2016年5月アーカイブ

IMG_2886.jpeg オバマ大統領の広島追悼訪問の既視感から昭和天皇広島巡幸にたどりつきました。
 昭和22年12月7日(開戦の日)原爆ドームの見える元護国神社で広島巡幸。5万人の歓迎を前に陛下は黙って静かにあたりを見まわれたという。その時にお言葉が;
「熱心な歓迎に嬉しく思う、広島市民の復興の努力のあとを見て満足に思う、みなの受けた災禍は同情にたえないが、この犠牲を無駄にすることなく世界の平和に貢献しなければならない」
 当時は放射能を恐れ広島に訪れる者も少なく、70年間は草木一本も生えないと言われ、子どもに遺伝するから結婚は出来ないとあきらめていた人が多かったが、「天皇様が来てくださったからもう広島は大丈夫だ。結婚もできる」と、みなそう思い力づけられたという。
 「君主制は敗戦に耐えられない」という、世界戦史の常識を覆し、国民が「天皇陛下万歳」をしている姿に、国際社会は驚愕しました。敗戦の瓦礫の中でも陛下と国民との魂が溶け合っている姿を見せられて以来、歴代のアメリカ大統領は、報復を恐れて日本に核武装させないことが鉄則になってきました。
 71年の時が流れ、日本の誇り高き和の精神は、報復などする国でないという同盟のさらなる深化を通して、戦後レジームの一つを脱却しました。これで日本の核武装の可能性は無くなりましたが、これを土台にして次は「日本国憲法の改正」が、もう一つの戦後レジームの脱却として政治目標になりました。安倍首相は彼の宿命として、命と引き換えに憲法改正にまで突き進むと思います。
 伊勢志摩サミットも終え、中国問題の対応策も決まったいま、私も今年後半は安倍首相や櫻井よしこ女史の後追いで「日本国憲法改正」に向け、集中的に研鑽したく考えています。
o0480037813550984924.jpeg 当時の昭和天皇、皇后のぼろぼろのスリッパからも質素な暮らしぶりがうかがえます。
 見えないけれど陛下の真心と国民の真心は途切れることなくつながっていました。

ハンカチ

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IMG_2848.jpeg   『安らかに眠ってください
        過ちは繰り返しませぬから』

 原爆死没者慰霊碑に刻まれた言霊、長い間にわたり主語がないとされてきましたが、今日その主語が哀悼にきました。
 潜在意識に主語はありませんから、祈りを捧げている「あなた」も主語になります。これは神社の奥に置かれている鏡にも通じ、神前の鏡に映し出された「あなた」の実相に向かって祈るというものです。
 朝食のレストランで、未来志向の歴史的瞬間、主語が抱擁し被爆者がみせた微笑に、芥川龍之介の短編「ハンカチ」が想い浮かんできて、こぼれ落ちそうになる涙をナプキンで何度も隠しました。
 芥川龍之介の「ハンカチ」は、息子を亡くした母親が、恩師だった外国人教師に死を告げにきた時に、母親がみせた穏やかで微笑さえ浮かべて淡々と話す姿を不思議に思い、ふとテーブルの下に目をやると、膝の上に悲しみをこらえて握りしめていたハンカチが激しくふるえていたのに気づき感動したというお話しです。
 取り返しのつかない過ちに、死ぬほどの深い悲しみを胸に秘めながらも和顔のうちに「よく来てくれました」と寛容しかないのです。今を生きるふたつの命が、被爆地で一緒に祈るという鎮魂の儀式でした。
 ある者はここで謝罪を要求したようですが、立ち入りたくない相手の心の中に押し入り、どうこうせよと指図すべきものでなく、善悪の采配は天に任せて、ここはただ黙ってテーブルの下で握りしめていた声なき声のハンカチに想いをはせて合掌です。
 「磨ぎなほす 鏡も清し 雪の花」(芭蕉)
IMG_2873.jpeg(アメリカでも一面のニュース、明日はメモリアル・デイー)

