IMG_1447.jpg 2015年8月のエッセー「天風師の面影」にも書いたことなのですが、私は海外出張の折りに山田務名著書「天風道八十年」(ウェルテ社、平成17年刊、1700円)の指導書を持ってでかけています。
 長い飛行時間に統一道理論と誦句集を復習できるからです。数年前になりますが、飛行機の座席ポケットに著書を入れたまま失念してしまいました。すぐに問い合わせたのですが見つかりませんでした。見つけた方はなんと幸運なことか、大切にしてもらうよう念じて諦めました。
 なにせこの指南書は私の座右の書ですので、すぐにアマゾンで購入を試みましたら、すでに絶版になっていて古本で2万円から5万円の値段がついていました。しかたなく友人から借用することにしましたが、数年も借りたままにしておくわけにもいきませんので、つい先日2万円で購入しました。残りの古本2冊は5万円になっていました。
 それであらためて再読しましたが、やはり貴重な指導書でした。この著書から天風師の体温と肉声が伝わってきます。今ではDVDや録音CDがありますが、それとまた違った味わいがあり、「天風道八十年」の重さを感じます。これはこの著者でしか書けない内容です。
 他の天風関連書にはない師直伝による心身統一道の各蜜法のコツ(要諦)が書かれています。また、クンバハカ法と組み合わせた「眉間呼吸」の吊りあげ法と「活力移送法」が、貴重な指南になっています。特に「活力移送法」は、天風会初期の教示で、いまではあまり重視されていませんが、再度しっかりと研鑽されてよい課題かと考えます。
 古本屋さんの目利きには感心しますが、いかんせん5万円ですと購入するにも躊躇してしまいます。そこで私の希望なのですが、天風会認定の著書としてなんとか再版まで漕ぎ着けないものかと考えています。

天風箴言

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FullSizeRender.jpeg 今月から天風会メールマガジンが配信されたので、さっそく登録して拝読しています。
 これまでは自宅の部屋に日めくり天風箴言の黒と赤のカレンダーを掛け、卓上の箴言カレンダーをオフィスの机の上に置き、毎日めくってはその日の糧としてきました。
 カレンダーは天風著「智慧のひびき=天風哲人箴言注釈」と「真理のひびき=哲人哲語」からの箴言です。この2冊をかれこれ32年も掛けてますので、さすがに薄黄色に日焼けしていますが、朝の行事として相も変わらず新鮮な気持ちで1万2千日ほど読み返してきました。
 これは習慣になっていますのでそのまま続行ですが、有り難いことにそのうえメルマガが配信され「中村天風一日一話」が拝読できることになりました。メルマガの構成は「元気と勇気が湧いてくる、哲人の教え366話」からの引用が、デジタル化されました。「進化と向上」を地で行っています。
 さらにメルマガは「〜今月の天風箴言〜」として、私のとても好きな箴言になっています:
「何としても怒り悲しみ怖れを抑制することの出来ない時は、そういう時こそクンバハカ密法の修練に最も都合のよい時であるから一段と真剣に実行するがよい」を載せています。
 9月14日の今日の箴言には;
 <他人の批判より自己省察>  
 「ことわざに『人のふり見てわがふりなおせ』というのがあるが、他人の言葉や行為をやたら批判する人というものは、人のふりにわがふりを正しく照合して、是正しようとはしないので、ただあしざまにそれを批判するだけなのであるから、したがってその批判から少しの価値あるものも、わが心に感得しない。
 みだりに他人を批判することを本位として、いささかも自己省察を施さないがために、人生に何よりも大切な自己自身の統御ということに、少しの進歩も向上も顕現しないのである」
 また他の箴言にも「人を憎んだり恨んだり或は中傷したりする人は、自分もまた必ず他の人からそうされると言うことを、忘れてはならない」とあります。
 奇しくもこの日に「文春砲」とかで、山尾志緒理議員のスキャンダルによるブーメランと前原誠司議員の北朝鮮でのハニートラップのスキャンダルでした。
 しかし、箴言はただ読んだだけなら「なるほど」と知識だけに留まります。これを真に自分の叡智とするには、毎日のクンバハカ+積極心の養成+天風打坐の下支えと実践が要請されてきます。天風哲理の厳しさはここにあります。心したいものです。

