07. 風の巻

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(川元信泰作)

 風の巻 心の使い方

 <心機一転>

 「春風に 吹き出し笑う 花もがな」(芭蕉)。
 心はいつも清々しい春風に吹きだし笑うように、陽気で明るく行きたいものです。 
 「水の巻」、「火の巻」で、心の積極化を論じましたが、心を積極化させますと生命の力が充実してきます。積極心が強化され生命力が充実してきましたら、次にその心の使い方が大切になります。

 
心を使う時はどんな場合にも分散や分裂させずに集中して使うことです。どんなに忙しい時でも「一時一事」に集中させて使うようにします。心を一事に集中させその後に転換し、また一事に集中してゆくようにします。心機一転です。
 心機一転は感情をコントロールする際にも大切な働きをします。感情の明朗化を心がけていても、時に
は湧き立つ感情を抑えきれずに切れてしてしまうことがよくあります。
 一時の怒りの感情で暴言を吐いてしまい、後に冷静になってみると「あ〜ぁ、あんな事を言わなければよかった」と、後悔することがよくあります。怒りにまかせた感情は、人の心を傷つけ、自分自身も暗い気持になり、自他の生命エネルギーを消耗させます。
 しかし、いったんこうした消極的な感情が心に湧き起ってしまうと、それを制御するのはたいへん困難です。湧き上がる感情情念を考えまい、気にすまいと、抑え込もうとすればするほどなおさら感情の虜になってしまいます。なかには「これを怒らなければ人間ではない」と、信念を持って怒っている人がいます。「人間は感情の動物なのだ」と、悟り顔で怒りを正当化する人もいます。しかし、これでは感情の動物どころか感情の奴隷になってしまいます。人間は感情の動物ではなく、感情を制御できる万物の霊長なのですから、感情をうまく使いこなしてゆく工夫が必要になります。それには感情を心機一転させてゆく必要があります。心機一転は感情をコントロールする有効な方法となります。

 私たちは生身の人間ですから感情をもっています。怒りや恐れ、悲しい時には悲しい、腹の立つ時には腹が立ち、痛い時には痛いと感じるのは当然のことです。しかし、この時に大切な事は感受したこうした消極的な感情にこだわらないことです。いつまでも心のなかに留めさせず、できるかぎり早く積極的な感情へ切り換えてしまうことです。そして瞬時に心機一転ができるようになりますと人生の達人になります。
 消極的な感情やマイナスの情念が湧いてきたら、それにこだわらずにとりあえずその感情はそのままにしておいて、反対の積極的な感情やプラスの情念に心をふり向けるように心機を一転させ心の切り換えを行うことです。
 スポーツ選手が試合中にミスプレーした心の動揺から、いち早く心の切り換えをして立ち直ることが大切なのと同じ要領です。人間は二つの事を同時に考えられません。特に二つの相反する感情を同時に持つことができません。どんな器用な人でも明るい事と暗い事、嬉しい事と悲しい事、マイナス思考とプラス思考を同時に考えることができません。一方が出れば他方が引っ込みます。座る事と立つ事が同時にできないのと同じことです。

 もし、心が暗い方へ向いているなと気がついたら、すかさず想像力を働かせて明るい方面へ心機一転させる習慣を身につけることです。そうしますと心は暗さを離れて明るくなってきます。光と闇とは一緒になれませんから、闇を去らせるには光を導入することです。光がさせば闇は消えるように、暗い感情には明るい感情をさし込むことです。
 楽しいと思う心はどんな辛く苦しいことがあっても、それを辛く苦しいと思わなくなります。楽しい心と辛く苦しいという心は同居しません。ですからたとえどんな事情があったとしても心機一点を心がけ、喜びの時をより多くしてゆくことです。
 人間の感情には清いものと汚いもと二面性があります。ですから感情はいつも清いもの美しいものを選ぶように努め、マイナスの汚い方面を見てもそれをプラスの清い方面から考えるように努力してゆくことです。

 「泣きっ面に蜂」と言いまして、不運の時に悲観すればするほどよくない事が重なってくるものです。不運の連鎖を断ち切るには、辛い、悲しい、怖い事に遭遇したら勇気を持って心を一転させ、感謝と歓喜の方面へふり向けて行くことです。たとえ不運にみまわれても、病があっても、できるかぎる積極的な方面にふり向けてゆくように心がけることです。
 それでも心の切り換えができない時には、鏡の前で自分の顔を映し、「何だ、そのなさけない顔は、お前らしくないぞ。これくらいの事でへこたれるな。平静心を失うとは何事だ」と、鼓舞してみてください。
 
天風哲人は心機一転の方法として、「腹がたったらすぐにクンバハカしてにっこり笑え。その習慣をつけなさい」と、説示いています。

 

 <笑うこと>

 感情の明朗化に最も効果的なものに笑いがあります。
 人生を明るく楽しく生きてゆくために、生活のなかに笑いを取り入れましょう。笑いは緊張を緩和させ、苦しみや悩みに疲れた心身をもみほぐします。笑えば苦しみや悩みも癒されますので、おおいに笑うことにしましょう。笑いは心の強壮剤であり開運剤でもあります。

