2015年9月アーカイブ

この美しき世界に祝福を!

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union.jpeg             (国連本部)
 25日はニューヨークの貿易センターでローマ教皇が各宗教団体の代表を背にしてミサ(なんで南無妙法蓮華経のタスキをした和服の夫人が代表なのか)でした。夜はメジソンスクエアーで2万人がつどいミサ。セントラルパークでのパレード整理券8万枚が2分で完結。ここ毎日朝から晩まで教皇のニュースでもちきり、
FOXニュースはミサをコマーシャル抜きで報道していまして、スーパースターは大盛況。
 同日ワシントンDCでオバマ大統領と習主席の米中会談で、
ホワイトハウス前には大勢が人権抗議デモこちらは教皇フィーバーのあおりをもろに受けて気の毒なほど霞んでしまった。メデアが習主席に対しここまで冷淡とは、アメリカ人も「冷奴(Cool Guy)」です。中国の王毅外相は帰国すれば首が飛ぶでしょう。  
 同時平行してニューヨークで、第70回国連サミットが開かれていまして150カ国以上の首脳が参加します。28日に安倍首相の演説があり、この日にプーチン大統領との会談が予定されています。プーチンはオバマとも会談します。ついでに朴ク恵も来て東アジアのプレイヤーが(北朝鮮以外)出そろいました。

 これは明らかに腰の定まらないオバマへの牽制でして、米中会談がぶれたら日露接近もあるぞという暗黙の駆引きと圧力です。まことに外交とは冷酷熾烈な神経戦です。安倍首相はよく健闘しています。

 私は喧噪なニューヨークを離れ国連総会が閉まる来月5日までスイスへ出かけてきます。教皇に刺戟されニワカ・カソリック教徒になりすまし(神々の和解)、タキシード姿で新婦の娘と教会のバージンロードを歩いてきます。
 そのあと披露宴で
"What a Wonderful World"(この素晴らしき世界)の曲にのり新婦とダンスです。緊張した世界にまったく呑気者でして、
 "I see trees of green, red roses too"  (柳は緑、花は紅)
 "I see skies of blue and clouds of white"(空は青、雲は白)
  Yes, I think to myself, what a wonderful world〜♪.
   (そうね、世の中まんざらすてたものでないや)

 27日は中秋の名月スパームーン、機上から満月を観賞しながら出かけてきます。みなさんもよい中秋と10月をお迎えください。

ローマ教皇・菊と刀

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200px-Pope_Francis_South_Korea_2014.png               (聖なるパレード)
 22日、フランシスコ・ローマ教皇がキューバからアメリカ東部ワシントン
DCに到着し、オバマ大統領家族と副大統領夫婦が出迎えました。54年ぶりとなるアメリカとキューバの国交回復の仲介を努めた平和の使者としての訪米で異例の大歓迎です。23日にオバマと会談、24日は法王として初めて米上下両院議会で演説を予定しています(先日安倍首相が演説)。27日はアメリカ独立宣言の地フィラデルフィアで野外ミサがあり、チケット1万枚が30秒で完売です。法王は世界平和、民主、人権についてスピーチすることでしょう。久しぶりにアメリカがキリスト教立国であったことを思いださせてくれます。
 一方、同日の午前アメリアカ西部ワシントン州シアトルに習近平主席が公式訪米、大手IT企業と会談し中国ビジネスは今がチャンスと演説、ついでボーイング社に立ち寄り旅客機を300
機爆買で札ビラ外交を展開中ですが、こちらは西部のローカルニュース。25日オバマと夕食、翌日に米中会談。希望した米上下両院議会での演説はていよく断られました。権威と権力(菊と刀)、権威はお金で買えません。
 習主席
最近つきが落ちてるようで、なんとも悪い時期の訪米になりました。中国側は神をも恐れず習皇帝が行くからローマ教皇の訪米予定をずらすようアメリカ側に要求したが(うすら馬鹿だね〜)、調整不可能との返答でした。
 いま中国にキリスト教徒が6000万人以上いるといわれ、その3分の2は非合法の地下信仰になっていて、最近またキリスト教徒の取り締まりを強化し、教会の取り壊が頻発しています。
その教皇とニアミスとはあまりにもタイミングが悪過ぎます。これは神の計らいなのか偶然なのか、あるいはどこかの組織による故意の計らいなのか(そうならすごい)。あまりにも出来過ぎたタイミングにかえって極秘にローマ教皇と習皇帝の会談があるのだろうかと穿ってしまいます。もしそうなら中国の国内が治まりつきませんが、信仰の自由、民主化の兆しとして教皇からお墨付きをもらえるでしょう。まぁありえん話しで、中国之白日夢。
1b07f675.jpg              (軍事パレード)
        (よく頑張ってますが、なにせ人口13億なので大変)

