09. 識の巻

09-1.jpeg                    (富士山から遠望した日の出)
 識の巻

 「識の巻」は天風哲理の応用編になっています。
 先ずは天風哲人の
真意のために書かねばなりませんが、天風哲理は第二義的な「成功の法則」や「成功の実現」の道を説示しているわけではありません。心の積極化を指導し、心が積極的になれば、その結果として成功や幸福は後からついてくるものとしています。
 天風教義は私たちが「宇宙霊と一体」になり、心を「積極一貫」にすることで、人生をより価値高く、より尊く、より楽しく、有意義に過ごせるよう教示しています。一人でも多くの人が、世のため、人のために、役にたつ立派な真人(リアリスト)に成ることを願い、師の後半生すべてをそれに捧げています。

 ですから「識の巻」にこれから書いてゆきます「夢工房」や「成功の法則」は、天風哲理の本筋を逸脱していまして、むしろジョセフ・マーフィーの「成功の法則」に近い理論になっています。
 先ずその事をおことわりしてから「識の巻」を、ひも解くことにします。


 <天命と宿命>

 これまでみてきたように、私たちは大宇宙の根源エネルギーから生まれてきました。ですから私たちは宇宙大生命の分流となります。銀行の本店と支店の関係のように「我が小生命は宇宙の大生命とつながっている」となります。
 私たちの生命の中に宇宙エネルギーが与えられているわけですから、そのエネルギーと結合させて、自分のもつ潜在能力を引き出して自己の運命を変えることができます。運命を変えるなど不可能に思われますが、断然可能なのです。
 運命には「天命と宿命」とがあり、変えられるものと変えられないものがあります。変えられない運命は「天命」です。天命は絶対的なもので、この世に、この時、ここに生まれてきたのは天命、男として生まれてきたのも天命なら、女に生まれてきたのも天命です。人間の力ではいかんとすることができません。
 しかし、運命には変えられない天命だけでなく「宿命」は変えることが可能です。多くの人はこちらの宿命の方で、苦しんだり、悩んだりしていますが、宿命は変えられるもの、避けられるものであり、絶対的でなく相対的です。
 宿命の本質を知らない人は、人生に何か不運なことが起きると、ある程度までは運命を変えようと努力しますが、変える方法を知りませんから、「これは運命だ」、「私はいつも運が悪い」と、思い込んで初めから諦めてしまっています。
 こういう人は宿命に対する無自覚からいつも不運や不健康という運命を自分から招きよせています。本来ならば喜びと光に満ちた人生を活きられるのに、わざわざ苦しい暗い方面だけを引き受けて、いつも虚弱なビクビクした取り越し苦労の状態で価値なく生きてしまっています。
 人生を健康で幸福に過ごしたい人は「宿命を統制し天命に安住する」ことです。人間の生命は宇宙大生命と一体であるという信念さえ失わずに生きてゆけば、とりもなおさずその人は強い心の世界に生き、宇宙霊の存在を認識できるようになります。想像力には宿命を変えることのできる創造力があります。心のなかに積極的な想像図を描がけるならば人生も有意義になってきます。

 それには先ず願望した事柄をイメージし、具体的な設計図を想い描いて潜在意識に送り込みます。
 次に願望がすでに完成した姿を想像し、はっきりと視覚化できればやがて実現化してきます。
 これは心理学からみまして、神秘でも不思議でもなく理論的に説明がゆくものです。宇宙の大生命から人間の生命に与えられた恵みです。
 さらには自分の心に描いた念願を、心のなかで想像するだけでなく、すでにそれが成就して喜んでいる姿をありありと想い描くことです。
 「成りたいなあ〜」と想うより、すでに「成った」と、喜んでいる姿を描いた方が、より具体的な効果がでてきます。「成りたいな〜」と「成った」は、わずかな違いのようですが、実は大きな違いになります。
 それには心にはっきりと願望を視覚化することと平行させ、鏡と自己暗示法を用いて、願望を絶え間なく反復することにより効果的になります。
 鏡の前に立ち映し出された自分の眉間に向い自己暗示をかけ、想像力を働かせ、すでにその念願が成就した状態を心の中に想い描くことです。そうしますとだんだん信念が煥発されてきて不思議というよりか奇跡となって実現化してきます。
 「すべてのものは二度創られる」という原則でして、想像が創造を促します。まさに想像力は創造力です。