 友達に声をかける時に笑顔、「おい」と呼ぶにも笑顔、「はい」と返事するのも笑顔です。終始一貫、笑顔、笑顔です。笑う角には福きたるで、笑うにつれて幸運が開けてきます。とくに悲しい事や辛い事があったら、いつにもまして笑うことです。そうしますと、悲しいことや辛いことの方が、いつしかどこかえ吹き飛んでしまいます。「悲しいから泣くのでなく、泣くから悲しくなる」と、言われるのと同様に、「幸せだから笑うのでなく、笑うから幸せになる」というものです。
 自分の顔を鏡に映して「ハッハッハ」と笑うと、自然に可笑しくなり、可笑しくなるからまた笑い、笑うにつれて腹の立つのも忘れてしまいます。人間はこの世に怒ったり争ったりするために生まれてきたのではないのですから、心は怒る事と笑う事を同時にできないので、怒りそうになったら笑ってしまうことです。
考えれば人の寿命はそう長いものでありません。どんなに愛し合った仲でも、健康であっても、百年と一緒に居られるものでないのです。この厳粛な現実を考えたら、この世界の時空で同じ空気を呼吸しているお互い、あなたも尊い、私も尊い、誰彼なく、笑顔で接するのが当たり前に思えてきます。
 「一笑懸命」に笑って過ごすのが得か、泣いて暮らすのが得か、せめて生きている間だけは、どんなことがあってもニコニコ笑ってゆきたいものです。朝起きる時も、夜寝る時もニッコリ笑って「ありがとう」。目が覚めたらニッコリ笑い「今日一日この笑顔を崩すまい」と微笑みを心がけましょう。一日中ニコニコ笑っていて馬鹿に思われてもいい、いや、もっと馬鹿になればいい。地球上で笑うことのできるのは人間だけです。それにはきっと意味があり、人間らしく活きろとは、人間らしく笑えということかも知れません。

 部屋に鏡を掛けて、机の上に鏡を置いて、仕事や勉強の合間に、一日に何回でも鏡に映る自分の顔に向かって微笑みかけましょう。女性もお化粧する時に鏡をみたら微笑んで心にもお化粧しましょう。
 可笑しくなくても笑う。その際に眉毛を少し上にあげてニッコリすると、不思議なことに心が晴れ晴れとしてきてストレス解消にもなります。真似事も真に迫まると真実と同化して本物以上になります。笑いの練習を繰り返してしていますと、いつしか誰もが思わず魅せられてしまうほど素敵な人になれます。

 <現在感謝>

 感情の明朗化させる上で笑いの他にもう一つの要諦は、すべての出来事に対して感謝の心をもって生活してゆくことです。「感謝一念」で生活をすれば不平不満は消えていきます。

 感謝の心は宇宙の心でして、感謝の力は計り知れません。「ありがとう」の感謝の気持を習慣にすれば、不平不満、怒り、怖れ、悲しみが自然に消えていきます。自分の人生をより尊いものにするには、すべてに対して「有り難い」方面から考えるようにすることです。真の幸福は「現在感謝」を実行するところから招来されてきます。人様に謙虚で感謝の心が幸福への近道となります。

 私たちの周囲には感謝に値するものがたくさんありますが、多くの人は感謝するものに気づかないでいます。第一に、この世に生きて活かされていることに感謝です。死んでしまえば感謝もなにもありません。
 感謝と歓喜は一対になっていますので、感謝を先にすると喜びもついてきます。心に感謝と歓喜の感情が生まれると、宇宙の創造エネルギーと合流し何ともいえない人生のエクスタシーが感じられてきます。感謝は最高の美徳で何をする場合でも恵まれている自分に感謝をもって生きるようにしたら、どれだけ人生のスケールが大きくなるかわかりません。

 感謝を感じない人というのは、人様の好意や奉仕がわかりませんから何事にも満足せず、足ることを知らず、どんなに良いことがあっても喜びません。それとは反対に感謝の心をしっかり持っている人は、何事も有り難く、自分の心に曇りがなく澄んでいますから、なんとも形容のできない生き甲斐を感じ、一秒一秒を楽しく生きられます。ですから何事にもまず感謝の気持ちで考えることです。今から毎日を楽しく生きるためにも「現在感謝」です。
 天命に従い、天命に処し、天命に安住して、何事にも心から感謝の心を持てる人は、恵まれた生涯を生きられる幸福な人になります。どんな些細なことにでも、感謝を先にして喜びでこれを迎えたならば、お互いの住む世界は喜びの花園になります。
 「微笑み」と「ありがとう」は宇宙の心、仏教でいう「愛顏、愛語」で、周りの人を幸せにするお布施でもあります。こうして感情を明朗化させ、光を心に取り入れて誰からも好かれる人になりましょう。