うすら馬鹿

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529x529xf9b0c7f4a79e86eff2d0c110.jpeg 安保法案の可決時に国会内で山本太郎が演じた喜劇に「うすら馬鹿」と言い放った人がいました。この「うすら馬鹿」の仲間たちに小沢一郎もいるのですからこれは悲劇かも知れない。
 そんな不快な事はさておき、もう死語かと思っていた「うすら馬鹿」を、久々に耳にして懐かしくて笑ってしまった。明治生まれの母が生前によく使っていた語彙で、私が小学生のときに原っぱで捕まえた蛇(ヤマカカシ)を、家に持ち帰って母に見せて脅かしたら、大きな声で「このうすら馬鹿め」とひどく叱られたのを思いだしました。母のおびえた狼狽ぶりに逆にこちらがショックを受けてしまい、それ以来トラウマで蛇をみると恐くなってしまった。
 さっそく「うすら馬鹿」という面白い日本語は、どんな馬鹿なのか「語感の辞書」で引いてみましたら、「なんとなく馬鹿」の和語と漢語の混合語でした。「馬鹿」だけでは露骨すぎるので、和語の「うすら」を加えて、うっすらとぼかしたところが日本語の繊細さなのでしょう。
 これは「袋小路」を英語で「デッドエンド(Dead End)」、中国語で「死巷」と称し、英語で「豆澱粉(Bean-starch)」、中国語の「米粉」を「春雨」とした繊細さに通じるものです。
 そうしますと「うすら馬鹿」は、「なんとなくの馬鹿」で、母に叱られてもそう落ち込むこともなかった。私もこれから人様を「馬鹿」と称す時は、「うすら馬鹿」と言うようにしたい。
 でもやはり山本太郎は、私のうすらと違い単なる露骨な「馬鹿」でした。投票した人の顔がみたい。

スイス・嘆きのライオン

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DSC02855.jpeg          (エーベンナップ・スイス)
 見苦しい安保法案反対の茶番劇が終った。
 すべて筋書き通りで連休前に終了。彼らが元気なのは別に構わないが「戦争法案」を念じ続け、無意識と無知のうちに逆に戦争を呼び寄せいることも知らないでいる。潜在意識領は主語を認識できないので、危ない危ない。
 「セクハラも 相手にしなけりゃ ただの馬鹿」
 「私だけ 触らないのは セクハラよ」  (サラリーマン川柳)
 今しみじみ神に感謝するのは民主党政権でなくてよかったことです。あのままでは隣国同様に国が消滅していました。有り難いことに天照の女神は岩戸に隠れることなくこの国を見放さずにいます。