 <心の態度>

 宇宙エネルギーは「生成と消滅」の働きをする二極の法則があることはすでに述べてきました。
 宇宙の法則には、生成の結合と建設の働きをするプラスの力と、消滅の分解と還元の働きをするマイナスの力の二極があります。この生成と消滅の働きが、現象界を支配し新しい分子を結合させて「生」の建設の活動し、古くなると元の分子に還元する「滅」の働きをしています。
 宇宙のエネルギーは、積極のプラスの気と消極のマイナス気が、無秩序に入り混じった状態で遍満存在しています。そして常に心の態度に従って極めて微妙に応酬し、心の思い方、考え方に同化結合するようにできています。
 「あの人は健康だ」、「あの人は運がよい」というのは、プラスの宇宙エネルギーをたくさん受け入れた結果によります。私たちの心の態度がプラスの思考なら結合と建設が働き、マイナスの思考なら分解と還元の働くということです。
 仏教でいう「善因善果、悪因悪果」でして、心が善を思えば善が来て、悪を思えば悪が来る。弱く思えば弱くなり、強く思えば強くなります。もっと直接的に言いますと、この仕事は失敗するなと思えば失敗するし、うまく行くと信念すればうまく行くということです。野球で三振すると思いながらバッターボックス入ってホームランは打てません。小さな家を想像していて大きな家は建ちません。「蟹は甲羅に合わせて穴を掘る」ように、自分の想像を気高いものにしないと、結局は自分の心のスケール以上の人生は創れないということです。
 私たちの人生は、私たちが自分の人生をどう考えたかとなります。自分の心の思い方、考え方が今の自分です。想像力は魔力のような力をもっていてその人の人生を創りもしまた壊しもします。ですから心の態度が極めて大切になります。
 運命も、健康も、心一つのおきどころで、心がプラスに働くとプラスに、マイナスに働くとマイナスの現象が現れてきます。心の思い方、考え方が、その人の人生を、良くもしまた悪くもします。つまり「人生は心一つのおきどころ」、「心で行う思考は人生を創る」となります。
 蒔かぬ種は生えず、蒔いた通りに花が咲きます。因縁なくして発生するものでありません。原因あっての結果でして、「実を見てその樹を知る」(聖書)というわけです。
 このように想像力の大切さがわかりましたら、今から運命に対しても、健康に対しても、断然これまでのような価値のないことを想像しないことです。病をもっている人はすでに治った姿を心に想い描き、運命の悪い人は運命がすでによくなった状態を心に描くようにすることです。運命や病がよくなってから想い描くのでなく、その念願がまだ実現していないのにかかわらず、「よくなった。ありがとうございます」と、感謝をもって念願を先取りしてしまうことです。


 <夢工房>

 大自然の創造物以外この世に存在する全ては人間の想像から産みだされたものです。
 「馬よりも速く、遠くへ生きたい」と夢みた人が車を創り、「鳥のように空高く飛びたい」という想いが飛行機を創りました。ああなったらいいな〜、こうなったらいいな〜、という想像から産み出されてきたわけです。初めに夢ありきでして、心なくして万物あらんやで、「すべてのものは二度創られる」です。
 想像力は人間だけにしか与えていない特権ですから、人間らしく生きろということは、人間らしく想像しろということです。たとえばチューリップの花を咲かせようとする時に、百合の球根を植える人はいません。チューリップの花を植える時には誰もがチューリップの花をイメージして種を植えています。チューリップだか百合だかわからないけどまぁとりあえず植えてみろと言う人はいません。
 農家の人がナスを作ろうとする時に、キュウリの種を植える人はいません。ナスの収穫を想像して植えています。ナスの種を植えてキュウリがなるかも知れないが、まぁとりあえず植えてみようという人はいません。もしそういう人がいましたら、それこそ「おたんこナス」です。
 多くの人はこの真実を当り前の事と考えていますが、実はこの当り前のなかに自分の願望を実現させる要諦が潜んでいます。
 私がいま住んでいる街に、発明王トーマス・エジソンが、中学を終えて初めて働いた工房と世界で初めて電球が灯った教会があります。あの落ちこぼれのエジソンにしても、何の夢もなくただ漠然と千回以上の実験と失敗を繰り返していたわけでありません。エジソンはこの教会に世界で初の電灯が灯ることを明確にイメージしていました。教会の天井に電灯が灯るのを視覚化して実験を繰り返したわけです。エジソンはこうした成功体験を通して「発明の法則」を発明し、その発明法則によって次々に発明を続けて発明王に成ったわけです。


