2016年8月アーカイブ

我が家の内輪話

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51oSOUgEUnL._AC_US300_QL65_.jpeg 先日の帰省の折に友人がまたして曽野綾子氏の本を用意してくれていました。三浦朱門(90歳)&曽野綾子(85歳)老夫婦による交換エッセー「我が家の内輪話」(世界文化社刊)でした。
 出版企画は意味がありますが、私はもとより人様の家の内輪話など興味がないので読む気もしないまま受け取りました。でも、友人の薦めでもあり、それに私が尊敬してきた日本を代表する教養人ですので、夫婦生活63年の歩みに祝福と敬意を表し拝読することにしました。
 老夫婦が死を見つめながらの枯れた人生回顧論、お互いが人格を尊重し合い、かつ「夫婦の交わり淡きこと水の如し」間の取り方はいい感じでした。夫婦の間はこうありたいものです。私はこの内輪話で両氏とはご無沙汰になるだろうと思うが、末永い健康長寿と活躍を祈りたい。
 内輪話ついでに「岸信介最後の回想」ー生誕120周年に公開される談話録ー(勉誠出版)まで読んでしまった。こちら岸家の内輪話はいまだに生臭くて面白い。安倍首相の宿命までわかってきます。
 さてもう一つ(興味がないと思いますが)「我が家の内輪話」です。
 8月26日、27日、28日に、我が家の婿殿がモンブランの山裾をフランス、イタリー、スイスの国境をまたぎ170キロのウルトラト・トライアルレースに挑戦し、44時間かけて完走しました。
 我が家の「猫ひろし」スタート時に日の丸と一番の[ 一●番 ]鉢巻きをしめた写真が送られてきました。まったく誉める言葉も、あきれた言葉もみつからず、ただただ信じられぬと頭を左右にふるだけでした。
 かくして頭をふりふり8月を完走です。9月もよい月にして行きましょう。

8:19.jpeg 中国は街なかの標語を見ると、いまなにが国家目標なのか一目瞭然となります。
 今回の旅で上海空港の至るところで見かけた標語は、「中国之夢」の続きで「一帯一路構想」に変わっていました。これは明らかに9月4日、5日に杭州市で開催されるG20サミットに合わせ上海空港に降り立つ外国要人向けの標語になっています。
 今回G20のテーマは「革新、活力、連動、寛容の世界経済の構築」となっています。そのためのプラットホームとして「一帯一路構想」と、中国主導による「AIIB」(アジアインフラ開発銀行)の推進としています。
 「一帯」とはユーラシア大陸を、中国西部から中央アジアさらに西アジアからドイツまでつながる「シルクロード経済ベルト」で、「一路」は中国東部から南シナ海、インド洋、アラビア海を経て地中海に至る海上交通ルートで「海上のシルクロード」と呼ばれているものです。
 南シナ海における自国の軍事覇権など素知らぬ顔で、経済減速による国内の大過剰在庫と失業のはけ口、かつBIIBを通し外国からの資金を集めて「一帯一路」とは、まったく手前勝手なご都合主義の構想です。この虫のよさ、さすが俺様は中華です。
20150511-00000006-wordleaf-13f54071f0dffd95610b3649f6c9f4a59.jpeg しかし、我々はここで2つの事に注意しなければと考えます。
一つはこうした構想を打ち出してくる中央高級幹部の優秀な頭脳と戦術は侮ることはできません。
それに構想の成敗は別として、国家百年計画を設定し着々と各地に拠点を築いていることです。彼らの言う「核心的利益」とは、この構想に沿っています。南シナ海や尖閣諸島における覇権もこの線上からみないと理解できません。
 これは大中華帝国の復興の見果てぬ夢であり、かつてユーラシア大陸を支配したジンギキスカンの再来の夢です。しかし、いま世界の国々を見わたし国家百年の計画をかかげている国が他にあるかと言えばありません。この構想は我々にとり警戒すべき現実です。
 私は次回10月は香港と台湾の出張となっていまして行けませんが、12月に西安の「一帯」を見てきたく考えています。

