2016年6月アーカイブ

105896.jpeg 個人的なことですが、世のなか面白いな〜と思う偶然です。
 出張の折りひさしぶりに池袋の中華料理店で姉弟会をやりました。血のつながった10人兄妹のうち私が末っ子、兄4人と姉1人はすでに故人となり、池袋の郊外に住む上の姉2人と、群馬の姉2人に私の5人で姉弟会でした。
 円卓で私の好きな湖南料理を食べた後、私は次の会議があるので先に失礼し、姉たちだけで巣鴨の「とげぬき地蔵」(お年寄りの原宿)に行きました。そして、そこでたまたまフジテレビの朝番組「目覚ましテレビ」が、仲よし姉妹のインタビューをしていて、姉たちがちょうど姉弟会で帰りで、いまアメリカに住む弟と食事して別れて来たということで格好の取材対象になりました。
 4姉妹が仲よくそろっての地蔵参りが絵になったのでしょう、今朝方に数分ほど放映されまして、さっそく友人からテレビ見て驚いたとメールが来ました。姉たちも天上の両親からの思わぬご褒美に「いい冥土のみやげになる」と、冗談を言いながら喜んでいました。
 「あ〜生まれてきてよかった。そう思うことが何べんかあるだろ、人間そのために生きてるんじゃねえか。」(車寅次郎)
 姉弟会はまた次回のお楽しみになりました。

日本の時代

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IMG_3124.jpeg イギリスのEU離脱に刺戟されて5冊の本を、同時生起に読みはじめてしまった。
*「こうして、2016年、『日本の時代』が本格的に始まった!」日下公人著。この人もうお歳ですから読まなくもいいかなと思いながらまた読んでいます。
*「昭和の天才仲小路彰」ー終戦工作とグローバリズム思想の奇跡--野島芳明著。終戦直後からすでに英米の世俗的で薄っぺらなグローバリズムに対抗して、昭和の天才が哲学的に深みをもたせたグローバルリズムとの融合を日本から発信しています。ちなみに私め仲小路氏のすこぶる不肖な孫弟子です。
*「世界を戦争に導くグローバリズム」中野剛志著。世界が危機的な緊張にあるいま、私が注目している異能な論客による反グローバルリズム。彼はまだ若いのに超優秀です。
*「奇跡の今上天皇」小室直樹著。1985年刊と古い本なのですが、小室直樹氏の本を急に読みたくなりました。読むと涙をさそいます。当時のマスコミ風潮の中で、天才と称されていた氏が、テレビ討論会で狂気な行動をとったことが、気の毒なほどに理解できます。きっと我慢ならなかったのでしょう。
*「世界の憲法を知ろう」--憲法改正への道しるべー、西修著。もし安倍首相の時に憲法改正がなければ、もう改正の機会、強いては日本の精神的な自立がないのではと思います。ここ2〜3年が勝負かと思いまして理論武装です。
 5冊ひとまとめの読書では効率がわるいので、週末までに1冊ずつにしようかと考えましたが、私の中では5冊が1冊のロジックとして連携していましたので、このまま平行読書しながら7月を迎えることにしました。その後で1週間ほどEUでなく、ヨーロッパの風に吹かれてきます。
 みなさんもよい7月をお迎えください。