IMG_2826.jpeg      (花木の女王・西洋シャクナゲ)
 伊勢志摩G7サミットが始まりました。
 ホストの安倍首相はいい時期に万全の準備で臨み、お伊勢さんから日本の未来を世界に発信します。安倍首相でほんとによかった。
 サミットでは世界経済の建て直し、中国大停滞の対応、南シナ海の「航海の自由」と「法による平和的解決」、地球環境問題などが議題になります。サミットの大成果を祈りたい。
 サミットの前だったからか、2月から5月にかけて質の高い内容の中国関連の著書が、続々と出版されました。私もそろそろ中国の近未来予測を整理しておきたく思い、4、5月は3日に1冊のペースで読み漁りました。ただ経済と覇権外交に問題が集中する余り、最も緊急な環境汚染問題が置き去りにされていたのが残念でした。
 経済分析に限っていえば、どの著書も中国経済の高度成長は終息し大きな諸問題を抱えていることで共通していました。そして、今後の予測として「V」「U」「L」字の3つに分析されていました。
 「V」型快復。新状態ではあるが、このまま公式発表6.5%以上の成長を維持し、やがてアメリカのGDPを抜くという強気の御用学者説。しかし、さすがに今では極めて少数派となり影をひそめました。
 「U」型快復。極めて実現困難を前提で、早期に政治と経済改革を断行して穏やかに快復という親中希望説。これからTOP2人で責任のなすり合いで妥協の無い激しい路線(権力)闘争が予測されます。
 「L」型長期停滞。著書のなかに武力衝突と崩壊説もありましたが、大半が長期停滞となっていました。その停滞が失われた「L」20年なのか大停滞100年になるのかという内容でした。
 私は「L」説と予測しています。なかに停滞を続け20年後に崩壊という予測もあり(党の崩壊であり中国の崩壊でない)、それも考慮に入れて、中国人の好きなマジック・ナンバー「L」88年説です。
 サミットでの対中討議は「L」型の対応をめぐって議論されると思います。ここ数日人民元レートが、じわりじわり静かに値を下げてきて無気味ですが、大暴落でなくこのままじわりじわりで行ってもらえば、日本もじわりじわりと中国停滞に対応して行くことができます。 

東京の顔

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51Wkvnzg3cL._SX343_BO1,204,203,200_.jpeg 櫻井よしこ女史の著書を真剣に読みはじめました。
 櫻井女史の「迷わない。」(文春新書)を読み終えて、いま新刊「日本の未来」(新潮社)を読んでいます。
 これまで女史の著書を数冊買い溜めしてましたが、目次だけでだいたいの内容がわかりますし、あの柔と剛を織り交ぜたカリスマというか教祖的な感じがしてどうも苦手で敬遠してきました。ですから手持ちの本も未読のまま「ときめき整理」の時に処分してしまってました。
 先日「文藝春秋」6月号の女史の「百四歳の母を介護して」を読みまして、食べず嫌いせず謙虚に女史から学んでみようという気になり、さっそく本を取り寄せて、先ずは若者向けの自伝的啓発書でもある、「迷わない。」から入りました。やはり人格、聡明、美貌、雅びを、兼備し「柔よく剛を制す」女傑でした。「力と勇気と信念」を体現しています。
 1945年に、ベトナム・ハノイの野戦病院で産まれだそうですが、そこからして日本民族遺伝子の突然変異でした。高校を卒業し18歳でハワイ州立大学に苦学留学し、所持金わずか5ドルで当地に残り、一文無しで泣いた夜もあったようですが、ここで彼女の骨格ができあがってきたかと思います。また、女性には珍しく男勝りのマザコンのところが、彼女を強くもしています。
 本著の内容から話しが飛んでしまいますが、「大金の魔力に転ぶなかれ」として、「お金を持つと、その人の性格が十倍も強調されて出てきます。立派な人は更に立派になり、だらしのない人は限りなくだらしなく、狡(こす)い人は限りなく狡くなります。そういう意味ではお金は魔物です」と、鋭い洞察していました。権力は与えることはできるが、権威は自らが創りあげて行くものです。
 舛添に聞かせてやりたい教訓です。枡添が辞任した後(彼は粘りますが)、早くも誰を東京の顔にするか、いろいろ名前が上がっています。私はなぜ櫻井女史の名がでてこないのか不思議です。彼女は押されてやすやす出るとは思いませんが、2020年の東京オリンピックまでやらせてみたい逸材です。きっと日の丸を背にして絵になります。 