 <不平不満の厳禁> 

 笑いと現在感謝の対極にあるのが不平不満の感情です。

 感情を明朗化させるうえで大切なことは、不平不満を口にしないことです。不平不満があるとどうしても積極的になれず、心を暗くし生命力を萎縮させてしまいます。
 多くの人はこの不平不満を、価値のない卑しむべきものだと考えていません。そしてこういう人にかぎって自分はいつも正しく、自分と他人と比較し上ばかりを見て下を見ない人です。世の中には自分より気の毒で哀れな人がどれだけいるかを考えてもみない人です。怠惰な人ほど不平不満が多く、自分は幸せな楽園にいながら何かしら欠点を見つけだして、口から出てくる言葉は未練であり、愚痴であり、嫉妬であり、価値のない不平不満だけとなります。
 不平不満が生じた時には、まず自分の原点に立ち帰り、なに不自由なく恵まれた環境に生かされていることに思い至れば、そこから感謝の念が感じられてくるものです。自分の生活環境を呪い、運命を悲しむことを止め、生きて活かされている自分を思えば、歓喜の世界に悲哀なく、感謝の世界に不満はありません。「感謝本位」で生きれば不平不満は自ずと消えていきます。
 人様の幸福や成功に対しても嫉妬せず、中傷せず、批判しないで、祝福に転換してしまえばいいわけです。幸福な人に祝福してあげることです。そうしますと潜在意識は自他の主語を選びませんから、やがて自分の身上にも同じように幸福が訪れてきます。よきライバルの成功を祝福することは、自分の成功でもあるということです。
 恵みを受けて喜ばない人間は人間じゃありません。恵みというのは自分に与えられた大きな喜です。人生の出来事を暗い方面から見たら明るさも何もないですが、暗かったら窓を開ければ光がさしてきます。無明の闇には光明をあてることです。人生は心ひとつのおきどころですから、一寸先は闇にも光にもなります。
 人間が活きていく上で一番大切なのは、頭の良し悪しではなく、心の良し悪しです。それには自分や周りの人を不愉快にするような批判や不平不満は厳禁です。これは小さな事のようですがとても大切です。たとえどんなに学問があり優秀であろうが、心の態度が悪く周りの者から好かれない人は、結局はたいした大事も成しとげられず有意義な人生を活きられません。「あの人は 物知りだけに 不幸せ」の川柳になってしまいます。人から好かれることは幸福の第一歩です。

 <怒らず、怖れず、悲しまず>

 感情を明朗化させてゆくうえで最大の障害は、怒ること、怖れること、悲しむことです。感情は言葉と行動に深くかかわりをもち、心と体に大きな影響をあたえています。湧きあがってくる感情を、どう統御してゆくかで運命も大きく変わってきます。
 感情は生活環境の不調和、不愉快をいち早く感じとり、改善を求めるサインでもありますから、生命を順調に生かし快適に過ごすための重要な役割をしています。そこで毎日の生活のなかで感情を明朗化させて活きてゆくために、天風誦句集の冒頭にあります「誓いの言葉」を紹介したく思います。
 「今日一日」からはじまり、3、3、3、3、トントントン〜と、歯切れのいい誦句で、感情の明朗化をわずか8行に凝縮しています。


  今日一日
  怒らず 怖れず 悲しまず、
  正直 親切 愉快に、
  力と 勇気と 信念とをもって
  自己の 人生に対する 責務を果たし、
  常に 誠と 愛と 調和を 失わざる
  立派な 真人として 活きることを、
  自分自身の 厳かな 誓いとする。

 今日一日を「怒らず、怖れず、悲しまず」、「正直、親切、愉快」な感情で過ごし、何事に対しても「力と、勇気と、信念と」をもって対処し、自己の人生の責務を遂行し、常に宇宙霊の心である「誠と愛と調和」(真、善、美)を本位として、立派な真人(リアリスト)として活きることを、自分自身に誓いますという誦句です。自分との約束は天との約束ですから厳かな誓いとなります。
 「怒らず、恐れず、悲しまず」は、消極的なマイナス感情の代表格であり、私たちの生命エネルギーを減退させるものだから、「三勿」(三つのなかれ)としています。
 毎日の生活のなかで三つの実行すべき事として、できるかぎり「正直、親切、愉快」に行動すれば、感情も明朗化して楽しいものになりますので「三行(さんぎょう)」をすすめています。この「三勿三行」は、感情を統御するうえで最も有効な行法になります。

 天風箴言に「人生は現在只今を尊く活きることである。それには理屈なしに、三勿三行を専念厳守するべき」とあります。 

 本来の「誓いの言葉」を、私の解釈で若干変えていますが、私自身も毎朝これを誦句して「今日一日」の心がけにしています。
 しかし日常生活のなかで、ついうっかり油断をしてしまい、なかなか「誓いの言葉」通りに実行できないでいます。誦句を厳かに誓ったそばから、怒ったり、怖れたり、悲しんだりする未熟な自分を思い知らされています。しかし、この「三勿三行」を心がけていることで多少なりとも感情を統御することができてきます。少なくても激情にはブレーキがかかり、感情が起伏する時が「三勿三行」を練習するよい機会にもなっています。
 毎日「誓いの言葉」を心がけている人と、いない人とでは感情の明朗化に大きな違いが生じてきます。

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