ディズニー上海

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IMG_3738.jpeg 上海ディズニーランドが6月にオープンしてから初の上海でした。
 まず気がついたことは空に青空が広がっていたことです。ディズニーの開幕にむけて120社以上の汚染企業が、上海から強制立ち退きされたといいます。こんな澄んだ上海をひさしく見たことがありません。この努力は評価すべきですが、この青空がいつまで続くのか、9月初旬に杭州で開催されるG20サミット向けなのか。「青空エール」は次回のお楽しみです。
 いつもですと午前10時頃になるとスモッグで空が霞むのですが、こうして青い空が広がり陽光が直接さしこめますと、上海の印象もまた変わってきます。
 今回は青空の街中を3時間ほど散歩しましたら、たぶん車の排煙だと思うが、2日目の散歩で喉をやられてしまい、いまだに咳が止まらず「龍角散」のお世話になってます。なるほどこの薬が中国人の爆買い商品の一つになってるはずです。見えない汚染にたいし飲水だけでは間に合わず迂闊な油断でした。
 街なかは不景気ためか小売店やブティック店の閉店が目立ち、私が利用していた2軒のレストランも看板がなくなっていました。しかし、経済の減速でかえって街が落ち着きを取り戻しつつあるようでした。
 飛行場のおみやげ店もパンダからミッキーに変わりつつあり、街中の賑わいは経済開放後に育った40歳以下の若者たちが主役になってきました。彼らはスマホ世代で行動様式が日本の若者と変わらなくなってきています。スマホでのアリババやバイド(百度)等のアプリ利用は日本を越えているのではないかとさえ思えるほどです。
 中国で上海だけが別格なのか、先導役なのかわかりませんが、こうして内部から変貌してきています。今のきしんだ制度がそう長く続くわけがないので、あと10年もすればいやでも俺様大国から普通の国へ変質してゆくと思う。我々はそれまで気を緩めることなくでんと構えてその時を待っていればいい。

象徴とは

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IMG_3681.jpeg 先のブログで「赤富士」と今上天皇の「譲位」を書いた勢いで、野島芳明著「鏡と剣」の中から、私の最も感動した降りを記しておきたく思います;
 「木下道雄氏(昭和天皇の当時の侍従次長)によれば、昭和6年(1931年)11月、昭和天皇は熊本での陸軍大演習をご統裁された。その帰途、お召艦『榛名』が鹿児島へお寄りになったときのことであった。お召艦『榛名』は夜になって鹿児島の錦江湾を出航した。沿岸の住民たちは、提灯をうちふり、篝火をたいてお見送りしていた。暗い闇を通して延々と続くその小さな灯の長い列が艦上からはるかに望見された。木下侍従次長は陛下がこの光景をどのようにご覧になっておられるかと甲板に出て見た。
 すると、陛下は身じろぎもしないで直立不動の姿勢で、はるかな闇に向かって挙手の礼をなさっておられた。身じろぎもしない直立不動の姿勢で闇に向かって挙手の礼で立ちつくされておられるお姿は、もはや帝王でなかった。(中略)
 『榛名』艦上で立ちつくして挙手の礼を続けられる陛下のお姿は沿岸で見送る人々には見えはしない。陛下のほうからも見送っている人々は見えはしない。けれども、目には見えなくとも、そこには陛下と国民との魂が一つに溶け合っているシンフォニーが美しく実在しているのである。見えようと見えまいと、陛下も国民もその真心に敬し、礼し、拝み合っているシンフォニーである。」
 日本文化の形態は、こうした見えないもの、見ることができない幽玄な世界を、象徴としてきました。
418QbcAX3rL._AC_US300_QL65_.jpeg「薩摩半島沿岸一帯、はるかに見ゆる奉送のともし火、盛んなるかな、山々には、かかり火、岸辺には、ちょうちんの群れ、延々と果てしなく果てしなくつづく。
  さらば陛下、いざさらば、
    おんすこやかに、おかえりませ。
  ありがとう、皆も、元気でね。
ああ、これこそ、ほんとうの日本の姿、と私は思った。」(海上、聖夜の讃)

赤富士

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8:18.jpeg 私の恩師・野島芳明は、敗戦時に特攻隊員として生き残り、そのまま富士湖畔で13年間も冬ごもり勉学されました。恩師は「富士が朝日を照らされ一瞬だけ赤く映える神秘さが私のすべての霊感(インスピレーション)の根源になっている」と話していました。そして、いまも霊峰富士のもとに安らかに眠っています。
 そんなこともあり、私はオフィスに2幅の赤富士の絵を掛けているのですが、これまで実際に見たことがありませんでした。
 8月17日の早朝、台風7号一過の澄みきった青空のなかに富士山が遠望できました。ホテルニューオータニの8階の部屋から眺めていましたら、じき朝日に照らされた赤富士を見ることができました。主に晩夏から初秋の早朝に見られるというこの瞬間を、スマホで撮るのでは惜い気がしたが、なんとも幸運なことでした。
 また、この2日前の出来事で友人からメールをもらいました。普段はきわめて冷静な友人なのですが、めずらしく熱いメールでした;
「武道館における戦没者追悼式に参列しましたが、退位のお気持ちを述べられた陛下がご退場されるときに、あの大きな会場から自然と大きな拍手が起きて鳴りやみませんでした。思わず涙腺が緩みましたが、先人の多くの苦労と賢明なる選択の結果が、今日の国のかたちを作っていることをあらためて感じました。あの湧き上がるような『自然な拍手』こそが民主主義の下における天皇の在り方を示していると信じてやみません」と、ありました。
 お盆明けの東京は素晴らしい滞在になりました。