IMG_2639.jpeg      (台南の舗道脇で明けゆく花)
 5月20日、台湾初の女性大統領による新政権が発足しました。
 経済学者で地味な蔡英文大統領は、彼女らしい実務型の組閣で先ずは経済対策を優先に押し進めることと思う。台湾経済の建て直しが緊急の課題になっています。
 もう一つ大きな課題は対中国対策です。その点では閣僚のなかに李登輝前大統領時代に育った人材が多くに国立政治大学の国際・東亜研究所で長年にわたり大陸問題を専門に研究したエキスパートがいますので、こちらも実務型の外交になると思います。目玉すたーはいませんが、台湾らしい地味な布陣で期待できそうです。
 一方、中国共産党にとって台湾統一は最後に残こされた核心的な悲願です。統一なくして中国共産革命は完成しませんので、これからも台湾工作が続き台湾海峡を挟み緊張した心理戦が継続します。
 これは最悪の想定ですが、もし台湾に独立の動きがみられれば、中国は国際世論など無視してでも面子にかけて、ただちに武力弾圧に出るでしょう。党機関紙「環球時報」のインターネット民意調査では、人民の約85%が武力解決を支持し、内60%が5年以内に実施という脅しを発表しました(すぐに消除)。また、経済が崩壊するようなら人民の不満から目をそらすため、対外強行路線の暴挙にでることも否定できません。
 こうしたことを熟知する台湾は、武力衝突が起こらぬように細心の注意を払い、自由と民主を旗印に現状維持を貫き、対岸の体制がが崩壊するまでじっと耐えながら待つことでしょう。これがいま置かれている国際環境のなかでの最善策と思います。
 4月の台湾で新鮮な黄色いバナナを買って食べようとしたら、少し熟れて黒ずんだのと取り換えられました。黄色いバナナを食べたいのになぜかと思ったが、彼らは新鮮な見かけ良いバナナより、熟れるのを待ち、甘みの増した胃腸にもやさしいのを食べる知恵があるようでした。その時ふと「あ、これかな」と思いました。
 発足にあたり新政権の輝かし未来を祈念したい。
「なほ見たし 花に明けゆく 神の顔」(芭蕉)

同時生起

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lif1605150038-p1.jpeg 世の中って時おりシンクロニシティ(同時生起)があって面白い。
 シンクロニシティとは、101匹目の猿が海辺で芋を洗って食べ始めたら、ほかの100匹の猿が同じ事を始めたように、因果的には無関係な複数のできごとが時間的に一致して起る現象です。心理学者のユングはこの同時生起はまったく偶然だとは考えられない、無意識にはすべての人類に共通した集合的レベルがあると言ってます。
 私のプログで5月2日にスバル車を購入し、7日にスバリストとして中島飛行機の画像を載せて更新しましたら、12日に富士重工業が社名をスバルに改名を発表。そして今日は産経ニュースに中島飛行機の幻の「富嶽」の写真が掲載されていました。産経の記事に;
「先の大戦で名機「隼」や「疾風」を製造、米軍の空襲目標にもなった当時、世界有数の航空機メーカー、中島飛行機が米国爆撃を想定して構想しながら敗戦で 日の目をみなかった幻の爆撃機「富嶽」の大型ラジコン模型が15日、中島飛行機ゆかりの群馬県太田市の尾島RCスカイポートに見参、愛好家らが見守る中ダイナミックな飛行を披露」と、ありました。スバル飛行機もまんざら夢じゃない。この同時生起、世の中これだから面白くて止められない。
「心を開けば傷ついちゃうけど、運も同時に開けるもんよ」(車寅次郎)

 「愛国の熱情は尊敬すべきも、中庸の道を離れている」(朱子)
 こうした熱情のあまり中庸の道を離れた戦前からの中国研究者はもういなくなりました。佐藤慎一郎ゼミの同学たちはみなそれぞれ家庭生活に入り、いまだに傘張りをして暮らす寅さんは私くらいかと気負って追悼もどきを書いてしまった。
 私は佐藤慎一郎先生に南京事件の真実に挑んでいただきたかった。私が最初に先生から聴講したのは「祝南京没落」(南京没落を祝え)でした。「南京没落」は当日の新聞一面の見出しであり、南京市民が「祝南京没落」の旗や幟をかかげて街中を闊歩していたということでした。日本はこれを中国人が南京没落を祝って喜んでいると見下しましたが、中国人は全く反対の運動をしていたというのです。
 中国語で「没(mei)」は「まだ」となり「祝南京没落」は「南京はまだ落ちてないことを祝え」と、真逆になるわけです。日本軍はこうした民族運動を誤解して軍を進めてしまったが、あの時点で南京はまだ落ちてないということでした。ですから大虐殺などありえなかったという話しでした(今にして思えばこのプラカードは両国どちら側にも都合のいいしたたかな民衆の保身だったかなと思う)。
 中国人は鹿を指差してあれは馬だと平気で言えるので(日本にもいますが)、漢字の裏に秘められた真意をよく洞察すること、日中間のこうした発想の違いに慎重になれと教授してました。私が漢字に込められた真意に敏感になったのは、この時に端を発しています。
 以上で佐藤慎一郎先生の追悼は終了です。

