのような「如拙」を尊びました。これは「日本文化の美のかたち」であり、片づけの極意かと思います。雅とさびの茶室はそれを象徴しています。こんまりの天才性もじきその境地にたどり着くことかと思います。
 人間はすでにアナログの社会環境だけで活て行けなくなっています。さりとてデジタルな環境だけでも息づまり酸欠してしまう。やはり両方を統合したアナデジ・ライフが必要になっています。そこに21世紀における日本文化の普遍性、世界化が待たれています。
 こんまりの「人生を変える片づけ魔法」は、その第一歩を示唆したものと言えます。(参照「日本文化のかたち」野島芳明著)

 さてと講釈はほどほどにして、書類の片づけに入るとします。

デジタル・ライフ

卓上前2.jpg                (アナログの卓上から、、、、)
 1階の本棚の片づけを始めました。中国関連の本が300冊ほどありましたが、数10冊だけ処理した他は資料として残しました。もう中国関係の著書を執筆することもないと思うのだが、未練が断ち切れずに据え置きました。
 実用書は各国の「地球の歩き方」と「旅行ガイドブック」は、すべて捨てました。その他にもインターネットから情報収集できる本は処理しました。と、ここまで整理を進めてきて、ふと小さな悟りのようなものがありました。
 こんまりの「人生がときめく片づけの魔法」の秘密は、アナログ思考からデジタル思考への切り替えでした。アナログのライフスタイルからデジタルなライフスタイルへ切り替えということです。考えれば彼女の年齢は産まれた時から空気のようにデジタル思考を呼吸して育った第一世代です。知りたい情報は本棚からでなくネットからの世代です。
 デジタル思考は「0か1」の回路で成り立っていて、アナログの複雑回路でありません。
その彼女がデジタルな整理思考をもって、これまでのアナログ整理法に向かい「0か1」かで切り込んだわけです。「第三の津波」とでも言えばよいのか、この挑戦はアナログ思考者にとり大きな衝撃になりました。この本が世界で300部突破した所以です。
 ただ彼女の天才性は(おそらく彼女自身そこまで意識していないと思いますが)、「ときめき」の感性の手でモノを触ることで0でなく1を選択し、モノに命の息吹を与えたことです。捨てることは失う(0)でなく、得る(1)ことだという逆転のデジタル発想です。ですから彼女は本のなかで、「本当(デジタル)の人生は、(アナログ思考を)片づけたあとに始まる」と述べています。アナログ世代にとりデジタル世代への架け橋しであり、生き残りの脱皮法でもあります。
 いったい何時頃からデジタル時代に入ったのかは、プリント写真収めたアルバムが激減し、デジタル写真がコンピュターの中に入った事に象徴されるかと思います。アナログカメラがデジタルカメラに、そしてスマート・ホンに取って変わったように、我々も生活のパラダイムを変えて行かねばならぬようです。どうやら「片づけの魔法」は、アナログ・ライフからデジタル・ライフへの指南書になるようです。
 (続)
卓上後2.jpg          (、、、デジタルの卓上へ) 
                  twinleaces参考

KY憲法学者

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IMG_1245.jpeg       (会社のゴミ箱、8月からさらに大きなサイズに)
 我が家は本棚が書斎に3棚、1階に2棚、ガレージに1棚を置いています。書斎は思想と哲学関連(ビジネス書は前回ほとんど整理済み)、1階は中国関連と実用書、ガレージには読むこともなく、さりとて捨てられずにいる本となっています。

 「人生がときめく片づけの魔法」で、本は捨てられないモノのベスト3に入いっています。それを「一気に、短期に、完璧に」片づける方法は、まず本棚からすべての本を取り出す作業を飛ばしてはいけないとあります。しかし、私の書斎のスペースと本の数量からして物理的に無理があるので、作業を2段階に分けました。手始めにとにかく本棚から本を減らすことにし、後日すべての本を取り出すことにしました。
 夕食後の時間を利用して書斎の本棚をほぼ半減させ、買いだめの本は賞味期限切れとしてすべて捨てました。 今回は主に象牙の塔で霞を食べている学者と外野席の評論家の本をことごとく一掃しました。とっくの昔に学者と評論家にサヨナラしたはずでしたが、まだ本棚の片隅に残存していました。
 KY学者とサヨナラした一つの理由は、先日、国民を混迷させて全国に名を馳せた憲法学者がいます。数十年前になりますが、国際政治を研究している友人の紹介でその憲法学者と会食しました。何のために会い、何を話したかまったく記憶にないのですが、印象に残ったことは、私の目前で友人の面子を考えずにさげすみ、言葉の端々で彼を馬鹿にした口調だったことです。何かの傷害劣等でもあるのか、なにも自分を肯定するために彼を否定することもないのに、ずいぶんと不躾でした。まぁ、世間知らずの学者とはこんなもんかいなと呆れた次第。そんなこともありその学者が自民党憲法調査会の参考人に呼ばれた時に嫌な予感がしたのですが、やはりその通りになりました。して、この学者本も「ときめき」ながら、なんらのためらいもなく爽快にゴミ箱へ投げ入れました。ついでに瀬戸内寂聴尼の本も、、、
 このさい思いきって宇宙関連の本も捨てるつもりでしたが、油井宇宙飛行士がソユーズ船搭乗に成功したニュースで、ゴミ箱入りを寸前のところで逃れました。「地球はみなさんと同じで美しい」、やはり人類は大宇宙を目指さにゃ〜いかん。宇宙関連は残すことにしました。
 今週末から1階の本棚の片づけになります。衣類ならリサイクルに寄付できますが、本はそのままゴミ箱へ直行なので「ときめき」よりも、本の重みで心痛を感じています^^;    (続)