 さて、今日からバージョンUPしてヨーロッパに切り換えです。
 ヨーロッパは2度キャンセルが続き3年あまり無沙汰でしたのでもうストレス気味。ここいらで最近の状況をキャッチアップです。アメリカに長く住んでますと文化の希薄さから酸欠を起すので、やはり年に1度はヨーロッパ文化のなかで深呼吸したいものです。
 9月下旬から10月初旬までスイス、10月中旬の香港出張を挟み、11月下旬からスペイン南部に旅行の予定。31年ぶりとなるスイスは観光客が行かない山麓の農家に宿泊し、澄み切った空気と真水を飲むことを楽しみにしています。なにせ勉強不足でこれまでジュネーブとカンヌを混同して、この歳になるまでジュネーブはフランス領と思い込んでいました。
 今回は私の希望で世界6番目に小さい国、リヒテンシュタインに出かけます。私がこれまで訪問した小さな国は、バチカンとモナコでこれが3番目の小国になります。スイスとオーストリアに挟まれた小豆島ほどの面積で、人口37000人、訪問というよりランチを挟み数時間の通過となります。それでも私の51カ国目の外国になります。
 こんな小さな国がよく独立できたなと思うのですが、ここは知る人ぞ知るタックス・ヘブン国、外国籍のペイパー・カンパニーが人口数よりも多いといわれています。その法人税の収入が40%強あることから、国民は所得税、相続税、贈与税等がありません。この小国に最近なぜか中国人旅行者が多く、中国語で書かれた高級ブランド商品の看板が軒を並べているとのこと。いったいどんな国なのか興味津津、いまから楽しみにしています。

上海にて(4)阿Q保険

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阿Q.jpeg              (阿Q正伝)
 大まかな世界経済の動きを知るため、日本、アメリカ、香港、中国、韓国、EUの株式市場の動向と為替相場を、朝夕チェックしていますが、昨今の株の値動きは政治的な要素が重く絡まり、まったくわからなくなりました。特に上海株式が露骨な官製相場のブラックボックスになってしまい、世の中どうなっているのといった感じ。
 この株高乱下の状況でも機関投資家はお金儲けしているのですから、「大吃小(大が小を食べる)」そら恐ろしいほどすごいことです。上海のタクシー運転手に言わせると、「個人投資家が党と賭けをして勝てるわけがない」。
 中国の景気が減速し地方政府はいよいよ資金繰が苦しくなってきました。そこで出て来た苦肉の策は、市場開放後に産まれた1980年世代を対象に、前金6万元(約100万円)を振り込めば55歳から年金を支払うという養老政策です。出稼ぎして貯め込んだ農民のなけなしの金を、ていよく巻き上げて当面の急場をしのごうという魂胆。
 迫り来る高齢化社会における農民の養老政策という名目は美しく、老後の保障がない農民にとっては魅力的な保険です。農民が老後のために細々と貯め込んできたタンス貯金を(政府に銀行預金の情報あり)、いま前金を差し出せば20年後に年金をやるぞというわけ。不動産バブルがはじけた後、都市部の富裕層から株で金を巻上げ、それがだめなら農村部から保険金です。
 中央政府から資金繰りが苦しいなら地元の農民から取立てろという通達で、一種の年金機構ですから善政なのでしょうが巧妙な手口です。このように党中央の高級幹部は実に優秀でしてけしてあなどれません。
 
さて、(バラエティー番組風に)そこであなたに質問。
 農村部に戸籍をおく友人から、農民籍だけに与える優遇策なので加入したいが、あなたはどう思うかとぶつけてきました。
 私は瞬時に「NO」と思いましたが、これは20年後の中国をどう捉えるかの奧深い質問だと思い返し返答に躊躇しました。
 第1に今の共産政権がそれまで維持されているのか。
 第2にその時に果たして年金契約が履行されるのか。
 第3に履行されたとしても物価上昇で屑紙同然になっていないか。
 第4にその時この環境汚染のなかで農村部の平均寿命は?
 質問はつまるところあなたは現政権を信じられますかです。
 私には20年後の中国の状況などわかりません。予想はできますが、不確かなことは沈黙すべきで回答を保留しました。