5:13.jpeg        (晩年の佐藤慎一郎ご夫婦、自宅にて)
 なんで今になって私がブログに佐藤慎一郎先生の追悼を書く気になったのか、自分でも信じられないが、この著書で突如として忘れられていた先生の名前がでてきた成り行きでそうなりました。まぁこれもご縁というもので、私のお役目なのでしょう。
 著書「田中角栄こそが対中売国者である」の第一章は「角栄に戦いを挑んだ中国学者」から始まっています。佐藤 VS 角栄という対極にあった二人を、対峙させながら書き進める脚色は実にドラマ的です。
 私は佐藤先生の講演、秘密報告書、角栄との戦いを、緊張しながら読み進めました。活字を目で読むのでなく、先生の東北なまりで訥々と話す肉声が耳に響いてきて、心がふるえてしまいました。
 さて田中角栄ですが、中国革命で生き残った海千山千の老獪な中国人は、金の権化は金にたやすく転ぶし、金のためには国さえ売ることをよく知っていました。当時の周恩来は田中角栄をそうした小人として扱い、朝日新聞を利用して田中が首相になるよう影で工作していました。そして、日本政府が中国に援助するODAの見返りに多額のリベートを田中角栄と密約しました。この利権が後に中国共産党と田中角栄の癒着となり、闇将軍なってからの田中派の政治資金となり田中眞紀子まで延々と続きました。
 当時の中国の対日工作の暗躍はすさまじく、国内にスパイが跋扈し、金には賄賂、色にはハニィートラップと、次々に要人を籠絡してゆきました。中にはまさかこの人がと思える人物までも混ざっていました。
 しかし、こうした闇の部分はこのプログに書きませんし、書きたくありません。ただ、今さらなのですが、私はこの著書から二つの事に気がつきました。
 私はこの著書に書かれている内容は、佐藤ゼミなどを通じて当時すでに知っていました。だからだったと思いますが、このままでは田中角栄が日本をだめにすると、「角栄、問答無用」と真剣に思いつめたわけでした。今となれば若気の至りでしたが、何故あれほどまでに思いつめたのか、この著書を読んでやっと納得がゆきました。
 もう一つは、歴史にも人生にも "if"はないのですが、時折もし自分があのまま大学に籍をおいて中国研究を続けていたら、どんなスタンスの研究者になったろうか考えることがあります。もし、そうであればおそらくこの著書は、私が出筆していただろうと思いました。
 でも本来ネアカの私は、こうしたどろどろとした闇の世界が嫌いで、さりとておとなしく学者におさまりそうもないので、ビジネスの世界に転向したのですから、今さら何をか言わんやです。
 それに当時暗躍したツワモノたちはみな鬼籍に入りました。ここにこの著書を携え、佐藤慎一郎、鬼塚英昭、両氏のご冥福を、祈ることにしました。      合掌