IMG_6036.jpeg

300px-Columbia_College_Walk.jpg ひさびさに当サイト「天風の精神遍歴」の天風師のコロンビア大学時を更新しました。
 天風が学んだ名門コロンビア大学の設立は古くまだ英国の植民地だった1754年でした。その後1896年に大学院設置とともに現住所に移転し、天風は1911年に孫逸郎の名で入学しました。キャンパスに行きますと天風師が学舎の向こうから歩いてくるような気がします。
 ただ、下記の更新した年譜にみられるように修学期間が短いため、そんなに簡単に入学でき博士課程を卒業できるのかと質問を受けました。当地では博士課程は通常「Phd」と称し、医師の資格は「Dr.」 ドクター(日本語で博士)となりますので、このあたりに誤解が生じるのかと思い再整理しました。
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1911年(明治44年)35歳。
・生活費と旅費を稼ぐため吉沢公使(後に大使)の紹介で、広東省の富豪の華僑で、愛人3人を連れて豪華ホテルで暮らしていた留学生の李宗順(後に香港で開業)の通訳とコロンビア大学の耳鼻咽喉科の授業を代行して医師免許を取得する。このアルバイトを8ヶ月ほどして、8千ドルと謝礼8千ドルをもらいヨーロッパ渡航の旅費にあてる。
・同時に孫逸郎の名でニューヨークのコロンビア大学の基礎医学部で、免疫系と自律神経系統の短期講習を受講。
・医学の知識は習得できたが、先進医学のアメリカでも結核に対して治療方法がなく、また哲学的にも得るものがなく絶望の縁に突き落とされる。
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 以上。
 ですからコロンビア大学の在籍名簿に中村三郎の名前はありません。ドクターの医師免許があるとしたら李宗順の名前となり、短期講習の入学は孫逸郎になります。
 天風師は調べれば大学に李宗順の名があるとのことですが、天風哲理にとり大学で医学知識を習得した以外、あとはどちらでもいい事なので、更新はこれだけにしました。

8aeef95b.jpeg 安定打坐法の双輪の印は「上品上生印」と称し、阿弥陀如来の印でして、九通り印定の段階で最高の印とされています。天風哲人はカリアッパ導師のヨーガ教えを、原形を留めぬまでに噛み砕いて日本化させましたが、双輪の印はそのまま受け継いで残しました。
 以前にもエッセーに書いたことですが、ヨーガの里のネパールとインドの国境の村に祠があり、そこにラマ僧導師の像が祀ってありました。折角はるばるヒマラヤ秘境まで来たのですから、手柄話のひとつにでもどうかこの像がカリアッパ導師であってくれという思いで胸が高鳴りました。しかし、この像の組む印を見た瞬間に、これは違うなとすぐにわかりました。
 古来インドでは手の形で意志を現す習慣があり、それが発展して印相が生まれたと言われてます。私たちが双輪の印を組む一線上で天風哲人につながり、さらにはるか遠くヨーガの里の導師につながり、宇宙霊へとつながることになります。
 安定打坐の双輪の印を大切にしたいものです。

