2016年4月アーカイブ

神人冥合

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IMG_2471.jpeg 「神人冥合」の教義は、昭和42年4月(1967年)護国寺月光殿で収録されました。天風師91歳の時でしたから後世に遺すことを考慮した教義になっています。
 演題は「真理行修誦句集」にあります瞑想篇「神人冥合への誦句」を主題にしています。杉山元天風会会長がよく「さぁここまでくると天風哲理もいよいよ大学院コースだ」と言われたように、安定打坐法の総仕上げ教義の収録です。特に「神人冥合」CD、トラック13、14にある安定打坐法の指導は不滅の収録です。生の講義をそのままに録音したためにトラック14の終りの部分に、隣接する日大豊山高校応援部が練習する太鼓の音がタンタンタンと響いてきますが、これもご愛嬌で慣れるといいもので気にならなくなり、ブザー音と同時に消えるのでかえって静寂を深めます。坐禅やヨーガが長い時間をかけて達する三昧の境涯を、天風式打坐で瞬時に到達せしめる方法を、わずか1〜2分で教示するのですから超度級に優れた教義です。
 私の朝の行修は「神人冥合」のトラック13、14の安定打坐法を約8分間を聞きながら、養動法で調心、調息、調身し打坐に入って行きます。その後で山田務名先生の「安定打坐」テープを、20分間ほど聞きながら打坐を行い、それと平行して一人マッサージ、真っ向法、ドローイング、フロントブリッジ、横ひねり大華輪、スクワットをやっています。
 後半の20分間は「朝の朝礼」のテープに合わせ、天風師直声による「甦りの誦句」を唱え、会員に合わせて「我らの誓い」、天風師指導の「ブラナヤマの誦句」で深呼吸をしています。ついで、杉山先生指導の「呼吸操錬」、「統一式体操」、「積極体操」を実践した後、再び「神人冥合」トラック13、14の指導で打坐をして行修を締めています。天風師が言われた「私が死んだ後にも、波動は残る」という、波動による指導を受けています。
 しかし、私は粗忽者で「神人冥合」という4つの漢字が成語として脳味噌にピタリと貼り付いてしまい、神とは「宇宙の根本主体、永遠の生命を有する造物主の宇宙霊」を指すことを、教義のなかで繰り返し説示しているのにもかかわらず、長いこと「神」が頭から離れず宗教的打坐にとらわれていました。
 本来のステップは「有我一念」から「無念無想」の無声の境地に入ることで「神人冥合」「宇宙霊と一体」になるのを、「有我一念」から「無念無想」を飛び越え、いきなり神を求めて「神人迷合」してきました。目的と手段を履き違えた本末転倒でした。
 さらに正直に話しますと、天風師があまりにも偉大なものですから、それに圧倒されてしまい「神人冥合」の「宇宙霊と一体なり」が、「天風と一体なり」と一緒くたんになっていました。そして今頃になって打坐をするのに宗教的な神や天風師のお世話にならなくも、「有我一念」からひたすら「無念無想」に入り、心を空にするだけでよいことにやっと気がついたわけです。私も「天風と一体なり」から「宇宙霊と一体なり」になってきました。私も師の云う「俺は月を見よと指差して教えた。指を見ないで月をみよ。俺が指さそうと、誰が指さそうとも、ささるる月にかわりはない」。私も今頃になって師の指先を越えた真理の月が見えるようになってきたようです。
 ですから私のような粗忽者に対応し、「神人冥合」のサブタイトルに「無念無想から宇宙霊と一体へ」と書き加えくだされば「神人迷合」の遠回りをせずにすんだと思う次第です。ともあれ初心者にとり「神人冥合」CDは貴重な収録ですし、熟練者には天風師の生の声を聴きながら、初心に還り安定打坐のおさらいとしてお薦めしたいものです。