IMG_2816.jpeg       (佐藤慎一郎遺影)
 佐藤慎一郎の肖像について続けます。
 大分別府で竹細工の職人でもあるノンフィクション作家の鬼塚英昭が、何故これを書かずには死にきれないと、死を目前にし佐藤慎一郎を突如もち出して田中角栄の深層暗部に肉迫したのか。何故40年前の田中角栄の屍を掘り起こすのか。
 鬼塚氏の遺言ともとれる「あとがきに代えて」を、長くなりますが涙ながらそのまま書き写してみたい;
 「この本の原稿を書き終えた後に急に身体の具合が悪くなり、私は、読むことも書くことも出来なくなった。申し訳ないが、こうして話すことで、本書に込めた私の思いをお伝えしたい。田中角栄が中国共産党から三百億円ものリベートを受け取ったことで、この日本は暗黒国家に堕させた、私はそう考えている。(中略)かっての政治家は、ただ私腹を肥やすため生きているわけでなかった。誰もが金集めに狂奔する世は、田中角栄が生んだものだ。(中略)中共は今も日本の政治家を、そして日本を侮っている。それは日本の秘密を知り尽くしているからだ。だが、この本で紹介した佐藤慎一郎のような誠実な学者も日本には存在した。彼は最後まで日本政府から一銭も貰わなかった。大学から得た報酬は、そのほとんどを中国から逃げてきた人々の面倒をみることに費やした。(中略)彼は少しでも日中両国の関係改善の助けになればと考えたが、残念ながら田中角栄にその願いは伝わらなかった。この本を読んでいただいた方は、どうか、佐藤慎一郎の生き方に思いを馳せてほしい。彼は粗末な引揚者寮に家族で住まいました。長男は狭い三畳間で病気で死んいったと聞く。食べる者を切り詰め、出来た金は中国人の支援に充てた。政府の高級官史が料亭に招いても豪華な膳には食欲をしめさず、『オレはラーメンの二、三杯も喰わせてくれた方がいい』と憤った。徹頭徹尾、清貧を絵に描いたような生きざまであった。私は自分の人生の最後で佐藤慎一郎という素晴らしい男に出会えた。彼の人生の一端を描けて幸せだった」。
 鬼塚氏は死を直前にして自分の人生をかえりみて、佐藤慎一郎氏の人生に重ね合わせたのだと思う。本書は佐藤慎一郎の総理秘密報告書通じて田中角栄の闇を告発しながら、清貧の佐藤 VS 金の権化の田中を対比させたノンフィクションになっています。
 その意味で本書は、鬼塚氏自らと佐藤慎一郎氏の鎮魂になっています。(続)

51HvnkZuPdL._SX335_BO1,204,203,200_.jpeg 石原慎太郎著「天才」についで、ノンフィクション作家・鬼塚英昭の遺稿「田中角栄こそが対中売国者である」(2016年3月刊)を、読んでみました。著者はこれを世に出すまでは死ねないと、脱稿後に逝去しています。合掌。
 著書の横帶に「清貧・反骨の中国学者・佐藤慎一郎が32年3ヶ月書き続けた <総理大臣秘密報告書> を徹底分析、角栄の中国利権の全貌が明らかに!」。
 私は鬼塚氏の著書を読んだことがないのですが、この表紙に突如としてすでに忘れられていた「佐藤慎一郎」の名が出てきたからでした。鬼塚氏は病床で「人生の最後に素晴らしい男に出会えた」と話してましたが、私には人生の最初に出会った人だったからです。
 私が二十歳の時にある研究所で、佐藤ゼミを数人の学生に混ざって聴講させてもらい、中国研究を始める取っ掛りになった先生でした。このゼミで「中国と中共」は分離して研究することと、「われ中国に空手で来て、空手で帰る」志を学びました。
 鬼塚氏の著書にふれる前に、先ず佐藤慎一郎の肖像について簡単に紹介しておきます。佐藤慎一郎は明治38年に生まれの中国研究家で、満洲国大同学院の教授、総務庁事務官を任務していました。敗戦後は帰国の道をあえて選ばず、満州に取り残された日本人の救出に奔走し、中共に捕らえられ2回の死刑宣告を受けながらも釈放、ついで国民党に逮捕され戦犯収容所に10ヶ月収監後に釈放され、日本に引き揚げてきました。
 なぜ両党から釈放されたのか、これは推測ですが、伯父の山田良政が国父・孫文の同志として中国革命に参加して外国人で最初に殉死したという功績と、叔父の山田純三郎が孫文の革命同士だったことで手をつけなかつたかと思います。それに佐藤先生が醸しだす、天然の優しい人柄、純粋素朴で、至誠そのままの真心をみると、殺さずに生かしてやろうという惻隠の情が働いたかと思います。
 私は佐藤慎一郎が63歳頃に会ったのですが、東北弁なまりで訥々と話す素朴さと優しさがにじみでいました。情の人でした。世の中にこんなお人好しがいるのか、、、という第一印象でした。
 戦後は中国から脱出してくる中国人の世話を続け、時には大学教授のなけなしの給料から援助していました。また32年3ヶ月毎月1回、歴代の総理大臣に秘密報告書を無償で書き続けていました。
 生前1997年4月に一度だけ先生の自宅に挨拶に行きましたが、引揚者用のさびれた狭い市営住宅に老夫婦で清貧に過ごしていました。私にはとても真似のできる人生でなく、敬意と溜息を交えてその場を離れました。
 1999年11月、94歳で永眠。
 中国大陸に果てしない夢を追い続けた浪漫派の最後の人でした。(続)

