10. 天風講話

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(卒寿の天風哲人)

    俺が仮にこれから10年、20年生きてみたところで、過ぎたその時
    になってみれば、今と同じことだと思う。人間の寿命は望んだからと
    言って得られるものでもない。俺は俺の教えを一生懸命に教えてきた。
    俺もその教えどおり怠らずやってきた。そして今度の病になってから、
    人の心の強さが人生にとっていかに大切であるかを一層よく知った。
    今は俺の教えが正しく世の中に伝えられることを望んでいる。
                               (天風)


  自己認証
               中村天風92歳、この歳に帰霊
               (昭和43年、天風会50周年記念講演)
 

 そもそも人間にとって完全に生き甲斐を感じる、尊い命を創り上げるためには、何をおいても我々の心を常に積極的にすることが必要だということは、もうしばしば聴かされたね。そうなるのには何よりも先決的に必要なものがあるんです。
 心を積極的にするのに、一番先に必要なものは何だろう、これが第一に悟れないというと、、何時も心を積極的に持て、あ〜そうか、積極的とは、尊さを失わず、強さを失わず、正しさを失わず、清らかさを失わない心だ、ということがわかっていても、わかっただけで実行ができない。
 つまり、何時もいう通り、準備が完全に施されていないで、物事の結果がよくできようがないのと同じだ。
 そこで、ではいったいその心を積極化するのに一番必要なものは何だろうというと、おそらく諸君は今まで聞いたことない、つまり「自己認証」を、正確にすることなんだ。
 この自己認証ということが正確にならないかぎりは、何時までたっても積極的という言葉がわかり、そうしなければならないということがわかっていても、なかなかそうなれないんだ。
 よく修練会をしないで講習会だけに来た人なんかは、聞いた時は非常に今までとは違った新しい自覚に甦っているように感じるけれども、そういう人が何かの拍子で体を悪くしたり、あるいは運命のよくない目に出くわすと、すぐに心にぐらっきが来るのは結局はこの先決問題、これから聞こうとする自己認証というものが、完全に出来ていないからである。
 自己認証を正確にせよとは、どういうことかと言うと、もっと詳しくいうとね、万物の霊長たる人間の本当の値打ちというものを、正しく認識することです。それはどういう認識をしなければいけないかというと、何よりも必要なんだが、我々の命の中に生まれながらに与えられている力というものを、正しく自覚して自分にもこうして活きている以上は、当然その力が与えられていることを、断然はっきりと認識することなんだ。
 それから誤解しないように、これは自己評価ではありませんよ。自己評価というものは自惚れがまざる。自惚れを抜きにした自己認識というものは、本当の自分の生命の消息を自覚することなんだ。
 いったい現代の文化人の多くは、あなた方もその仲間に入っているんだよ。命の中に与えられた力というものに対する自覚を、正確にもたれている人は極めて少ないのであります。なんとなく「自分の生命が劣っている」と思ったり、また何をする場合にも「自分にはそれができるかしら」という風に考えたり、商売をするんだって、健康上の問題に関してだって、何でも本当に断固として自分自身が安心のできる心や態度を持っていない人が、いかにこの世の中には多いだろう。
 人事でははない。ご自分自身を考えてごらんなさい。自分という者をたいていの人間が、現代の文化民族が自分という者をむしろ無力者のように思っている人が多い。
 何をしてもうまく上手にできないような気がしたり、「どうも俺にはあの手のことが苦手だ」とか、「この事に俺はどうも弱い」とかいうような事を、平気で言う人がいるのだけれども、人間はどこまでも完全に活きられるようにできていればこそ万物の霊長なんだ。しかも、こうした考えが現在の文化民族に多いわけはだ、ここをよく聞かないとだめだよ。人間を考える時の考え方が、あまりにも肉体的に感覚的な方面から考えるからなんだ。
 これは「我とは何ぞや」の講演を聴いた人は、いま私が言った言葉でハッと思い当たるだろう。たいていの人は自分すなわち私という者を、この現象界の物質的な存在である肉体を、自分だと思っているね。肉体を自分だと思っている人は、感覚的に自分を考えている。人間を感覚的にただ肉体だけの存在だという風に考えるとね、肉体に存在する力には限界があるのですよ。限界があるからどうしても何かの時に心細くなっちまうんだ。人間をどうしても力弱い者であるかのように思い違いしてしまうのであります。