 <成功の法則>

 こうして見てみますと願望の実現には、一つの「成功の法則」、行動パターンが見られます。
先ずは:願望を決めます。
*次ぎに:その願望がすでに達成されたところをイメージして視覚化します。
 その時に背筋がゾクゾクしたり、鳥肌がたつようでしたらしめたものです。体に感じるという事は、自分に達成能力があるからです。そしてその想いを心の中で温めていきます。
 多くの人は願望を持ちますが、意外に願望が達成して喜んでいる情景をイメージしていませんが、ここが大切なポイントになります。
*イメージしたら次に:その達成のために、何をすべきかを一つ一つ列挙して、それに優先順位をつけて一つ一つクリアして行くと結果として願望が達成されてきます。
 しかし、ただ夢みて闇雲に努力すればいいというわけでありません。努力はしないよりした方がよいですが、それには効果的な努力が必要です。ただ努力しただけで願望が達成できるのでしたら誰もが努力します。
 願望の達成というアウトプットのために、何をインプットするか「願望、イメージ、優先順位、努力、実現」の順です。
 願望を魔法のブラックボックスにインプットしたら、次に魔法の箱からアウトプットをイメージします。願望はシュミレーションです。そして次にそのアウトプットのために何をインプットすべきか優先順位を設定し、それを一つ一つクリアしていけば結果的に願望がアウトプットされてきます。
 アウトプットをイメージしないで、なにもかもインプットしても結果が期待できず無駄な努力となります。またアウトプットのイメージがインプットの現実とあまりにもかけ離れていたら、それは願望でなく野心か妄想になってしまいます。
 自分の願望を実現しようと思ってもただ思っただけでは実現しません。それには自助努力です。なんの努力もせずに神社に行ってお賽銭箱に100円玉を投げ入れて神様を買収しようと思っても神様は賄賂を受け取りません。
 100円で夢は買えませんが、本来ですと100円もいらないのです。神様に「ああなりたい」「こうなりたい」と、お願いするのでなく、同じ祈るのでしたら、すでにその願望が実現しているところを心に想い描き「神さまありがとうございました」と、感謝をもって夢を先取りしてしまうことです。


 <2秒37のイメージ>

 例えばこのイメージ法を、オリンピックの花形競技、男子100メートルの優勝記録で見て行くとよくわかります。
1896年、オリンピック優勝タイムは12秒でした。
      今でしたら高校女子でも12秒で走ります。
1900年、ちょうど11秒で始まり、
1956年、やつと10秒5となります。
1964年、東京オリンピックで、ボブ・ヘイズがついに10秒フラット、
1968年、ついに10秒の壁を破り9秒96、いずれもアメリカ人。
      そして
1988年、カール・ルイスが、9秒92を記録し、
1996年、アトランタオリンピックで、カナダのドノバン・ベーリーが9秒84の世界記録。
2000年、新記録がなく、
2008年、北京オリンピックで、ジャマイカのウサイン・ボルトが9秒69。
2012年、ロンドン・オリンピックで、ウサンイン・ボルトが9秒63で2連覇を達成した。  
 116年の間に2秒37更新されたわけです。人類の偉大なる2秒37です。
 しかし、私はいつも不思議に思うのですが、なぜ同じ人間がわずか100メートルを走るのに、100年前が12秒で、100年後が9秒63なのかということです。どうして100年前に9秒台が出なかったのかということです。昔の人の方が足腰が強かったはずです。なぜ12秒から段々と9秒台へ進み退化がないのか不思議でした。
 何故なのかと考えますと、100年前に人間が9秒台で走れるなど誰も想像しなかったからだと思います。それはちょうど我々が100年後に人類の限界とされています9秒48秒で走れるなど誰もイメージ(想像)できないのと同じで、イメージできない事は現実にもできません。ですから100年前には11秒の記録を破る事を目標にして挑戦し、10秒が出ると今度はその記録を破ることをイメージしてきたわけです。
 いまは9秒63のボルトの世界記録を破ることを目標に、ランニングフォーム、トレーニング方式やシューズの改良などいろいろなやるべき事をクリアして新記録に挑戦しています。そのためにメンタル方面のイメージトレーニングも採用しています。
 2016年8月のリオデジャネイロ・オリンピックで、表彰台に立ち金メダルを首にさげ両手を高々とあげている姿をイメージできる選手がそれに挑戦し続けています。