百日紅

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IMG_1220.jpeg 今年も百日紅がビックバンです。
 すごいな〜と感心するのは、7月中旬になるときまって猛暑の太陽にむかって凛として咲き誇ることです。
 夏の間に長いこと咲いているので「百日紅」と漢字を当ていまして、「サルスベリ」の名よりこちら方がふさわしい。旅たつ恋人との再会を約束して百日咲き続けた真夏の恋の花です。
 芭蕉とも縁深い花なのですが、不思議と句がありません。雅とさびを詠む芭蕉には少々派手すぎたのかもしれませんが、他の俳人が発句しています;
  炎天の 地上花あり 百日紅     (高浜虚子)
  青天に 咲きひろげけり 百日紅   (正岡子規)
  散れば咲き 散れば咲きして 百日紅 (加賀千代女)
  炎天を 紅いろに染め 萌えきそう  (三休)

軽くなる魔法

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IMG_1117.jpeg どちらでもいいことですが、「人生がときめく片づけの魔法」の近藤麻理恵魔女に第一女児が産まれたとのことです。まぁこれでより生活に密着した子育て魔女の片づけ法に期待したいものです。
 私は今週末はまず衣類の片づけ法を始めました。寝室、収納タンス、クローゼットが見違えるほどきれいに整理できました。横の物を立てにする魔法です。ただ、衣服を触っても「ときめき」は無く、服に関する「ときめき」は女性特有のものかも知れません。したがい「ときめき」の感性でなく、知性で捨てる物(寄付)と残す物を選択しましたが、それでも74cm X 84cmの大きなビニール袋に14袋となりました。私はもともと物に対する執着は薄い方なのですが、寝室の衣類と小物だけで14袋とは驚きでした。お手伝いさんが驚くといけませんので、事前に中国版「怦然心動人生整理魔法」を、読むように渡しておきましたが、あまりの変化に腰を抜かすと思う。これで衣類がほぼ半分に激減しました。まだ捨てられる物もありましたが、過ぎても行けませんので無理せず次回にしました。
 来週は書籍類になりますが、数年前に大整理をしているので、どこまで捨てることができるのかわかりませんが、「ときめき」を楽しみにしています。
 友人から「いよいよ終活か」と言われ、当初「終活」の意味がわかりませんでしたが、なるほどガッテンです。「終活」の意識はありませんでしたが、なにかの有事の際にすぐ行動できるように身軽にしておこうと思ったわけです。

 軽くなろう 軽くなろう
 重いものは みんな捨てて 軽くなろう
 何一つ身につけず 念仏となえて 歩きまわった 
 一遍さんのように 軽くなろう   
               (坂村真民)
              

只有一个地球

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IMG_1036.jpeg        (上海浦東空港みる標号「地球はただ一つ」)
 中国が今なにを国家目標にしているのかは、街を歩いて目につく標号を見るとだいたいわかります。ここ数年来いちばん目につくのが「創造文明社会」でして、彼らも文化国家たらんと努力しているのです。