IMG_5394.jpeg 今朝は上野公園を散策して精養軒のはす向かい青葉しげる樹下台石の祈念写真を撮ってきました。
 「なんで6月8日なのか」
 1911年この日が、中村天風師が講演の時に万感胸を詰まらせ涙ながらに、「この巡り逢いを想うと、何とも言えない、私は無量の感慨に胸打たれるのであります」と話した、カリアッパ師との邂逅の日でした。
 この石上に草鞋に脚絆姿の男が仁王立ちになり、右手にもった鐘を鳴らし「道行く人よ、来たれいざ」と、一声をあげ、何事かと立ち止まった10人ほどの人に向かって辻説法をはじめた日でした。当時を想い「寒風吹きすさぶ暮れ迫る街頭で、六十を越えたたった一人の老婆のために統一道を説いたこともある」と感慨深く語り、「ときどきあそこへ行って、あの石を見ちゃあ、思わず熱い、胸にせきくるものを感じながら、いつも帰ってくるんです」と語っている石上です。
 当時、中村天風43歳、天風哲学がここ樹下台石の上で産声をあげた日になりました。
 私この日にここを散策でき、これからアメリカに戻ります。
 (いくつかの場所に石台がありますが、私はこの場所の石台だったと考証しています。ご教授のほど。そしてここに記念碑が建つことを祈望しています)、

250px-Togo_Heihachiro,1907.jpeg 日露戦争で日本海海戦の指揮をとり勝利に導いた東郷平八郎元帥も、クンバハカを習慣とするまで、玄関から便所の壁にまで「クンバハカ」と書いた紙を貼らせて練習したと伝えられています。
 東郷元帥は日本海海戦の折、旗艦「三笠」の司令塔から出て甲板に立ち、双眼鏡で敵の旗艦が沈没するのを見ようとした時に、敵艦の撃った砲弾が司令塔の脇に当たって炸裂し、そのすごい爆音に思わず後ろを振り向いてしまい、数秒後に海上を見た時には敵の旗艦はすでに沈没していました。そのため歴史的瞬間を見極めなかったので、戦況報告書に一部終始を見たと書けなかった。もし、あの時にクンバハカを会得していたら敵の旗艦の沈没を、一部終始を報告できたと後々まで残念がっていたとのことでした。
 東郷元帥は毎月の講習会に出席し、いつも講堂の三番目の柱の前に座り、大事な教義の所に成ると、少し頭を前に下げ正しく受け取ったと意思表示されたとのことでした。当時の山本五十六大将が「よく、お飽きになりませんネ」と言ったところ、「飯と空気を吸うことは、止められんでのう」と返しています。
 東郷元帥は晩年に喉頭がんを患い、見舞いにいった天風のご機嫌うかがいに、「火傷を竹のササラでこするごとくでごんす」と返答し、天風が「それがこの病いです」と返すと、「これが病いでごわすか」と、以後一言も苦痛を口にしなかった。天風は「やはり、偉い人は偉い」と、感慨を残しています。(橋田雅人著「哲人中村天風先生抄」参照)
 真理を説くのに歳の差などないとはいえ、28歳も年下の若僧の教示を、「哲人」と称賛して熱心に実践した東郷元帥は大きな人物でした。「偉人会い知る」明治人の大きなスケールにいつも感心させられます。
天風「哲人」の称号は東郷元帥の称賛に由来します。

4:2.jpg 2015年5月にNHKスペシャルで放映された「天使か悪魔か」の番組が、羽生善治永世名人/NHK取材班著「人工知能の核心」の題名で本になりました。
 その中に人工知能のアプリケーション(応用ソフト)で、「ネガティブな記憶をポジティブに書き換えられる可能性がある」という一行に目が点になりました。これは天風哲理の「観念要素の更改法」が、アプリになるということです。
 果たして、潜在意識の刷り込みされたネガティブな記憶が、人工知能のアプリでポジティブに書き換え可能なのだろうか。連想暗示法、命令暗示法、断定暗示法の実行を経ずに、人工知能のアプリで「観念要素の更改」が可能なのだろうか。
 またこれだけでなく、瞑想アプリのサイトも開設されてきています。昨年9月にこのブログで書きましたが、グーグル、インテル、ゴールドマンサックス社などで、「マインドフルネス(Mindfulness)」と称した瞑想法が社員研修に取り入れられています。「マインドフルネス」は、坐禅からヒントを得て集中力を高めるトレーニングとして、宗教色を抜きにした「心のスホーツジム」の感覚で実行されています。
 グーグル社の人材開発部は「マインドフルネス」を取り入れ、さらに独自の「ヘッドスペー(Headspace)」という瞑想サイトを開発し10%の社員が実行しているそうです。日本でも「マインドフルネス」を輸入した瞑想法が流行の兆しです。この瞑想法は天風哲理の「安定打坐法」に極めて類似したものとなっています。
 果たして「安定打坐法」を、人工知能のアプリで創意できるのだろうか。人工知能が天風知性に代わって指導できるのだろうか。スマートホンで成長してきたミレニアム世代にとり、アナログの指導法よりも人工知能による指導のが受けいれやすいのだろうか。これはある意味で人工知能による洗脳で危険でもありますが、すごい事になってきました。
 天風哲理は心身の実践がともない総合的に構成されていますので代替えできないと考えますが、いま汎用人工知能から挑戦を受けています。
 21世紀の「人工知能」の時代、天風哲理はなおも飛躍できるのか。私は現時点で予想することができずにいます。ですから、ここでは問題提起だけにし、結論は先送りして思索を続けてゆくことにします。