IMG_3113.jpeg 日本は明治維新の後に「廃藩置県」を施行し、小異を捨てて大同について近代国家を形成しました。四方を海に囲まれた島国で大まかに括れば単一民族、単一言語でしたから比較的スムースに移行しました。
 いまこれに類似した世界維新グローバルゼーションの衝撃波が金融経済、自由貿易、情報通信を武器にして日本に押し寄せ、国民国家を消滅させる「廃国置邦」が、静かに潜行しています。第二の黒船です。
 日本人を世界市民(コスモポリタン)に改造し、世界連邦に合流させようとしています。グローバルゼーションは普遍性があり世界全体を同質にしようとする力を持っていますので、文明の大きな潮流から鳥瞰すれば人類はこの方向に流れて行くと思います。スマホのアプリ、グーグル、FB、アマゾン、ウーバーもその線上にあります。
 グローバルゼーションは1970年代からアメリカのウォールスツリートとイギリスのシティが、新自由主義のグローバルゼーションを提唱し、金融市場の規制撤廃と情報革命を推進させて1990年代後半から爆発的に膨脹してきました。国境を消滅させ各民族を世界市民に改造させ「世界は一家、人類はみな兄弟」の世界連邦を打ち立てるというイデオロギーを持ち合わせています。かつての「万国の労働者は団結せよ」と同根のインターナショナル思考で、国を失い二千年の流浪の民となったユダヤ人が国の枠を超えた世界連邦創設の悲願を反映しています。世界が一つの連邦になることでユダヤ人は解放されるという思想です。
 多様性をもつヨーロッパ諸民族を、EU人という一括りに改造しようとするのもこの流れにあります。各民族に美味しいワインの特産があるのに、それをEUワインに混ぜ合わせたら不味くて飲めたものでない。イギリスがEUを脱退したのは、国家崩壊の危機を集団的潜在意識で感じとったからだと思います。日本も他人事でなくもし民主党政権があのまま続いていたならば、能天気なフリーメソンの宇宙人によって、「日本国は日本人だけのものでない」(鳩山由紀夫)と、崩壊していたことでしょう。あの時は国家滅亡の危機に直面していました。
 グローバルゼーションの世界化は、民族を消滅させ文化や伝統的な生活様式を破壊する力を内包しているので、当然のこととしてナショナリズム(民族主義)と衝突し摩擦が生じてきます。尊王攘夷か開国かの葛藤が生じてきます。これがその二者択一で解決するならば世のなか簡単なのですがそうはいきません。日本は世界化のなかで埋没することなく、異なる二つの矛盾を融合させて多様性のある寛容の世界、新しい日本を建設して行くことが今日の課題になっています。いよいよ新しい日本の時代です。これこそが世界のなかで日本が日本を実践する敷島の道になります。
 その意味で島国であり立憲君主制の小英帝国のネーションの回帰は、日本にとりよい手本になります。日本もアメリカと「希望の同盟」を強固に結びながら独自の道が開けてきました。先ずは戦後レジームの呪縛を解き放す憲法改正が第一歩になります。日本はこの過度期に安倍首相でよかった。アマテラスはまだ瑞穂の国をみしてていないようです。                

小英帝国

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IMG_3035.jpeg              (札幌フラワーカーペット2016)
 イギリスのEU離脱は世界史の転回点になると思うが、私は肯定的に捉えています。また日本の将来にもよい転回点になると見ています。
 この転回点はミクロ経済の為替や株価の動向でなく、マクロな文明の流れ、つまりグローバリズム VS ナショナリズムの相克として見て行くべきだと考えています。
 なぜEU離脱したかを論及すると一冊の本になってしまうのですが、すでにそうした本が出版されていました。この離脱を予言したかのような著書「グローバリズムが世界を滅ぼす」(文春新書)を、私は今改めて再読、熟読しています。なかでもエマニュエル・トッドと中野剛志両氏の小論が光ってまして、なぜEUを離脱したかの解答がここに記してありました。参考として是非ともの推薦本です。
 フランス人のトッド氏は、「ヨーロッパは今、かつての姿と逆のものになろうとしています。一つの覇権大国をいだく不平等な連合体になろうとしています。覇権大国はドイツであり、ドイツのための優秀な右腕となっているのがフランスです」、「ヨーロッパに期待しうる最善のことがユーロの崩壊であるということです。その崩壊は、直ちには世界によい結果をもたらさない性質のものです。ヨーロッパは死です。自ら首を括っている最中です」と、厳しい告発をしています。
 この著書でグローバリゼーションの新自由主義の拡散は、民主主義の危機であり、強いては国家の滅亡の危機と主張しています。この鋭い洞察に日本も他山の石とすべしです。
 イギリス人は過去の栄光がもはや未来を照らさない暗闇のなかで、かつての「大英帝国」が衰退し、このままEUグローバルリズムのなかで埋没して行くのか、それとも誇りある「小英帝国」として生き長らえるのか " To be, or not to be" ハムレット的選択でした。そしてEUから国家の主権を取り戻し「小英帝国」しての道を選択しました。
 しかし、国家の将来を決める最重要懸案を、安易に国民投票にしたことが大きな失政でした。これは指導者の劣化であり責任放棄でした。国民を二分するような最重要事項は、安易に投票に持ちこむ前に方向付けをして事前に処理すべきものです。それが政治というもので、そのために民主選挙で指導者を選んでいるのですが、まぁこのあたりが劣化する英国なのでしょう。
 ともあれ「小英帝国」への茨な道がこれから始まります。これが彼らの選択でした。エールをもって見守りたい。