 習政権になってから「和諧社会」(格差是正)が徐々に消えゆき、代わって「中国之夢」が至る所に表れ、ごく最近になり「中国之夢、是我的夢」(中国の夢は私の夢)に落ち着きました。習政権は大中華帝国の復興が夢なのでしょうが、人民は金を儲けてさっさと海外に移民することが夢かと思うので、お互い曖昧(差不多)のままにしているところが中国的です。
 数ヶ月前から飛行場内やその付近に、「只有一个地球」(地球はただ一つ)の標号がでました。あんたにそれを言われたくないが、こうした意識の芽生えは奨励すべきです。ただ「只有一个地球」の句だけではどうも中途半端で座り心地がよくありません。うがった見方をして対句を加えますと。「只有一个地球、是我們的」(地球は一つ、我々のだ)となります。
 中国は核心的利益として西太平洋を我々の海と公言して膨脹を続けています。南シナ海の岩礁を埋めたて軍事拠点を築き、東シナ海の尖閣諸島の周辺にもジワリジワリと陣地取りにきています。あわよくば沖縄、台湾まで射程に入れてます。これが今の現実で、さらには経済が減速し社会不安になれば人民の目を海外にそらすため緊張度が増すことが予想されています。
 にもかかわらず日本ときたら、明白に国家の権益が脅かされているのに(泥棒が家のドアの鍵をこじ開けようとしているのに)、いまだ安全保障関連法案の審議をめぐりガタガタしているのですから、うんざりします。リベラル知識人は「只有一个地球、是他們的」(地球は一つ、彼らのだ)とでも思っているのだろうか。国家に対してあまりにも無責任な平和ぼけです。宮崎駿のアニメの世界ではないのですから、もっと大人になって起きてしまった現実を直視すべきです。
 今日、安保法案が衆院で可決したが、信念と責任感のある政治家により法案を「粛々と」速やかに成立させて、堂々と歴史に名前を刻んでもらいたい。

上海株

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9.jpeg       (友情のアドバイス:下り階段に気をつけて.7/8撮)
 久しぶりに中国の話題です。

 7月7日から9日まで上海をのぞいてきました。小雨もようの日々で空気汚染が雨に洗われいくらか過ごしやすかったが、それでも飛行場からホテルに近づく頃に目がチカチカしてきました。
 前回の上海は6月日からの3泊で、上海株が7年ぶりに最高値をつけた時でした。上海の友人から儲け話を聞かされ、私にも投資しないかと誘われました。得意話しに水をさすようでしたが「大吃小(大が小を食べる)」上海株は危ないから止めた方が無難とアドバイスしましたがまったく聞く耳を持ちませんでした。
 かくして1ヶ月後、7月9日に上海株が30%も高乱下しました。私はちょうど6月の最高値と、7月の大暴落に居合わせたことになり、この間だけで93兆円がどこかへ消えたことになりました。
 友人は儲けた分のすべて失い、幸いにも手持ち金だけの投資で信用買いをしていませんでしたので損失はたいした金額でないようでしたが、かなり落ち込んでいました。街並もわずか1ヶ月間に消費が落ち込み、貸店舗が目立ちはじめていました。上海株の80%が個人投資家ですから、たぶん株でやられた商店主たちなのか、かなり深刻になってきているようです。

 不動産バブルが崩壊し、不動産で儲けた金を今度は株に転用し国を上げて株バブルの政策に舵を切りましたが、どうやらそれも綻びはじめたようです。胴元が中国共産党で博徒が人民という拝金主義の成れの果てです。
 しかし、ここでなんとか株価を下支えしないことには、バブル経済がハードランディングし、人民の糾弾が共産党に向かいますので、党はなりふり構わず介入して株価維持対策を打ちだしました。空売りして大儲けした犯人探しを始め個人投資家の批判を党から目をそらしています。独裁の強権をもって当面は下支えすると思いますが、無理を通せば道理は引っ込みます。いつまでもこんなトリックが続くわけがありません。株価の動向は近未来の中国の趨勢を占うものとなります。
 さてさて上海が騒がしくなり、しばらく目が離せなくなりました。


念ずれば花開く

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IMG_5015.jpeg 9日に当地に戻り朝の体操を再開した以外は、ひたすら爆睡の週末でした。やはり気が抜けたのか驚くほどによく寝ました。土曜の夜7時に食事に起され、てっきり日曜の朝食かと思い「朝なのになんで夕飯なのだ」と言って笑われました。日にちまで間違えた時差ぼけは今回が初めてでした。
 さて、私この歳になって天職を発見しても遅かりしですが、どうやらブライダル・コーディネーターの才があったようです(来世にでも転職しようかと思う)。
 今回は娘の結婚式で、まず朝の神前挙式、昼の披露宴、晩の祝宴会のマスタープランを立て、常時プログラムに修正を加え念を入れて行きました。変更のたびにシュミレーションして進めましたら、当日は95%ほどイメージ通りに運びました。自画自賛しても始まりませんが満足の行く宴になりました。
 私が事前にイメージした以上のものになりましたのは、来賓の心暖かい祝福と娘の念によるものですが、おかげ様でいい挙式になりました。私は念が強い方ですが、今回は娘の念の方が勝っていたようです。
 神前挙式をすませ鳥居からの折鶴シャワーの舞いが、白い石畳路を色どった情景がとても美しかったです。これも当初から娘がイメージして強くこだわったものでして、「念ずれば花開く」力を、今さらに実感した挙式でした。

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