リオリンピック

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260px-Flag_of_Brazil.svg.png リオリンピックを、アメリカで開会式と序盤の競技を観戦し、日本で中盤、中国で終盤と閉会式を見ました。
 旅行中はめったにテレビを見ないのですが、今回は時間があると朝と晩にテレビ見てしまい、効率のわるい出張になってしまった。
 中国の街中で飛行ドローン社の広告「別の視角から見る違った五輪」というフレーズを目にしたが、まさにそれを地で行きました。当然のことで、アメリカではアメリカ代表選手を中心に、日本では日本選手の活躍を中心に、中国では中国選手を中心にした放映でした。日本の選手の健闘が放映されないともの足りないが、違った視角からの五輪でした。
 そんな中でも決勝戦になると国家の枠を越えて生放送されます。日本の選手は、勝っても負けても涙、涙で、ほんとよく泣きます。またその涙をカメラがしつこく映し出します。感情表現が下手というより、高ぶる心を涙なしでは抑えられないのでしょう。海外から見ると異様に思えるのですが、日本人は実に涙が好きですね。でも、この涙は美しい心の発露でいいものです。こちらも心が洗われ目が潤みます。そう思えるのは私もまた日本人だからなのでしょう。それにしても子供のように純によく泣きます。それに選手と家族との固い絆のドキュメントは道徳教育に思えてきます。
 中国で陸上男子400メートルリレーの決勝を見た時には、日本選手の目を疑う快走に鳥肌が立ちました。さすがこれには中国のテレビも絶賛して何度も放映を繰り返しました。スポーツは国境を越えます。これがオリンピックなのでしょう。
 閉会式の後、台風9号の影響でフライトが大幅に遅れ、夜のニューヨークに降り立ちますと、心地よい初秋の風がやさしく迎えてくれました。「金」の風でした。
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ほおずき

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IMG_3516.jpeg 庭先のおおずき(鬼灯)が、お盆を教えてくれています。
 鬼火が赤くなるとみなリスに食べられてしまうが、これもご供養と思いそのままにしています。今日は残った2本だけ切りとり仏壇にそえました。
 日本ではこの夏「シンゴジラ」が大暴れしているようなので、助っ人に参上したい。これは映画館で見たいものです。

立秋「譲位」

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 8月8日(立秋)、今朝はいつもより早く起きて天皇陛下のお言葉を拝聴しました。
 「国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」と、すでにご心中で譲位を決めておられます。
 平成天皇が日本と、国民を思い、熟慮したうえの「譲位」のお気持ちを、私たちは厳粛に受けとめ、霊性に受けいれたい。
 これまで戦後体制の終息がいろいろと論議されてきましたが、結局は「譲位」この一言でした。
 瑞穂の国は伊勢神宮の式年遷宮のごとく、古代から新しい国へ引き継がれ、皇記は年号が代わっても永遠に今上天皇となります。
 この松の 実生せし代や 神の秋 (芭蕉)

