2014年10月アーカイブ

天風誦句集

25db3e_7f1f65bdad6a4d9e86aded9bb9abad96.jpg_srz_p_112_166_75_22_0.50_1.20_0.jpg 私と天風哲理との出逢いは「天風誦句集」の小册子でした。
 1985年(昭和60年)9月23日秋分、私の人生を決定つける日になりましたのでよく憶えています。私なりにこの「誦句集」をすぐにも受け入れるだけの下地があったわけですが、それにしてもその時の衝撃ときたら「これはすごいぞ!これだ!」と度肝を抜かれました。私の資質によく合いまして、私の人生においてもうこれ以上のものに出逢う事はないだろうと直感しました。
 私の不勉強でこの「誦句集」に出逢うまでは、積極思考や自己啓発本は西洋産まれで、アメリカがその先進国とばかりに思っていました。しかし、キリスト教を基盤にした西洋精神史の流れを汲むこうした積極思考や自己啓発本に、なんとなくバター臭さを感じてしまい、いまひとつ馴染めないものを感じていました。それがなんと日本人によって70年前に創意され、実践されていた事実に愕然とし、また驚喜しました。
 この「誦句集」の出逢って以来、お守りの如く常に携帯し機会あるごとに心誦黙唱しています。私のいま手持ちの「誦句集」は、天風先生が81歳時、昭和32年7月15日初版で、昭和61年8月1日印刷発行となっています。かれこれ30年になりますので、その後に改訂版が発行されているのか知りませんので、新たに購入したく思っています。
 改訂版を希望しますのは、文体が古くなってきていますので、若い新規参入者向けにも、「運命を拓く」(天風瞑想録)講談社版に納めてあります誦句の文体くらいに改訂なされてもよいかと考えます。
 さらに重要なことは、「大喝の辞」、「統一箴言」や「坐右箴言」等にみられますように、「宇宙霊」を「神仏」や「神」としたりして明確に断言していないことです。「天風瞑想録」では「宇宙霊」で統一されていますのに「誦句集」では「神仏」や「神」となったりしています。
 なぜ敢えてそのように曖昧にしたのかわかりませんが、一般向けに「宇宙霊」とするにはまだ時期早々だったからなのか、或は初心入門者には「宇宙霊」=「神仏」との説明が必要と考慮したのかと推察しています。しかし、今では「宇宙霊」という語彙を一般でも抵抗無く受け入れる状況になっています。
私自身は「宇宙霊」に統一して心読黙唱していますので気になりませんが、やはりこの補充は不要と思いますので、改訂なされることを希望しています。