map_ef4c663f-e229-4870-b2dd-8e7d3c55a433.png 今回の出張で初めてUber(ウーバー)のハイヤーを利用しました。
 最近だいぶ流行ってきましたが、Uberはスマホのアプリを利用した配車サービスです。これまで知人から何度も勧められていましたが、いまいち気乗りがせずグズグズしていました。
 利用法は簡単で事前にスマホのアプリに会員クレジット登録しておくだけです。そしてハイヤーの必要時にアプリを立ち上げますとGPSに
自分がいる現在地が表示されそこに目的地を入力しますと、グーグル・マップの画面に小さいアイコン車が動きだし、あと何分程で黒い車が迎えに行くと表示されます。同時に乗車料金、運転手の顔写真とプレート番号が出てきて後は乗車して目的地で降りるだけで清算もサインも必要なく領収書がスマホに送信されてきます。
 実に情報化された便利なサービスで、アマゾン社が出版業界に参入して黒船と言われたように、これはタクシー業界の黒船(黒車)です。スマホはここでもライフスタイルに革命を起していました。
 今回はUberを2回利用しました。3回目に札幌からの帰り羽田空港から利用したくスマホを立ち上げたのですが、タクシー・スタンドを見るとタクシーが列をなして待機していました。なんか彼らが気の毒になってしまい、さりとて今さらタクシーに乗る気にもなれず、トボトボと空港駅まで歩きモノレールに乗って帰ってきました。
 頭はデジタル、心はアナログ、進化途上のアナデジ両生類の自分に苦笑してしまった。

祈りと経営

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6:23.jpeg 本は意外に重いのですが、今回の出張で友人からいただいた5冊と書店で購入した9冊を持ち帰ってきました。今回は珍しく中国関連本が1冊もなかったことです。中国は暫く経済停滞と権力闘争の日々になると予測し、このところ関心が薄れ一休みです。
 そこで先ずは札幌駅の書店で見つけた、セピア色の表紙「小倉昌男祈りと経営」--ヤマト宅急便の父が闘っていたものー、森健著(小学館刊)から読みはじめました。
 小倉氏は私が尊敬する経営者でした。2005年に逝去していますのに、なぜ今ごろ小倉昌男の経営論なのかいなと思い、店頭で目次を開くと、キリスト教徒であった氏が「良寛のふるさとへ」とあり、いったいどんな祈りの経営だったのかと興味がわきました。また俳句をたしなみ、それに「日本の中で一番好きなところと言ったら、それは北海道」と書いてあり、私も折よく札幌でしたので記念購入でした。
 誠実に書かれた内容でしたが「祈りと経営」は本を売らんがためのレトリックなタイトルでして、これは経営書でなく「小倉家の人々」--父としての小倉昌男--を、小説風ノンフィクションに仕上げたものでした。
 著者は「どこの家にも問題はある」と書いていますが、たとえ作家であっても故人のプライバシーな部分にまで立ち入って検索するのはいかがなものかと思う。逝去10年後に墓から掘り出して書き起こすだけの意味があるのだろうか。たとえ故人であるにしてもプライバシーの侵害ではないのか。おそらく小倉家も故人も心よく思わないであろうし、こんなプライバシーなことまで我々が知る必要もないことです。また、知ったからといって経営者としての小倉氏の評価は変わりません。まぁ作家の業なのでしょうが、それぞれに生活空間がありその垣根を越えてプライバシーの領域にまで立ち入らない方がいい。それが礼儀というものであり、死者にたいする弔いでもあります。
 ここは読後の気分なおしに、小倉氏がおりふれ祈りを捧げていた、神学者の「ニーバーの祈り」で結ぶことにします;
「神よ
 変えることができるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
 変えることのできないものについては、それを受け容れるだけの冷静さを与えたまえ。
 そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを識別する知恵を与えたまえ」