日米の和解

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IMG_2805.jpeg   (自然は1cm満たないこんな小さな花も咲かせます)

 一週間ほど続いた雨模様からようやく五月の空になりました。

 空を押し上げて 手を伸ばす君 五月のこと
  どうか来てほしい 水際まで 来てほしい
              (ハナミズキ)
オバマ大統領の広島慰霊訪問が決まりました。太平洋を挟んだ日米のさらなる深化にたいへんよいことです。
オバマの最後の訪日となる伊勢志摩G7サミットで、各国首脳陣と挨拶を交わした直後に広島訪問となります。2009年に大統領就任まもなく、プラハで「核兵器のない世界」を演説し、ノーベル平和賞を受賞しました。そして今回は核被爆地である広島にて核廃絶の演説で締めくくります。これで一貫したストーリーが完成し、オバマにとりこれ以上の花道はありません。ったく心憎い演出です。
 原爆被災者の家族7割りがオバマの慰霊を希望しているそうです。私はこの地でオバマの謝罪がなくても、またそれを今さら無理に要求しなくてもよいと考えています。謝罪は人に強いるものでなく自らが行うものでして、我々は隣国から謝罪、謝罪の要求で辟易しています。
 ここはアメリカ大統領が、水際まで来て慰霊し、御霊を未来志向に祀る演説でよいと考えています。そして、次は安倍首相が真珠湾に行き未来志向で英霊に鎮魂をすることで、ひとつの歴史物語が幕を下ろします。
 文明の衝突と融合は時に悲劇をもたらしますが、21世紀における地球規模のグランド・デッサンは、日米のさらなる和解と先の大戦でアジア太平洋上に散華した御霊の鎮魂を礎にして築かれてゆくことになります。 

グリーンカード

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 今日も私ごとの雑感です。
 5日に移民局に行きグリンカード(永住権)更新の申請をしてきました。今回は2026年まで延長になります。
 移民局は私の最も苦手な役所でして、移民官の上からの横柄な態度と移民らの萎縮した姿を見ると、時には腹がたち屈辱さえ感じます。ですから私は一貫して移民ではなく渡世の客人として、投資ビザでこの国に来たという態度を崩さず、多少の経費がかかっても顧問弁護士を通して法には法の仁義を切っています。なぜ市民権(アメリカ籍)を取らないかの問いに「その必要を感じていない」と応じています。
 まぁ10年1度のことですから10本指ぜんぶの指紋を2回も採取され、メガネを外して写真を2回撮られ、まるで犯罪者扱いかのようですが、客人なのでおとなしくしています。
 受付カウンターの後ろの壁にオバマ大統領と州知事の写真が掛けられています。この写真は更新の度に代わっていて、次回は誰に代わっているのだろう。アメリカ初の黒人大統領から、今度はアメリカ初の女性大統領に代わっているかも知れない。この国はまだ若い。
 私はこの国に草鞋をぬいで長居をしすぎたようです。次の10年の間には日本に帰国していると思う。新しいグリンカードが郵送されてくるのが、1〜9ヶ月とのことですから、その頃には新しい大統領が決まっています。私は市民権がないので投票権もなく、「浅間三筋の煙の下にゃ〜生まれ故郷のある」客人には「選挙のかかわりございませんが」、ヒラリーか、特にトランプのような候補しか選べないこの国に未練はない。