 思うに多くの農民籍はこの「新養老政策」に加入するでしょう。農民は弱い者で、いつでも政権にふりまわされ、怯えながら犠牲を強いられています。

石原慎太郎戦後70年談話

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51EUgwqdXKL._SX347_BO1,204,203,200_.jpeg 帰郷のおりに友人からいただいた「歴史の十字路に立って」戦後七十年の回顧、石原慎太郎著(2015年6月刊)を、政界引退の慰労をこめて拝読しました。
 先般、安倍首相の戦後七十年談話は素晴らしい内容でした。本著書はそれに肉付けした石原戦後七十年談話、と言うより氏の政治活動を総括した遺書になる著書でした。
 書き下ろし自叙伝ですので多少の脚色を差し引いても、70年間を潰されることもなくよく突っ張り通して活きてきたものです。いったいこの硬派なバンカラ自叙伝を誰が読むのだろうか。まず女性は敬遠するであろうし、私も友人からいただかなければ読む事もなかったです。
 しかし、読み進めるうちに氏の遍歴にどんどん引き込まれてゆきました。私の人生のほんの一時期でしたが石原氏とかなり近い所にいたことを、今さらに知りました。氏が昭和43年の参議院選挙に出馬した時、飯田橋の講演会場まで駆けつけ所信表明を聞き、私の初めて選挙権を氏に投票しました。それ以来ぶれることなく支持してきました。
 当時は私が民族派の学生運動に身を置いていたこともあり、自叙伝に登場する政治家、学者、友人が、等身大ですぐそこに居ました。沖縄返還祝賀パレードの手伝いに動員され時、佐藤栄作元首相から放射されるオーラを真近で見ました。グロテスクな田中角栄氏に対する氏の嫌悪も共有してましたし、「青嵐会」の訪華歓迎会に私も列席していました。
 きわめつきは著書の佳境にあります、日本武道館での明治百年記念式典における、「テンノー、ヘイカッ、バンザアーイッ!」の章でした。石原氏は突然に起こった万歳三唱を、感慨深く「あの瞬間はただひたすら、ああ、かつて私たちはこうだった。なんだろうと、こういう連帯があったのだと、誰しもがしみじみ感じ直していたに違いない。あれはなんと言おうと、国家や民族というものの実在への、瞬間的であったが狂おしいほど激しい再確認だったと思う」と、回顧していました。
 私もこの式典の手伝いをしてまして、氏と同じ感慨を胸にしました。私は初めて昭和天皇を遠くから拝見した時に、体内からこみ上げてくる血の騒ぎと身震いはいったいなんだったのかが、氏の自叙で納得がゆきました。ナショナリズムなどという言葉を超えたところで、無条件に純に日本人の血を自覚させられました。
 石原氏はさらに続けて、「あの時二階席からかかった『天皇陛下っ』の声に、見事いうか本能的にというか、それを聞き受けて立ち止まり、すっくと立ち向かわれた昭和天皇はもはや言寿を受ける天皇個人でなしに、正しくは私たちの国柄、歴史の象徴たり得ていたと思う」、「あれはたぶん日本で最後の本物の天皇陛下万歳でした。今になればなるほどそんな気がします」と、回顧しています。
 この瞬間を、私も石原氏と同じ場所で同時に呼吸をしていたことになります。それに私の近くから万歳を発した人は、私が学生時代にお世話になっていた末次一郎先生でした。氏は末次氏の言葉を引用し「僕の第一声に陛下がぴたりと足を止め、二階のこちらに向き直ってくださった瞬間には、感動と言うより、ああこれで死んでもいいかなと思った」と記しています。ちなみに末次氏はルパング島に最後の日本軍人、小野田寛郎少尉を迎えに行った戦友でもありました。
 その後私は留学のため母国を離れ、その翌月に三島由紀夫事件がありました。この時の石原氏の三島事件の評価が、政治的で冷静すぎたのが気に入らず、そのまま無沙汰になりました。
 今こうして氏の自叙伝を拝読し、私も同じ戦後を共有してきたことに何とも言えない他生の縁を感じました。著書に登場する群像の多くはすでに身罷ってまして懐かしさこぼれる自叙伝でした。
  夏草や つわものどもが 夢のあと  (芭蕉)

上海にて(3)