 天風箴言カレンダーの13日に;
 「活きる事の努力のみに追われて生活の中の情味というものを味はないと、人生はどんな場合にも真の生きがいというものを感じない」と、あります。
 毎月これをめくる日に「生活の中の情味というもの」は、なにを指すのかいまひとつ解からずにいました。先日、安定打坐中にふと「なんだこれか」と思いました。
 花を見てきれいだな〜に思う心、食事を美味しいただく心、人情にふれていいな〜と思う心、朝日に向かって合掌し、爽快な青い空や夕陽色の美しさに感動する心のようでした。
   "おもしろき こともなき世を 面白く
            すみなすしものは 心なりけり"
 すべては心の置きどころ、人生に情味を味わうと、なにごとも有り難く面白く感じてくるものです。
 将棋の羽生善治名人が人工知能(AI)コンピューターと対局すれば、おそらく私が負けるだろうと話していました。それは将棋士が一生かかってもできない数の対局を、人口頭脳同士で何万局と繰り返して強化学習し、あらゆる局面をプログラミングしますので最強です。
 それでも名人ともなれば互角に対戦しますが、人間は詰め一手の一瞬に迷いの心が生じますが、人工知能はなんの迷いも無くプログラムされたパターン通りに差します。それが勝敗を分けるようです。有機質の心と無機質の無情の差です。
 天風先生の言われる「人間に心がなかったらどうなるだろうか。それは庭の中の石ころと同じになってしまうんですよ」。
 たとえ人工知能機士が対局で勝ったからといって、機士に勝利の感動は無くそれ以上でもそれ以下でもない。しかし、人間はそれ以上のものでして情味が負けたわけではない。情味は人間が人間らしい感情の発露であり、AI時代になっても大切のしたいものです。
 AI時代にも心身統一法が普遍性をもつ所以です。