 以下、私のことながら、、、
 私個人の身近な例で恐縮ですが、私は1975年に結婚し、2人で1万ドル当時の日本円にして約240万円と、両手にボストンバックを持ってアメリカへ渡りました。27歳の青春これが私の全財産でした。
 アメリカに知人もなく車の運転もできず、西も東もわからぬまま地図を広げて適当に指差したニュージャージー州の片田舎の駅に降り立ち、そこに根を下ろして現在に至っています。風に吹かれて飛んできたタンポポの綿帽子が、その地に根を張る様にです。
 家族に勘当されてまでしてアメリカに行くのですから、私にもそれなりの胸に秘めた熱い夢がありました。私は2つの夢を持ってアメリカに渡りました。
*一つは、台湾の電子業界から初めての国際ブランドを打ち立てる夢です。
 当時の台湾は日本やアメリカの下請け工場ばかりで、世界市場で認知された国際ブランドがありませんでした。私が先陣を切って台湾から初めての国際ブランドを打ち立てる事で、台湾の起業家に方向性と勇気を与えようと志しました。そうしますと数年後に多くの台湾の会社が続いて来て、私を越えて行きました。IT業界から次々に世界ブランドを打ち立てました。
*もう一つの夢は、台湾の外貨獲得です。          
 当時の台湾は外貨の獲得が国策で、強力に貿易を押し進めていました。当時、私は台湾に留学していて学問だけの象牙の塔に飽きてしまい、学術研究でなく目に見える外貨獲得という数字に挑戦しようと考えました。実際にも一時は台湾の電卓総輸出の10%を、私がアメリカに輸入して台湾の外貨を稼ぎました。
 その頃は若いので怖いもの知らず、何もない上にビジネスのABCも知らず、資本もなく、あるのは「俺ならできる」というウノ惚れた信念と夢だけでした。とにかく「俺ならできる」という信念を持って夢中でひた走りに走り続けて15年間走りましたら、いつしかアメリカの市場でTOP5の電卓商事になっていました。
 当時1975年、電卓はアメリカ市場で最盛期でして、私の会社は137番目の参入でした。客観的に考えれば市場で生き残こることさえ不可能な経営環境でしたから、15年目でTOP5はやはり一つのアメリカン・ドリームだったと思います。自分でもよくやれたと思います。
 市場開拓の苦労話は人並みですが、初めは富山のクスリ売りと同じ行商から始めました。ワゴン車の後ろに商品を積んで、アメリカ東部の電気店や事務機店を一店一店訪問販売し、そこのお店に商品を卸し2〜3週間後にまた訪問して、売れた分のお金を回収しまた商品を補充して行くという行商でした。
 このドサ回りを3年ほどやりました。自分で選んだ道とはいえ国費留学生として修士まで取った男が、ニューヨークのマンハッタンの街中を、ジーパンとTシャツでハンドトラックを引いている姿はなんとも格好悪く人様に見せられたものでありませんでした。これがもし東京でしたらできなかったと思います。
 そんな中で一つだけ他社と違っていたかと思いますのは、ビジネスを始めてまだ将来どうなるのかさえわからない五里霧中の行商の時点で、私は世界中の電気店や飛行場の売店に、自社生産の電卓が並んでいるところをイメージして、その並んでいる電卓を手に取るように視覚化していました。
 そして、その世界化の夢のために「今」何をやるべきかを、年度経営計画の中にやるべき優先順位を盛り込み、一年また一年とクリアして行き、それを15回繰り返したら、実際に世界中に電卓を販売する会社が現実のものとなりました。
 こうして市場販売が一段落したところで、天風哲人が42歳でビジネス界から引退したのを真似して、私も42歳で予定通り退職しました。その後に世界各地を旅行し実際に自社の電卓が飛行場や店頭に並んでいるのを見て楽しみました。
 今から当時をふり返ってみますと、知らないうちに「夢の実現の法則」、アウトプットのために何をインプットするか優先順位を設定して「願望、イメージ、優先順位の設定、努力、そして実現」のパターンを、実行していたことになります。毎年作成する年度経営計画が、夢実現の視覚化を助けたのだと思います。
 もちろん天風哲理はつも心の下支えになり強い味方でした。

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