富士の秘密

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51cOFFysUQL._AC_US300_QL65_.jpeg 富士山から下山して1ヶ月半が過ぎても余韻が続き2冊の本を読みました。
 いまの富士の山容はおおよそ1万年前とされ、古代から日本人が火の山と畏怖しながらも霊山として愛でてきました。富士山を御神体として麓周辺に浅間神社が鎮座しています。
 しかし、「古事記」にも「日本書記」にも富士の記載がありません。聖徳太子が飛雄馬で頂上まで駆け登ったという伝説まであるのに、なぜ「富士山」の名称だけが、大和語でなく漢語なのかと不思議に思いました。富士山に何か秘密でもあるのだろうか。
 そんなことで富士河口湖のコンビニに置いてあった、武光誠著「やまとことば」の文庫本をなんとなく手にしました。でも富士山の大和語の当て字がありませんでした。
 2冊目は、下山してから戸矢学著「富士山2200年の秘密」を購入しました。この著書は2200年前まで遡り、信じ難い大胆な仮説を展開しています。なかなか面白く説得力がありますが、にわかに信じ難く「本当かいな」と疑念が残りました。ですからお薦め本ではないので仮説はそのままにして置き、ここでは1200年前に記された、詩人でもあった都良香による最古の「富士山記」の名文を、現代語訳で紹介しておきます。
 「富士山は駿河の国にある。峯は刃物で削ったように真っ直ぐに聳えて天につづいている。その高さは計り知れない。文献の記録を残らず見渡しても、この山より高い山はない。
 その聳える峯は勢いよく高く盛り上がり、その先端は天の際にあり、天空から海中を見下ろしている。その霊峰の続く範囲は数千里もの長い距離にわたっている。
 旅人は幾日もかけてこの山の麓を行き過ぎる。通り過ぎたと思って振り返って望み見ると、それでもやはりまだ山の麓にいる。
 思うに、この山は仙人が集い遊ぶところなのであろう。」
 先日のUTFM170キロレースで、富士山麓を一周した選手たちは、冨士講の仙人だったのかもです。

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このページは、三休が2018年6月 9日 00:38に書いた記事です。

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