 1998年から「いい元気」というサイトで「天風箴言」の連日掲載を始めた時には、天風関連のサイトはありませんでした。
 2011年1月に新たに"tempu-online" のドメインでサイトを開設した時も、まだ天風関連のサイトはごく少数でした。ですから「天風オンライン」という素敵なドメインもすんなり取得できました。ただ開設時に「天風会の公式サイト」がありましたので、著作権のことを考慮し抑え気味にしてスタートさせました。
 サイトを開設しておけば、かつて私が天風会の門を叩いてお世話になったように、誰かがなにかの契機に天風哲理を必要とした時、立ち寄ってもらえればと考えてのことでした。
 ここ20年の間に、インターネット、ユーチューブ、メルマガ、フェイスブック等が急速に普及し、これをスマートフォンが決定的に加速させ、私たちのライフスタイルまで大きく変えてしまいました。いまではキーボードを打てないミレニアム世代が出現しています。この変化は驚異的なもので、サイトの開設時にニューチューブで公開することなど考えてもいませんでした。スマホを利用してで安定打坐など思いもよりませんでした。それがすっかりスマホの時世となり天風行修法も変わってきました。
 天風師の「神人冥合」の教義にある安定打坐法の指導で;
 「熱心な会員になるとね、今このあなた方が聴いている電動機をみんな、自分の家にもっていってやってますよ。安くできちまうもんですから、こしらえなさい。そして、もうたとえ考えることがなくても、一日の心の疲れを休息させることをやってごらん。それだけでもどんどん、どんどん心が、これはもう思ってもいなかったように、進歩し、向上してくるから、働きが。」
 この電動機がCDを経て今ではスマホによって手の中に入り、携帯していつでもどこでも聴くことができるようになりました。しかもスマホにイヤホーンを接続すれば、周りの騒音に気にせずにブザー音に集中できます。それに使い用では手鏡にもなります。私も出張の時や待ち合わせの空き時間などにスマホを利用するようになりました。
 そんなことでつい先日ですが、天風関連のサイトとユーチューブを検索してみたら、驚いたことにいつの間にかたくさんのサイトや画像がありました。ざ〜と検索しただけでも「天風瞑想録」の質のいい朗読をはじめ、天風師の講演「神人冥合」「信念は人生の羅針盤」「積極性と人生」「正義と青年」などがCDからダウンロードしたものが無料で公開されていました。また個人が開設した「名言、格言集」のサイトや画像がたくさん並び、なかには「中村天風様チャネリング」までありました。
 いったい著者権の方はどうなっているのだろうかと思いながらも、天風師が辻説法をはじめてから100年、師が亡くなられて50年の時空をものともせず、インターネットとスマホの時代になっても依然として普遍性を持ち続けて掲載されていることに感動しました。どこに居ても天風哲理を研鑽できる時代になってきました。天風師はかつて;
 「世の中のためになるなら、私が言ったといわなくっても構やしない。どしどし人に話せ。いちいち私の了解をとるな。私の教えは天の教えだからだ」と述べたことが、天風会を超えて現実になっています。
 しかし、たとえスマホの時代になっても、電動機がスマホに代わっただけで教義それ自体が変わったわけでありません。心身統一法は総合的に組織化されたものですから、ユーチューブで単発に教義だけを聴いただけでは知識にとどまり智慧になりません。クンバハカの習得には実行がともないますし、安定打坐も行修が必要になります。呼吸操錬や統一体操も実行が付随してきます。
 「みなさん方に、とくに申しあげておきたいことがあります。それは『実行』ということであります。これがおろそかにされると、どんないい方法を聴いても、その理解が現実化されず、結局、空中に楼閣を描いた結果になってしまうからなんです」。
 ですから天風師はたとえスマホの時代になっても、総合的な自己研鑽を忘れぬようにと;
 「諸君にいいたいのは、恵まれた幸運に、いい気になって、自己研磨を怠ってはいけない。やがて21世紀が来たら、思想的にも、アイデアに方面にも、必ずや、世界をリードするだけの権威ができると、私は確信している。私が三寸息絶えて、何百年の後に、世界中が、みな宇宙霊との一体の実行者に、必ずなると確信を持っている!」と、注意をうながしています。
 かくして、天風師の波動は今もなお活き続けています。

迎春.JPG 新春の朝明けはポルトガルの幸せを呼ぶ鶏にしました。
 幸せを呼ぶ鶏の鳴き声で、天照大御神を岩宿戸からお呼びして新しい太陽で迎えたいものです。
「偉大なるアメリカ」の再建をめざして、トランプ・ゲームがはじまりました。国際秩序が流動化し暗転するなか、これを好機に流動を光転させ「偉大なるニッポン」を再建し、自立した強い日本を「酉も年」たいものです。
 2017年は日米両国の新しい時代の幕開けと、緊張を増す東アジア情勢に、新しい元気と新しい力で臨機応変し、これまでの世界観や慣習にとらわれない「無碍自在」と、たゆまず「自強不息」を標語としました。
 本年もどうぞよろしくご指導をお願いいたします。
                      元旦
                      野口 拝