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IMG_1392.jpeg 時間が空いたので上海浦東空港で3時間ほどぶらぶらしました。空港は相変わらずおおくの人で賑わい不景気など感じられませんでした。
 ランチの飲茶を終えて店を出ると、20歳くらいの娘が近づいてきて「お金がなくて朝からなにも食べてないので、パンを買うお金を恵んでくれないか」と物乞いです。彼らの二言目は「身分証明書を見せます」が常套句ですので直ぐに嘘だとわかります。街中ではよくある光景ですが、飛行場では初めてでした。虚偽だと直感し中国語がわからないふりして立ち止まると、もう一人同じ歳くらいの娘が近づいてきたのでスリを警戒し素早く立ち去りました。そして近くにいた保安員に報告かたがた物乞の真偽をたずねると、「もし彼らが本当ならなぜ我々の所に来ないで、人がよさそうで騙しやすいアンタの所に行くのか」と、返答が的を射ていました。まったくその通りで、彼らから見て(私から見ても)私はお人好しで騙されやすいようです。でも時にはそれを承知で騙されています。
 国内便到着の出口で農村部から都市に来る出稼ぎ労働者の様子を(以前は長距離バスか列車で上京)しばらく眺めていました。彼らは中国の高度経済成長を底辺で支えてきた人たちで、すでに出稼ぎが第二世代になっています。かつて第一世代がそうであったように都市部で結婚して子供を産み、共稼ぎのために故郷の里親に子供をあずけて家族の生活費を仕送りしています。それに農村籍から都市部に籍を移せません。
 こうした農村部には両親を離れて暮らす留守子が何百万人といます。農村ではこれが普通の生活でして、第一世代がそうした様に、いま第二世代もその様にし、やがてこの留守子が三世代になって行きます。農村部はお年寄りと子供だけで、多少は豊かになったとはいえまだまだ貧困なのです。それでも今はスマホで我が子と会話ができるようにもなり、生活が改善してますので現状で我慢しています。上記の物乞いグループは出稼ぎくずれということになり、経済の減速にともないさらに犯罪が増えてゆくことでしょう。
 到着出口からおばあさんが不安そうな孫の手をひいて「どうだ、大きくなったろう」と得意顔で出てきます。それを数組の若夫婦が待ち構えていて、子供は両親を見ると駆け寄り「パー、マー」と言いながらしばらくの間ぴたりと抱きついています。面白い事に男の子は母親に行き、女の子は父親に抱かれます。第一世代の時は我が子と会えるのは旧正月の年に1度でしたから両親の顔もうろ憶えでしたが(今でも大半はそうです)、最近はこうして飛行機でよべるだけの余裕もでき年に2回ほど会っているようです。
 子供を中にして親子3人が抱き合っている眩しい姿を見ていますと、目が潤んでしまいもらい泣きです。彼らの青い鳥はこんな身近な抱擁の中にあります。けして軍事パレ
--ドのハトではありません。高度経済成長を底辺で支えてきた彼ら親子が一緒に住める社会にするのが政治の王道です。
 私は軍事パレードを溜め息とやるせない気持ちで見ました。指導者の覇道意識はいまだ70年前にあります。「誇示されたものは欠如をあらわす」で、中国の真の脅威は軍隊でも軍事力でもなく意識(メンタル)の遅れにあります。20世紀の近代国家が患ってきた熱病で、3周遅れてきた中華共産王朝が「民主民生」の国になるまで、またこうした軍事パレードが時代錯誤だと気がつくまで、我が国も集団安全保障を整備して忍耐強く待つしかないと考えています。

拉中打右

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Olympic2015.png       (2020に眼差しを!自社デザイナーのコンペ)