スバリスト

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5:2:16.jpeg        (飛行機公開ノ実況。旧制県立富岡中学校)
 今日は私ごとの雑感です。
 5月からスバルのフォレスターSUVの運転を楽しんでいます。
ここ数年アメリカでスバルが販売台数を急速に伸ばしてきて、消費者の総合評価で2位(1位アウディ、3位レクサス)、独自の技術力と安全性の高さでアメリカ市場に着実に浸透してきています。日本では大手自動車8社の中で最小のメーカーですが、いい商品を造れば市場で評価されるものです。
 日本はやはりこうした地道な物造りの精神を受け継ぎ、物造りによる実体経済を大切にしてゆくべきです。国際金融の狩猟的ないいとこ獲りからみると、農耕的な物造りは割りが合いませんが、これが律儀な日本らしい物造り文化なのだと思います。
 スバルの熱狂的なフアンを「スバリスト」というそうですが、私もふる里の車ということも加勢して、どうやら「スバリスト」になりそうです。それに、スバルの富士重工には特別な思い入れがあります。戦前までは航空機メーカーの中島飛行機でしたが、敗戦後に飛行機の生産を禁止されたため「富士重工業」と改名して持ち前の特殊の飛行技術を基にして新たに車の生産を始めました。これはもう遠い昔の話しになりますが、私の父親は一時この中島飛行機の下請会社として木製の飛行機にたずさわっていました。
 そんな縁もあり今回は「目をとじてなにも見えず」迷わずスバルに決めました。そしてふる里の友人にここ数日「昴」の歌をハミングしながら運転しているとメールしたら、「目をとじたまま運転して事故を起さぬように」とのアドバイスが返ってきました。いやはや泣けてくるよな友の心つかいに、有り難いと感謝すべきか、トホホなのか、ふる里は遠きにありて想う者です。
 まぁ、これを機会にこれまでのシニア暴走運転をやめ、少しスローダウンしてやさしい運転を心がけることにしました。

(P.S. 12日、富士重工業からスバルに改名と発表しました)

 中国大停滞(2)で老百姓(一般庶民)の強靭なしたたかさについて書きましたが、補填しておきます。
 今回の上海でも両替でお世話になっている知人と意見交換しました。いつものようにさりげなく景気の動向を聞きましたら、前回1月時点の「很不好(よくない)」から今回は「非常不好(非常によくない)」に変わってました。街中の小売店の多くが潰れているとのことでした。にもかかわらず官製相場の株価と為替は現状維持し不動産価格が急騰、高級車の売れ行きも好調というのですから世にも不思議な現象です。
 それに世界2188人の大富豪のうち、中国人富豪が568人いて世界一(アメリカ人535人)全体の26%を締めています。この歪んだ大格差社会、腐敗の大トラ幹部から富を吐き出させて再分配する余地もあります(でないと中国に共産革命が起きてしまう^^)
 上海の知人はいつもは胸を張って強気満々でしたが、今回は心なしか弱気になっていました。これまで日本円に興味を示さずドルの両替だけでしたが、次回は日本円にしてくれないかとのことでした。私がなぜかと聞くと、「ドルは人民元とリンクして変動幅がないが、円はこのところ変動が激しいので儲けのチャンスがある」とのことでした。彼はすでにドルから円投機に対象を換えていまして、この変わり身の速さに唖然とさせられました。
 また、私の東北の友人は4月5日から、中級レストランの不景気をみこんで、庶民の味「鳥だし麵店」を開業しました。これが繁盛しているようで、その余裕で6月16日にオープンする上海ディズニーランドへ家族して物見遊山とのことです。
 こうして上は党幹部から下は老百姓に至るまで、飽くなき利を追究する社会エネルギー、融通無碍の強靭なしたたかさが、中国経済の大崩壊をくい止め、徐々に大停滞して行くのではないかとみています。
 以上が私の希望的観測を含めてた持論です。

