2012年2月アーカイブ

誓いの言葉

 「天風誦句集」の冒頭に「誓詞」という誦句があります。

  今日一日
  怒らず 怖れず 悲しまず、
  正直 深切 愉快に、
  力と 勇気と 信念とをもって
  自己の人生に対する責務を果たし、
  恒に平和と愛とを失わざる
  立派な人間として活きることを、
  自分自身の厳かな誓とする。

 この「誓いの言葉」は、天風会員が毎日の心得として最も大切にしている誦句です。朝の行修もこの誦句から始まります。
 本サイト第二部「風の巻」でも書きましたので重複になりますが、大切な誦句なので再度ここにも書くことにしました。
 「今日一日」から始まり、トントントン〜と三拍子調の歯切れのよい誦句で、わずか8行のなかに天風哲理の真髄が凝縮されています。

 誦句集は黒表紙の小冊に綴じられ、初版が昭和32年7月15日発行になっています。考案つくされて実に完成度の高い誦句集ですが、発行されてからすでに55年の年月が流れています。その後に改訂版もなく、金科玉条の如くに一言一句を替えずに来ています。これはいかがなものかと考えました。
 そこで私は怖れ多くも「怖れず」に、「力と勇気と信念とをもって」二つの補修を試みました。

「恒に平和と愛とを失わざる」を「常に調和と愛と誠を失わざる」としてみました。昭和32年当時は戦後体制が色濃く残っており、「平和」が絶対の世の中でしたから、その時代の風潮を受けて「平和と愛」にしたことは理解できますが、「平和」の語彙は使い古されてしまっています。本来ですとここは天風先生がよく教示した、宇宙霊の心である「真善美」にしたら、誦句のリズムからしてより適切ではないかなと考えました。
 
調和とは美であり、愛は善であり、誠は真であり、「怒らず、怖れず、悲します」、「正直、深切、愉快に」、「力と、勇気と、信念と」、3、3、3ときた流れを受けて、「調和と、愛と、誠を失わざる」とすることで、天風風に颯爽と歯切れよくトントントン〜と三拍子になりまして、よりすっきりしてきます。
 また、「立派な人間として」は、人間なにをもって立派で、なにが立派でないのかが曖昧ですので、ここは天風先生が希求した真の人生を活きる「真人=リアリスト」にしてみました。

 「誓いの言葉」
  今日一日

  怒らず 怖れず 悲しまず、
  正直 親切 愉快に
  力と 勇気と 信念とをもって
  自己の 人生に対する 責務をはたし
  常に 誠と 愛と 調和を 失わざる
  立派な 真人として 活きることを
  自分自身の 厳かな 誓いとする。

 今日一日を「怒らず、怖れず、悲しまず」、「正直、親切、愉快」に過ごし、何事に対しても「力と、勇気と、信念」をもって、自己の人生に対して責務を果たし、常に宇宙霊の心である「誠と愛と調和」を本位として活き、立派な真人として活きることを、自分自身に誓いとするというものです。自分との誓いは天との約束となります。
 三勿三行(さんこつさんぎょう)とは、「怒らず、怖れず、悲しまず」の消極的なマイナス感情の代表格で、私たちの生命エネルギーを減退させるものだから、三つの勿れとしています。
 三行とは、毎日の生活のなかで三つの実行すべき事として、できるかぎり「正直、親切、愉快」に行動すれば、感情も明朗化して楽しいものになります。
 「三勿三行」は、心を積極化させる最も有効な方法となります。

天風箴言に、「人生は現在只今を尊く活きることである。それには理屈なしに、三勿三行を専念厳守するべきである」と断言しています。今日一日を、このように心掛けて活きたいものです。

 しかし、今日一日の生活のなかで、いざ実行の段になりますと、なかなか誓いの言葉通りに行きません。すぐ実行できるくらいでしたら毎日誦句する必要もありません。実際には誦句を厳かに誓ったそばから、怒ったり、怖れたり、悲しんだりしている自分の未熟さを思い知らされています。それでも「三勿三行」を心掛けていることで、感情を多少なりともコントロールすることができ、激情する前にブレーキがかかります。ですからこの誦句を心掛けている人と知らない人とでは、感情の起伏に大きな違いが生じてきます。
 天風先生にしても、ある講演会場の雰囲気に立腹して、壇上から降りて控え室に向かったことがあるそうです。控え室へ戻る途中に西部地区の井上元副会長(当時)が、大きな声で「今日一日、怒らず、怖れず、悲します」と誦句しますと、天風先生の足がぴたっと止り、身を翻して壇上に戻られたとのことです。なんかほっとするエピソードです。