2013年6月アーカイブ

クンバハカ一番

TP35.jpg  久しぶりに経営コンサルタント編集の天風関連の著書を取り寄せて読んでみました。書かれている内容は立派なのですが、どうも腑に落ちないものが残ってしまい、これって何故だろうと、2日、3日考えていました。そしてフト気がついたことがあり、読み返しますとクンバハカに関する記述が全く欠落していました。
 これってクンバハカがあまりに当たり前過ぎて、今さら書く必要がないと省略したのか、それともクンバカハの重要性を知らずに軽視したのかわかりませんが、推察するにどうやら後者のようでした。
 そこで本棚から数冊の関連書籍を取り出して目次と項目を見まして面白いことがわかりました。天風哲理を「行入」の実践から入いられた方の本は、クンバハカ法の解説に十分なスペースを割いて書かれていまして、「理入」から入った人の本は、クンバハカに関して他の実践項目と同列にして、おさわり程度に書かれていたことでした。中でも自己啓発の「成功の哲学」として書かれた経営コンサルタントの著書にその傾向が顕著でした。「行入」でも「理入」でも研鑽しないよりましですから人それぞれでどちらでも構いませんが興味深い発見でした。

 私が1986年に初めて西部地区の夏期修練会に参加させてもらった時、先ず驚いた事は修練会場の玄関口、下駄箱、敷居の上がり口、階段の昇り口と最上段にと、至る所に「クンバハカ」と書かれた紙が貼られていたことでした。お陰様で初心からクンバハカの使い所と重要さを体で覚えさせてもらいましたのは大きな収穫でした。
 これは余談になりますが、
東郷平八郎元帥もクンバハカを習得するまで玄関から便所の壁にまで「クンバハカ」と書いた紙を貼らせて練習したといいます。元帥は日本海海戦の時、司令塔から出て甲板に立ち敵の旗艦が沈没するのを見ようと双眼鏡かけた時、敵艦の撃った砲弾が司令塔の脇に当たって炸裂し、すごい爆音にはっとして瞬時に後を振り向いてしまい、数秒後に海上の見た時には敵の旗艦はすでに沈没し歴史的瞬間を見極めなかったため報告書に一部終始を見たと書けなかった。もしあの時にクンバハカを知っていたら敵の旗艦の沈没を一部終始見られたのに」と、後々まで残念がっていたとのことでした。
 そんなことで私は天風哲理には先ず「クンバハカ一番」と考えています。もっと過激な言い方をしますと、クンバハカなしに天風哲理は成り立たないと考えています。クンバハカは天風哲理の礎になるもので、それを土台して心身統一が構築されていると理解しています。
 もちろん哲理も大切なのですが、クンバハカを実行しないままで、積極一貫、観念要素の更改、感謝本位を実践しても、その効果に限界があると思います。何もない平穏な時にはそれでも通用しますが、何かあるのが人生で、いざ鎌倉の時に理論は
付け焼刃のようにもろくあまり役に立たぬものです。哲理を支える土台ができていないから「神経反射の調節」をコントロールできないがためです。
 
クンバハカは天風哲理を実践する際の基本姿勢でして、古参の天風会員を見ますと共通している事は、背筋を伸ばし、親指を中にして軽く握りしめ隙のない姿勢になっています。その体勢をうまく説明できませんので上に写真を載せておきました。 
 ですから私は本サイト「天風オンライン」と、著書「心を建て直す」の天風五輪書の中で、冒頭の「地の巻」に、三分之一を割いてクンバカ法の解説から入りました。


 つい先日の事、太極拳の師範をしている人と会った時、単刀直入に「天風五輪書の中核はなんですか」と質問されました。私が「クンバハカです」と答えますと、彼は「やはりそうですか。私の太極拳もクンバハカをしていますが、いまひとつ徹底しないので意識的に行うように指導しています」と言ってました。

 尚、蛇足ですが、天風先生は恋人とデイトの時にはクンバハカを勧めていません。折角のデイトが「愛も感動もへちまもなくなってしまう」からです。ったく粋なお方です。

 以上、初心に還り「論よりクンバハカ」の大切さを書いてみました。