IMG_2686.jpeg         (霞む「中国の夢」看板)
 私がなぜ大崩壊でなく大停滞説に与するかを少し書き加えました。
 中国の環境汚染、PM2.5、水質汚染、土壌汚染はもう待ったなしの段階にきています。特に水の問題は深刻でして、このまま放置すれば人間が住めなくなります。中国の人が訪日して薬の暴買や病院での診療はすでに形をかえた難民とも言えます。日本の病院は中国の人が診療にきて頭をかかえています。このために新たに外国人向専門病院の設置まで検討されています。その意味で中国はすでに社会的に内部崩壊しています。残念なことに経済問題ばかりに注意が行きこちらに集点が当たらないことです。
 ではなぜ大停滞説なのか。
1、中国の急激な崩壊は国内外に与える悪影響が大き過ぎてしまい、誰もがそれを望まないからです。大崩壊だけはなんとしてもくい止めようとする力学が国内外から働いています。
2、経済はすでに行き詰って停滞をはじめていますが、中国の最高級幹部に優秀な人材が多く、なんとか崩壊を食い止めようと次々に経済対策を打っています。時には市場主義では考えられない禁じ手もじせずです。習独裁体勢がだめなら集団的指導体勢に戻り、そうやすやすと現体制が崩壊するとは考えられません。それに徐々に革命第五世代指導者に世代交換が始まっていまして、彼らは必死に政治改革に手をつけるでしょう。環境汚染対策も今になって真剣に取り組みはじめています(今度こそはスローガンでないことを願う)。
3、一番の要因は、中国人(老百姓)は、中央の政治などあてにしていないことです。「上面有政策、下面有対策」、上に立て前の政策があれば、下に融通無碍の対策ありです。彼らは現政権が崩壊しようが停滞しようが関係なく、自分等のことは自分等で生き抜いて行くという強靭なしたたかさがあります。老百姓に社会的なエネルギーがあり虚無的な持久力を持ち合わせています。これが大停滞を下支えします。
 この国は歴史的に見ても国が統一されたこともなく分裂と長い停滞を繰り返してきましたし、これからもそうでしょう。長い目でみると今回もそのパターンかと思います。周辺国にとり19世紀型覇権大国の出現など悪夢でしかありません。

中国大停滞

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IMG_2780.jpeg 昨年からアメリカのパンダハガーと称する親中派が、中国に裏切られたとして距離を置くようになりました。アメリカの対中政策に誤りがあったと次々に軌道修正に入りました。中国利権の大御所ヘンリー・キッシンジャーさえ「米中G2論」から腰が引けました。
 かくして日本のパンダハガーもこれに遅れてはならじと、元21世紀政策研究所理事長、経済学者の田中直毅著「中国大停滞」ー中国は長い冬に突入するーが出版になりました。どちらかというとパンダハガー寄りで2002年に「中国が日本を超える日」を出版した同じ日本経済新聞社が、「著者40年近い中国観察を元に渾身の書き下ろし」とお墨付きでアメリカに右へ習いしています。「君著は豹変す」で、日米のパンダハガーが何を今さらなのですが、これで日本も中国経済の現状を総括して引導をわたしたことになります。
 本「中国大停滞」は、中国がなぜ大停滞に向かうのか、政治、経済、社会、歴史、外交、環境汚染等の累積した問題を、広く深く掘り下げて整理しています。奥歯に物が挟まったような言い方ですが、柔に問題点を直言しています。同じ問題点を指摘するにも、こうした品のよい巧妙な論法を使うとは、いい勉強になりました。さすが田中直毅氏で知中派からの貴重な警告書になっています。
 私はこれまで「中国大崩壊論」に与していませんが、私の文化大革命以来「50年近い中国観察を元に渾身の直感」で、本書「中国大停滞」と同じ捉え方をしてきました。そして、崩壊でなくこのまま大停滞をして行くことが、中国にも近隣諸国しいては世界にもほどよいと秘かに考えています。たぶんそうなって行くでしょう。
 前にここで紹介しました、「中国4.0」エドワード・ルトワック著にもありましたが、中国は過去30年の高度成長の成功体験に舞い上って方向を誤った結果、国内の政治改革、経済対策、外交方針、環境汚染等の問題が山積み、大きな壁となり行き詰ってしまいました。
 ここらで無理あがきをせず「中国5.0」として、当分は頭を冷やして足下の諸問題を改革してゆくことが必要になっています。
 奇しくも同3月下旬に出版になった2冊の中国論が、今後の中国を予測するうえで貴重な参考書になりました。

サライの空へ

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13083337_1002385683170801_3174785319097803441_n.jpeg 5月は紫の花に移り、青空にパステルの薄紫がよく映えています。
 ふるさと富岡市蕨「くろさわ藤園」からナイアガラの滝をイメージした藤の花が届きました。7日〜9日が見頃とのことです。
    山紫さきに 水清く〜♪
       明けゆく空に 光あり〜

 グリーンカード(永住権)を、2026年まで書き換えのためか、このところ少し里心がついたようです。我が家のセカンド・カーはこれまでトヨタ車でしたが、これも「目をとじてなにも見ずに〜」ふるさとのスバル車に買い代えます。
IMG_2703.jpeg       (青雲たかき 稲含み〜)
 ふるさとの山に向かいて 言うことなし 
      ふるさとの山は ありがたきかな
                (啄木)
 さてと5月をはじめよう。

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