俺たちの旅

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IMG_3091.jpeg 先週は舛添要一都知事の政治死のニュースを見て、今朝は鳩山邦夫元総務相の死去でした。
 両者とも成仏しない無念と思いますが、お悔やみ申しあげたい。脳も筋肉でアスリートの長距離レースに喩えれば、両走者は東大法
学部同期で、不動の1位の天才を除き2位3位を争うトップランナーでした。団塊世代のペースメカーとして、一人は銀のスプーンをくわえて生まれ、一人は貧困の境遇から這い上がってきました。
 私はかって鳩山邦夫衆議員は首相になって行くと思ってましたが、中途で失踪しました。一方の舛添都知事は自業自得で自滅しました。過去にどうように走って来たかはここでは言及しませんが、ここまで走り続けて来たことを良しとすべきなのか、まだまだ走れる力があったのか、団塊世代のトップランナーが同時に花を咲かすこと無く蓮葉の朝露のように消えたことになんとも言えぬ寂しさと無念を感じています。
 「吾ら死する時には、生まれてきた時よりも、この地上を少しでも美しくしていこうではないか」。団塊世代が後世にさしたる業績も残せぬまま一つの時代が終わりつつある様です。
  夢の夕陽は コバルト色の空と海
  交わってただ遠い果て
  輝いたという記憶だけで
  ほんの小さな一番星に
  追われて消えるものなのです (小椋佳)

6:11.jpeg  当地の今日は見事な「日本晴れ」、もし日本がなければ「日本晴れ」もないのかな^^;
 アメリカ大統領選はヒラリーVSトランプになりました。4月22日の私のプログで「トランプ鳴動してヒラリ一1人で幕引」と予想しましたが、どうやらその流れです。これから副大統領候補の選定、双方のスキャンダルとネガティブキャンペーンの応酬がはじまり2転3転が予想され、このまますんなり行くとは思いません。
 私の周りはいつの間にかみなトランプ勝利の予想となり四面楚歌の状態です。ピーターの法則に「ある人材が上昇を続けて限界点に達するとやがてそこで無能になる」とあるが、俺様自己中のトランプはここいらが限界点かと思うのだが、私の感覚がズレているのだろうか。
 まぁ11月になればわかる事で、どちらになろうがその時はその時で対応してゆけばいい、今から騒ぎ立ても始まらない。ここは腰を据えて見て行くだけで、競馬の予想屋のような取り越し苦労の必要ない。
 アメリカの大統領には権威(品性)と権力(能力)の両方が要求されます。「リーダーが必ず身につけておかなければいけない要素がひとつだけある。それは品性である」(ピーター・ドラッカー)。今回の様な品性に欠ける選挙戦を見ていますと、選挙民が気の毒になってきます。大衆民主政治のなれの果てです(まぁ選挙の無い独裁国よりは比較にならぬほどましではあるますが)。
 その点、天皇制民主主義は叡智のある絶妙な制度になっています。精神的権威の「正統性」と政治的権力の「正当性」の二元化の構成なっています。アメリカ大統領のように一人の人間に権威と権力が集中しますと、どちらかが欠けた時にブレーキが利かず危険です。例えば数年前の日本民主党のような政治権力の「正当性」が不様に崩壊したとしても、国民にはまだ党を超越したところに精神的権威の「正統性」に心の寄りどころがあります。ちょうど日本に二つの国花があるよう
に「さくらの園」の向こうになおも「菊の花」が咲いてます。
 天秤や 京江戸かけて 千代の春 (芭蕉)

