ヨーガ講話

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61SvRmZscVL.jpeg 7月は私的なことで時間をとられ落ち着いて本を読んでいられないなか、すべての読書時間をヨガナンダの著作集につぎ込み、百田尚樹著「夏の騎士」は8月の真夏に据え置きしました。
 今日は「科学的な癒しのアファメーション(=自分の願望を言葉にして繰り返し、自分に暗示させること)」--精神集中の原理と実践--を読みました。
 大きな感動はヨガナンダの思想と天風哲理の多くが重なり合っていたことでした。出自がヨガ思想で共通していることもあり、読み進めるにつけ一体どちらが話された言葉なのか錯覚するほど両者が同時生起に発信していました。
 にも関わらず大きな違いは、ヨガナンダはヨガの叡智を宗教信仰に持って行き、天風は現実の世俗社会に留めたことでした。我々は霊界でなく現実の世俗に生きているからです。
 ヨガナンダの著書を読んでいて、私の長年の疑問であった「天風はなぜ哲理を宗教信仰、宗教法人にせずに立派な科学として財団法人にしたのか」に納得が行きました。天風は既存の宗教組織を超えたところで人類へ普遍性を持たせました。それにしてもインドのヨガ思想はヒマラヤの空を突き抜けている。
 霊峰富士は日本の心象、ヒマラヤ連峰はインドの心象、すべてのインスピレーションの根源なのでしょう。

追記;
 天風理論を熟知する方から以下のメールをいただきました;
『(アップル創業者)スチィーブ ジョブズは「あるヨギの自叙伝」を、葬儀後に参列者に渡すように遺言したそうですが貴方でしたら、どうされますか?という質問がありました。
私の場合は、迷わず天風述「成功の実現」などの口述書でしょう。
理由は、心身統一法の生活化がバイパスしなけりゃ「あるヨギ・・」を読んでも生活化の手がかりすらつかめず、はるかかなたのエベレストの最高峰を見るような、もどかしい気分になると思うからです。
その一方で、天風先生の口述書から入れば、「あるヨギ」を知らなくても、そこから探求していけば背景や資質によってはインドの真のヨギとされる方へのルート開拓への可能性も拓ける・・時間と探求と実践だけの問題の気がするからです。いずれにしろ山登りにはいくつかのルートがあるんだと観てます。』

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このページは、三休が2019年7月25日 05:02に書いた記事です。

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