本所深川

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IMG_5867.jpeg 司馬さんの案内で本所深川を散策しています。
 朝日新聞社刊行なのであまり気乗りでなかったが、司馬さんから、私が執筆を終えて脳閑期だから付き合ってもいいだろうと言うので、週末は本所深川を散歩することにしました。まぁ隅田川に向かって関東の連れ○ョ○ってところです。
 本郷界隈は明治時代の文学者の登場と坂が多かったが、本所深川は江戸時代の落語話しと橋が多く出てきます。川上から言問、吾妻、駒形、厩、蔵前、両国、新大橋、清洲、永代、桐生の十橋とよい名前が続きます。これらはスカイツリーから江戸と明治の橋が一望できます。ここにスカイツリーを建てたのは正解だった。次回に時間があれば相撲発揚の富岡八幡宮に参拝でもしたいものです。 
 本郷といい本所といいどちらも門前町に岡場所が多く、江戸と明治の治安よさと、国の安定はこんなところにあるかも知れない。岡場所の復活を考えてもいいかな、ともあれ一つの文化が滅び、前川のような新宿の貧困調査となっている。彼の心が貧困なのだ。
 江戸時代でも牢獄があるのだから罪人はいました。江戸の大火で伝馬町の牢が火にかこまれた時、牢奉行の石出帯刀は失態時の切腹を覚悟して囚人を解き放し「ただし、火がしずまれば下谷のれんけい寺に戻って来い」とおふれを出した。
 その結果、火がしずまると一人をのぞき数百人がすべて戻ってきた。帯刀は囚人たちの義を感じ、老中に命乞いしてすべての囚人を釈免したとのこと。逃げた一人は故郷に潜伏したが、村人の説得で後日に自首したが、帯刀はこの男だけは釈免しなかったという。
 司馬さんここで「文化は人をつくる」、本所には義侠がいくらでもいた。「型が文化である」と、久々に文化論を展開していました。
 そろそろ本所深川の散策を終ります。これから神田界隈に足が向くのですが、どうしようかと考えている。

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このページは、三休が2017年8月 5日 22:07に書いた記事です。

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