6:9.jpeg ここ一週間は天皇に関する古い文献を読み続けています。
 本の多くは友人からいただいたもので、今回も帰省するとたくさん用意しているとのことなので、それまでに手持の資料を読んでおきたく考えました。
 『なにごとの おはしますかは 知らねども
      かたじけなさに 涙こぼるる』
           (西行・於伊勢神宮)
 私にとりまして天皇陛下は玉簾の奥に座して居る象徴で、これまで簾の隙き間からのぞくことを控えてきました。それに私は天皇に向いて感性と情念だけでして、理性で書き上げるだけの歴史的知識と力量がありません。ただ、天皇にもしもの一大事があれば、即時に駆けつけてお守りする覚悟で生きてきました。これは古より代々引き継いできた一国民としての責務でもあり、潜在する民族遺伝子のなせることかと思います。
 世界史から民族の興亡をみますと、これまでどれだけの民族が滅亡して行ったか数えきれません。そして今も国際政治のなかで、各民族の生き残り合戦が続いています。もし日本(大和)民族が天皇を失ったとしたら数十年もたたぬうち霧散し滅亡することでしょう。ですから、日本民族を守ることがそのまま天皇を守ること繋がってきます。終戦直後に隣国にとどまらず、共産党や反日日本人、さらにアメリカのルーズヴェルト大統領やGHQが、当初は天皇制廃止に動きました。そして敗戦国の日本が二度と起き上がれぬように弱体化させる現憲法を制定しました。しかし、幸いなことに民族の叡智が幾多の危機から天皇を守り続けてきました。
 安倍首相が安保法制を成立させ、アメリカ大統領の広島哀悼を通し日米同盟を強化させ、さらに経済対策で消費増税を3年間先延ばしを決めて、いよいよ憲法改正を射程距離に定めました。これは日本国民が直面している最大の政治課題となり、民族精神の自立を意味します。
 国家の憲法は、自国の歴史と伝統文化を背景にした基本法になりますが、現憲法の前文は国家の理念や歴史的精神に全く触れていません。
「前文」には、我々は何者なのか、世界の中で日本はどういう存在なのか、どういう国であるべきか、どういう国になりたいのかを謳いあげるべきです。ここには神話を含め三千年の祖先から受継がれてきた「和を以て貴しとなす」崇高な大和の理想を盛り込みたいものです。すでに改正の期は熟しています。安倍首相には政治生命をかけて改正までの道筋をつけてもらいたい。

補記:中国の軍艦が尖閣諸島の接続水域に初めて侵入したとのこと。「カエルの楽園」のウシカエルの影と三戒が彷彿してきます。
 「カエルを信じる」「カエルと争うな」「争う力を持つな」

信なくば立たず

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 いま東京で「公費」と「私費」の仕分けが問題になっています。
 私が経営者になってよかったと思うことの一つに、「公」と「私」の分別を身につけたことです。簡明に言えばお金の使い道に敏感になりました。このお金はどこから来たのか、いま使うお金はどの費用項目に入るのか、公費か私費かが特に意識しなくも習慣的に頭の中で働いています。
 会社のお金は会計係に一体任せて手をつけません。普段は公費と私費のクレジットカード2枚と現金を持ち歩き、使い道によって仕分けしています。金額によりますが通常は領収書を受け取らずカードの決済書で、あとは会計係に任せています。現金での公費使用の時には領収書で決算しています。そして何か費用でおかしな点があった時にのみ、会計係の仕事として私に質問してきます。
 通常、私は気を許した人以外からの接待を受けず、たいがい接待側なのですが、接待した時でも話した内容次第で公費か私費のカードで仕分けています。タクシーに乗った時でも、公はカード、私は現金を使っています。二次会の飲み代もだいたい私の現金になっています。
 公費は厳しく節約したとえ10円でも無駄なきように努め、常になぜ使うかを自問しています。例えば高速道路通行料でも同じ目的地に行くのに2通りあり、この道は2ドル50セント、別の道は3ドルだとしますと、習性的になぜ50セントを余分に使うのかを問いかけます。この道は近道で50セント節約できるが、常に渋滞が予想され、別の道は50セント余分だが、渋滞も少なく早く到達できるとの理由があれば50セント余分に使います。私はゼロから叩き上げた会社なので、50セント節約がそのまま損益表のボトムラインで50セントの利益に直結するのが骨身に沁みているからです。
 こんな事は経営者とり当然のABCですが、問題は機密費となります。今で言う政治資金と言うものです。通常どう使おうとわからないわけですから、この使い道にはなおさら神経を使いますし、自制心が要求されます。経営者が真に試される必要条件です。
 私はこのお金を私用で使ったことは一度としてありませんでした。海外にいるパートナーが、一度だけ私の使い道を疑ったことがありました。機密費の使い道は、お互いの信用関係で成り立っていまして、海外に離れていればならなおさらです。しかし、これには領収書や使い道を証明する裏付けが無く、信用は心の度量だけとなりました。
 私はこの時点で20年間続いてきた大恩人のパートナーでしたが、きっぱり見切りをつけ全てを清算して別れる決心をしました。大恩人のままにしておきたかったからです。その折り彼は、これは私の人生の失敗であるとして留意しましたが、「無信不立」(信なくば立たず)でした。