 あ〜ぁついに朴ク恵が「ルビコン」いや「三途の川」を渡りました。ご愁緒様です。
 地政学的にみても半島民族とはこんなもんでして、歴史は繰り返しこのようにして生き残ってきました。親父が国を復興させ娘が国を滅ぼすとは因果なものです。まぁこんなことはもとより折り込みずみですからどうでもいい事で、これに日本がいかに対処してゆくかです。
 北京まで出かけて行き中韓で日本との首脳会談を呼びかけています。こんなことは曖昧な返事をしておいていつまでも引き延ばしたらいい。それに日中韓の首脳会議と言っても、韓国は中国の腰巾着になりさがり首脳などいません。もし無理してやるのなら格下げして閣僚会議にし、アメリカを交えて日米中の3カ国会議にすべきです。でなければアメリカを敵に回して戦うことになります。もっともそれが中国の狙いでもありますが。
 中国共産党の闘争は一貫して「拉中打右」中間を引き入れ右を打つ戦術です。かつて毛沢東がこの戦術でのし上がり党の実権を握りました。この戦術からみますと「拉韓打日」で、次に「拉日打米」となります。
 近所迷惑な話しで、ロジア、北朝鮮を含め東アジアのパワーバランスが流動化して危険地域になってきました。私はこの状況を真剣に危惧しています。事ここに至っても日本はいまだ安保法案の参院可決まで漕ぎ着けていません。こんなことだから隣国に舐められて付け入られるわけです。幸いにも欧米諸国の首脳陣は日本の戦後70年の平和貢献を評価し、抗日歴史捏造にくみせずパレードに参列していません。やはり大人の国々です。
 安倍首相は命がけでやっています。それをたかが3万人程度のデモで舞い上がり、一国の首相に対して「オマエ人間じゃねえ、たたき斬ってやる」とのアジはいかなることか。安全保障法案を倒閣の具にしたり、イデオロギーに酔うことなく、いま日本が置かれている現実を直視して対処してもらいたいものです。

上海にて(2)

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IMG_1368.jpeg            (民家の壁に飾られた「騎牛帰家」)
 中国の「抗日勝利70周年軍事パレード」の前に、このブログを更新したく急ぎました。

 北京の政治都市に対し上海は商業都市になっています。北京の天安門にはいまだ毛沢東の写真が飾られていますが(だから私は行かない)、上海に肖像画はなく金融街の摩天楼に象徴されています。
 私は時おり上海人の感覚は北京より東京に近いのではないかと思う時があります。市場経済開放後に産まれた35歳を境に明確な世代の断絶がみられます。彼らは北京原人というよりニュー・チャイニーズの感覚でして、より東京、香港、台湾の若者に近いものがあります。これは私の近未来の夢なのですが、大連ー釜山ー東京ー上海ー台湾ー香港ーマニラーサイゴンーペナンーシンガポールージャカルタ等で海洋都市ラインが築かれればよいと考えています。たぶん地政学的にもそうなるでしょうし、安倍外交もその線上います。
 今回はタクシーを使い3日間かけて、上海郊外の端から端まで行ってみました。車で通り過ぎるだけで何がわかるかと思われますが、そこは18歳から海外浪人して研ぎすました触覚で空気を読むわけです。こればつかしは書斎でなくそこに行かなければ読めません。それに道中でのタクシー・ドライバーとの会話が情報収集になります。また、浦東空港を3時間ぶらついてみました。
IMG_1388.jpeg いずれの町にもファミリーマート(全家)、ローソン(羅森)、セブンイレブン(711)のコンビニ(便利店)があり、子供連れの若夫婦が楽しそうに買い物しています。コンビニの近隣に昔ながらの雑貨屋が軒を並べていますが、古い世代の顧客とともにやがて消えて行くことでしょう。コンビニ内の商品配列は台湾店に近いので台湾にいるかと錯覚を覚えます。
 こうした若者層はスマホでかなりの情報を知りながらも沈黙し、現政権を突き放してしらけています。
 彼らの共通している現状認識は、「現政権に期待するのは衣食住が足りて小康生活(平安な家庭)を満たしてくれればそれでいい、後はお好きにしてください」という事です。

 盛大な軍隊パレードより「小康生活」を、中華復興の夢より家庭の幸せが夢になっています。これが彼らの希望です。現政権も市場経済開放の35年間よくやってきましたが、「抗日戦争勝利70周年パレード」を卒業式として、
ここらで一服したらいかがなものか。遅れて来た中華帝国復興として世界に向い軍隊行進するよりも、彼らの「小康生活」の平安を満たすことです。「騎牛帰家」、これこそ中国共産党の本来の立志であり真の中華復興につながります。天道を踏み外すこと勿れ。

上海にて(1)

