2013年5月アーカイブ

伊達静様を偲ぶ

IMG_0786.jpeg 4月のエッセー「双輪の印」で、ヒマラヤ山麓ゴーグ村の旅を記しましたら、京都支部の一天風会員であった伊達静様が偲ばれてきました。
 伊達様は1952年(昭27年)3月、48歳の時に京都で天風先生の講義を拝聴して入会されました。
 入会の情況を、「会場へ参りましてまず驚きましたことは、皆様輝くような美しい方ばかりで、百年以上もたった古い家に、ごく地味に暮らしております私は、別の世界のような戸惑いを感じました。そこへ颯爽たる天風先生のお出まし。今までに聞いたこともないような尊いお話しに、ただただ感動いたしました。それからというもの、天風会に魅せられまして、講習会、修練会には必ず参加させていただきました。」と、書いておられます。この時代の入会には珍しく、不運や健康の理由でなく天風哲理から入られていました。
 私がお会いしたのは、1986年の西部地区夏期修練会に初参加した時でした。伊達様は80歳になられていまして、修練会の裏方のお仕事を手伝っていました。この時は古参の大先輩ということもあり挨拶だけでしたが、私がアメリカから参加したことをたいへんに喜んでくださった姿が印象として残っています。
 その後は全くご無沙汰でしたが、3年後に伊達様から委託されたとして天風会事務局から「成功の実現」天風述を、アメリカにお贈りくださいました。海外にいてもしっかり精進しなさいよというメッセージなのでしょうが、伊達様のお気づかいに感謝しました。それ以来、私は年末になると欄の花をお贈りし、年賀のご挨拶を送ることにしていました。
 1991年3月、私がゴーグ村から帰りまして「志るべ」誌に旅の報告をしますと、まもなくして伊達様から細長い小包が届きました。開けてみますと天風先生の見事な円のお軸でした。伊達様にとりましても貴重な家宝と思うのですが、よくぞ私にくださいまして、有り難さと同時に身が引き締まる思いでした。お軸はオフィスの部屋の机の真向かいに掛けて毎日ながめています。伊達様からのご褒美だったと思いますが、これほど私を励ましてくれる宝もありません。
 88歳米寿を迎えられてからは、年末に欄の花をお贈りする度に、伊達様から京のお菓子や民芸品が届きました。
 93歳のお手紙に「天風先生のお歳を越してしまい申し訳なく思って居ります」とあり、94歳の折りに、「もうすぐ95歳になりますが、おかげ様で天風会には毎月かかさず行って居ります」とあり、2月のお誕生日にお贈りした花を見て、「綺麗な花を見ると一日うきうきうれしい気分です」と記してまして、お歳の割になんと柔軟な心なのかと感心しました。
 97歳11月に、アメリカ人の友人を連れて京都上京区堀川のご自宅に訪問し17年ぶりの再会となりました。百数十年という格式の高い古いお家の格子戸をくぐると、中庭のもみじが見事に紅葉していました。時節がら寒いのではないかと思うのですが、単衣の着物で居間に座られて、その横に伊達悦子さん座られ、中庭が見えるように雨戸を全開にして紅葉を観賞しながらお話しをしました。この肌寒さに単衣とは、さすが天風会員だと感心すると同時に、プロテニスのクルム伊達さんも、この大叔母さんの強い遺伝子を受け継いでいるのかなと、ぼんやり連想してしまいました。
 居間に天風先生のお軸、「得一日過一日」と「千里好風一夜の月」が並んで掛けてあり、私にどちらかのお軸を選んでとのことでした。私が円のお軸をいただいてますので遠慮しますと、せっかく用意したのですからどうぞとのことでした。私は「得一日過一日(一日を得て一日を生きる)」をいただき、このお軸をベットの右脇に掛け、毎朝これを読んでから一日を始めています。
 2005年99歳、2回目ヒマラヤの旅の隊員を募集した時、伊達様は若い会員に参加の機会を与えたいと、京都支部の3名に奨学金を与えてゴーグ村へ送り出しています。
 翌年、百歳を迎えられたので、お祝い電話を差し上げ「百歳おめでとうございます」と言いますと、伊達様は少し困惑したように、「ぁまだ98歳ですが、、」と返してきました。私は言葉に窮し、「あそうでしたか、お誕生日おめでとうございます」と、口ごもってしまいました。これが伊達様との最後の会話でした。
 102歳で永眠なされました。この年のお花は御仏前になってしまいました。
 常に天風先生を想い、大宇宙よりも大きな心の持ち主でした。京都支部編集「あの日あの時」の寄せ書きに、伊達様らしいこんな可愛いお言葉を残されています;

 「講習会で宇宙のお話がございました。広大無辺の大宇宙、何万光年のお話等、楽しく聞かせていただきました。先生は『さて、宇宙が無限に大きいなあと思う人間の心は、その宇宙よりももっと大きいではないか』と仰せられました。ああそうかと痛く感激し、家の者はもちろんのこと、誰彼を構わずに言いたくて、言いまくっておりました昔のことを思い出し、感慨無量の思いでございます。」       合掌