イワシの頭

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IMG_2824.jpeg                  (サボテンの花)
 6月にまたアジアへ飛んできます。
 今回は日本に6日間滞在でき3つの打ち合わせの他は、自由時間がとれたので楽しみにしています。池袋で4人の姉たちと会食したり、久しぶりに札幌に出かけ外孫たちとチビオフ会となっています。
 まさかファミリーレストランでチビオフ会になるとはトホホですが、これも日本の未来。両親にとり子は宝なのでしょう、それぞれとてもいい名前をなので感心してます。
 それに最近お酒をあまり飲まなくなったからか、はてまた齢の心境の変化なのか、朝明けの公園を散歩する楽しみが一つ加わりました。
東京の朝はいいですね、汚したくありません。
 人間が他の動物より優れた万物の霊長たる由縁は、人格の価値にあります。戦後の日本は生活価値の向上だけを優先し、人格価値を恥ずかしいほどに置き去りにしてきました。いま国際都市として人格価値が問われ浄化作用が起きています。鰯の頭も信心からといいますが、その鰯は頭から腐ります。嘔吐を吐きたくなるような酷臭が、朝明けの公園に漂ってこぬように都市の良心を見せてもらいたいものです。
「東京を取り戻す」櫻井女史が出ないのなら、一貫してぶれのない「日本のこころを大切にする」中山恭子参議議員はいかがなものなのかな。マック赤坂でもね〜。
 「京にても 京なつかしや ほととぎす」
               (芭蕉) 

日本国憲法前文

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IMG_2841.jpeg 5月は下旬まで肌寒い日が続き暖房が必要でしたが、最後の週から一挙に夏が来ました。6月から冷房に切り換え、半袖になって公園の散歩を再開しました。
 6月から日本国民が直面している最大の政治課題、憲法改正の問題を探究しようと決めています。本来なら憲法改正は団塊の世代がやるべき国事でしたが、ことごとく期待を裏切りました。そればかりでなく次世代が改正に動くと、その足を引っ張る始末です。
 私自身も恩師の切実な「切れば赤い血が流れるような日本国民史の命の問いかけ」に対して、私の専門でないことを理由に惰眠を貪ってきました。
 憲法は日本国民にとって神話起源を含め三千年の歴史、先祖代々から受け継がれてきた精神、自然愛、国土愛を繁栄すべきもので、敗戦占領デモクラッシーのもとで一夜漬けで作成するものでなく、伝統の深層である古池に飛び込み、底からの維新ルネッサンスになります。たとえ第九条の問題がどうなるにしても「前文」だけは改正し日本国がどういう国家であるべきか、どういう国になりたいのか理想と理念を謳うべきものです。
 すでに論点は出尽くしているので、あとは改定までの政治プロセスとなり、安倍首相は2020年までの政治目標に定めたようです。しかし、これは国民投票で賛否を二分するほどの重要案件で、たいへんな作業になります。ですから百田尚樹氏は「カエルの楽園」の寓話で、安倍カエルや百田カエルが殉死しています。それでも日本の未来のために前に進めねばならない課題となっています。
 「古池や 蛙飛び込む 水の音」(芭蕉)
それでは6月をはじめます。よい月にしてゆきましょう。

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