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 IMG_1417.jpeg         (かすむ東方明珠塔、森上海ヒルズから)
「犬も歩けば棒にあたる」で、私もよく歴史的な瞬間にあたります。
 もっとも私の姓は中国語で「
Ye Kou(イエコー)」で、これを無気音で発音すると「Ye Gou(イエゴー)」と濁りますと「野良犬」になります。ほぼ同音になるので留学時によく同学にからかわれました。
 8月24日に上海株が最高値から4割近く急落し時に、上海環球金融センタービル3階にある「鼎泰豊」で小龍包を食べていました(ここの「空心菜炒め」と「ベーコンとキャベツ炒め」はヤムヤムです)。
 ランチを終えて1階の株価掲示板を見ますと、
政府が下支えを中止したとのが広がり売りが売りを呼ぶ展開となり世界同時株安を呈していました。すかさずこの瞬間をiPhoneで1枚撮りして、2枚目を構えたら係員に制止されてピンボケになってしまった。まぁこの国もピンボケですからカメラは正直なものです。私はハンティング帽を被ってましたから、落胆した一般投資家にでも思われたのかも知れません。
 この日は台風の影響で朝から強い雨がふり、
環球金融センターからの見晴らしも悪く、人も少なく心なしか活気がありませんでした。
 私は前日から上海郊外の「朱家角古鎮」(写真)に宿泊し民衆の生活をながめながら遊んでいましたが、朝からの豪雨ため予定を切り上げて金融街に雨宿りに寄ったら、ここでも株価が土砂降りでした。
IMG_1364.jpeg テレビは連日、日米の軍事演習の脅威を放映した後に「抗日戦争勝利パレード」の猛練習の映像と天津大爆発事故の報道でしたが、不都合な事実は隠蔽のままでした。
 抗日勝利パレードをする軍隊は、国に統帥権がなくいまだに共産党の指揮下にあります。パレードで日本を震え上がらせることが目的のようですが、日本軍は共産党軍と戦争したのでなく、中華民国の国民党軍と戦争したわけで、ここでも歴史が歪曲されています。

 中国人民解放軍と戦ったのは朝鮮戦争での韓国軍でして、まだ終戦になっていません。それにも関わらず韓国の大統領がのこのこと中国に出かけて軍事パレードを参観するというのですからわけがわかりません。
 韓国の属国化はすでに折り込みずみですが、それを見るにつけ日本が民主党政権でなくてよかったとしみじみ思う次第です。あのまま民主党が続いていたら、抗日勝利パレードのひな壇に
朴大統領の隣り合わせで日本の首相も喜々として並んでいたことと思います。その場で土下座でもしていたかもです。韓国の属国化は「他山の石」で、たしかに想像するだけでも震え上がります。    (続)

大放言

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51nFBWhEnlL._SX310_BO1,204,203,200_.jpeg       もの言えば 唇寒し 秋の風 (芭蕉)

 成田経由で台湾へ向かう途中、百田尚樹著「大放言」を購入して機上で一気読みしました。期待通り痛快でした。

 大放言が大騒ぎされるのには、本人の発信力が社会に大きな影響がないことには始まりません。本人に実力がないとたちまちマスコミに潰されます。この著書は百田尚樹vsガラバゴス左翼誌とのバトル解説になります。これまでに石原慎太郎氏がバトルを展開してきましたし、最近では橋下徹氏がよく健闘しています。
 一般常識からみても百田氏の放言は極めてまともな本音なのですが、ガラバゴス左翼はどうもそれが気に入らないらしい(あるいは故意に騒いで販売部数を稼ぐためか)。とにかく百田を抹殺しないことには気がすまないようなのでたちが悪い。世の中は常識的な本音でなく偽善の建前でいいとでも思っているのだろうか。
 それにしても大阪人は元気がいい。私などは百田氏が安倍首相か橋下新党に合流し、どんどん大放言して世の偽善を変革してもらいたく思っています。本来なら戦後の偽善は団塊の世代が改革すべき課題だったのに、何もせぬまま先送りしておきながら彼らの足を引っ張っているのですから話しにもなりません。団塊世代は自分等の恥を知り、黙って彼らの大放言にまかせてみてはいかがなものか、、、
 大放言に〜 吹く風まかせ〜♪   
9月のブログは、彼らにエールを送ることから始めます。

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