サンバの五輪

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rio1608060019-p1.jpeg 昨晩は深夜までリオ・オリンピックの開会式を見ました。
 経済の低迷、ルセフ大統領の罷免運動で開会式欠場、治安の悪さ、施設の準備不足などで開催が危ぶまれ、前評判は散々でしたが、開けてみればなんとか様になっていました。
 五輪のテーマが「環境とサンバ」ということで、アマゾンの緑とサンバ・ジ・ホーダ(サンバの五輪)になっていました。セレモニーは国威をかけてよく準備されてましたし、聖火台のデザインは見事でした。
 1500年にポルトガルによってブラジルは植民地となり、南米大陸でここだけがポルトガル語です。ブラジルの原住民に加え、アフリカでポルトガルの植民地領だった、アンゴラ、コンゴ、ペニン、モザンピークから黒人奴隷を連れて来て「生めよ増やせよ」の植民政策をとりました。サンバとダンスはそんな雑草のなかからステップの決まりもなく即興的に生まれ、ブラジルの如くサンババラバラです。人はこれを「多文化の共生」ともよんでいます。
 ブラジルの日系移民は日本以外の地で130万人と一番多いことで、広島に原爆が投下された日本時間の8月6日午前8時15分にあたる時間帯に、地球の裏側から国旗をモチーフにした衣装の日系ダンサーが、希望と苦難を表現した時には目が潤みました。
 人類の祭典の醍醐味は205国の代表選手団の入場行進でした。各国の国旗、代表選手たちの高揚した顔、鍛え抜かれた姿を見るのはいいものです。ポルトガル、アンゴラ、コンゴ、モザンビーク、難民五輪選手団の入場の時にはひときわ大きな歓声で迎えていました。
 私の知らない国名や所在位置があり、今回とくに気がついたのは小さな島国からの参加がたさんあったことです。海に囲まれていると自然に独立国できあがるのでしょう。その意味では入場した、香港、台湾も島国で、ハワイは惜しいことをしました。沖縄はどうなるのだろう。
 いよいよ2020年の東京五輪が射程視野に入ってきました。新しい天皇と元号で迎えることになるのだろうか。

絶妙な政治力学

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8:2.jpeg 先の参議院選と都知事選は絶妙な政治力学でした。私が納得できる政治評論が見つかりませんでしたので、強いて私のコメントを書くことにしました。
 いま女神が安倍首相に微笑んでいる様です。参院選挙は勝ち過ぎもせず、傲慢になることなく緊張感を持たせ、かつ改憲に必要な衆参両院の3分の2を確保しました。そして時意を得た平成天皇の「生前譲位」の国民への問いかけです。
 都知事選では自民推薦の知事が連続不名誉な辞職で「2度あることは3度ある」のか「3度目の正直」なのか。党としては3度目のミスは許されないので、身体検査で安全な実務型候補者として増田氏を推薦し、劇場型の小池氏との分裂選挙にして、都民に選択を委ねました。いわば高等な二面戦術です。
 ただこの際に野党統一候補の鳥越が2位になれば、1年以内に小池氏が野党の攻勢でこけた時に鳥越が繰り上げ知事になるリスクがあるので自民党は1、2位を死守の保険をかけました。幸いなことに鳥越が予想通り自業自爆で、統一野党と一緒に集団自殺でした。民退党の岡田党首は無責任にも選挙の前日に沈みゆく泥船から敵前逃亡です。小池氏の選挙戦術の「緑」は、そのまま台湾民進党の「緑党=民進党」なのですから、なんという皮肉なことでしょう。
 小池氏の離党うかがいは谷垣幹事長がお預かりのまま入院してしまいお蔵入り。さらには犬猿の仲という小池氏と五輪組織委員会長の森喜朗氏との仲を修正するには、双方が安倍首相におもねざるを得ません。それにしてもパンドラの箱を開けたかのような21名の個性的な候補者、桜井、立花、赤坂諸氏等(私めはスマイル支持で立花シンパ^^;)、さすが東京でしてバラエティーに富んでいました。これほど絶妙な脚本は女神にしか描けません。

IMG_3213.jpeg        (チーリッヒ郊外で撮))
 最近の週末はスポーツ・バー兼レストランでお気に入りのマルガリーターを飲みながら食事をすることが多くなりました。
 店内に15台ほどテレビが置いてあり、それぞれ各種のメジャー・スポーツが放映されています。ふだんですと落ち着かないので見ないことにしていますが、昨日はマルチに見ました。
 テニスで錦織圭選手のマスターリーグのロジャースカップの決勝戦、ゴルフで松山英樹のUSオープン最終コース、野球ではイチローを、同時に放映していました。結果は錦織が惜しくも2位、松山はUS初の4位、イチローは代打で出場して凡打でした。国際舞台で活躍する日本の選手層はまだまだ薄いのですが、この同時放映はすごいことでした。
 錦織選手は表彰時に、これからリオ五輪に向かうとスピーチ。また、昨日は義姪から台湾で初の五輪テニス審判としてリオに向かうと連絡が入りました。日本代表の選手団もぞくぞくとリオ入り、安倍首相、小池新都知事も来られ、いよいよ5日から22日まで開催されます。ここのスポーツ・バーもにぎわうことと思う。週末にまた出かけてみたい。

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