 が、しかしよく考えてごらん。限りある力しか無い肉体を、自分だと思うかい。何時も講習会の度に言っておることだが、人間を考える場合に肉体方面から科学的に考えてはいけない。人間を考える時には、生命の本質にその考える焦点を置いて考えろと言ってあるね。
 ちょうど今の人間はだね、回っている扇風機を見て、扇風機がなにか固有の命を持って回っているような間違った考え方を持っているのである。扇風機という物は、どんなに立派に造られたものでも電流を通さない限り回らないだろう。人間もその通り、立派な身体を持っていてもね、力と勇気がその体の中に働き出さない限りは、人間という者は形があるだけで人形と同じことで、ものも言わなきゃ、手も足も動かさないだろう。それを悟らないで肉体的な方面から感覚的に人間を考えると、どうしてもその肉体のもっている力に限度があるから、自分自身を弱い者に考えてしまうのだ。
 ところが人間は本質的に考えると、非常に力強い者だということを自然に悟れる。いいかい、人の生命は根源的にいえば、宇宙生命の持つ宇宙エネルギーによって創られたものですね。これはどんなわからず屋でも否定しないでしょう。そして一つ一つの生命、あなた方はこの宇宙エネルギーの分派である霊魂という見えない一つの気体でこうやって生かされている。
 活きているからこそ、あなた方はそれに気ずかないけれども、生きているというのは霊魂の力なんだぜ。霊魂というと仏教じみてくるけど一つの気体だ。だからこの見えない一つの気体が持っているエネルギーの分量は、さっきも言った通り宇宙エネルギーの分派を受けているんだから、一切の生きとせ活きる生物を陵駕している。だから人間は万物の霊長といわれるのである。
 で、口では誰もが万物の霊長なんて言うけれど、こういう点が万物の霊長だということをはっきり知っている人は、今の世の中に極めて少ないんです。だから自分自身を考える考え方を、断然換えなくてはいけないのである。
 俺という人間は、今まで考えたような弱い者じゃないんだと、万物の霊長として宇宙エネルギーの分派を、一切の生物をしのいでたくさん与えられている。その生命によって生かされているんだと、こう考えりゃいいんだ。
 特に知らねばならないことは、自己認証の程度で、その人の人生が良くも悪くも決定されてしまうと言う重大なことです。これが大事なんですよ。いったいそれはどういうことかというとね、たいていの人はこの点が無自覚なんだ。その理由を極めてやさしくかいつまんで話そう。
 理由はだな、心で行う思考の状態だ。思ったり、考えたりする思考の状態によって、その人の人生が創られるという、絶対的な真理がこの宇宙の中に厳として実在しているからなんです。
 どうです、今までに考えたことがあるかい。やさしく言うが、心で思ったり考えたりする、思い方、考え方によって、刹那、人生が良くも悪くも創られるという、侵すべからざる宇宙真理がこの世の中にあるということを、まず第一に知らなければいけない。
 我々がいま言ったような自己認証を、正確に仕上げて、つまり、自分の生命の本質の絶大なる力を、断然確認する自己認証を、心に堅く持たなければ駄目なんだよ。
 なんとはなしに「あ〜駄目だ」とか「や〜いけない」とか考えては駄目なんだ。わかりやすく言えば、今も簡単に言った通り、人間の生命は宇宙エネルギーの分派を、一番分量多く受けている。言い換えると「力の結晶」だという風に、自分の人生を考えるように。それが本当の考え方なんだもの。今までの考え方に大変な間違いがあったことを考えなきゃ〜いけない。
 今日から、たった今から、自分という者は、力の結晶というように、これを正しく自己認証する。そして、この人生に存在する尊い事実と真理を、どんな場合があっても自分の心から離さないことにする。
 そうすると尊い力が充分に我が命の中に、敢えて努力をしなくても受け入れることになるのだから。そうなりゃ〜もう、健康も運命も完全で、その上、万人が望んでもなかなか得難い長生きということも、極めて簡単にできる幸せな人間になれるのだから。
 だから、悟りというものは、結局こういうちょっと人の気がつかないという点にあるということがわかったならば、この悟りを本当に自分の現実のものとして価値高く生きることに、心を入れ換えなければいけない。
 さぁ、今日の真理瞑想は、要するに「自己認証の引き上げを正しく」と、いうことを忘れてはいかんぞ。

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