アンコールワット

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IMG_3495.jpeg 残暑お見舞い申し上げます。
 
 アンコールワットの旅から帰ってきました。

 案内してくれたガイドさんが、旅なれた私を見て「なぜこれまでカンボジアへ来られなかったのですか。地雷が恐かったのかな」と聞いてきました。かつてこの地域周辺にたくさんの地雷が埋められていました。今でも地雷を踏んでしまった死傷事故がニュースになっています。この地域で戦死したフリーランサーの一ノ瀬泰造著「地雷を踏んだらサヨウナラ」(講談社文庫)があり、とても他人事に思えません。
 しかし、私がこれまでカンボジアを敬遠してきたのは地雷ではなく、1975年〜79年のポルポト赤色クメール政権を描いた映画「キリング・フィールド(殺戮荒野)」が、影響していました。中国が支援したボルポトの原始共産主義に嫌悪感を抱いていたからです。ポルポト赤軍(85%が14歳以下)による殺戮は、文字の読める知識層の法律家、医師、教師、技術者をはじめメガネをかけた者にまで及び、通貨と法制度を廃止しこの国がもはや甦生できぬほどに壊滅させました。彼らの盲目的ヒステリカルな暴走はまさにアジア・ニヒリズムそのものでした。
 でも、もうそろそろアンコールワットへ行かないと石塔の上まで登れなくなるようなので出かけることにしました。アンコールワット(王朝の都)、アンコールトム(大きな都)の遺跡群は、世界遺産として十分な見応えがありました。仏教、ヒンドゥー教寺院の遺跡なので、南米のマチュピチュ遺跡やエジプトのピラミットより身近に感じ心に響いてくるものがありました。しかし所詮は遺跡観光でして信仰の対象でなく仏教国でありながら遺跡で祈る人は稀でした。同じ仏教国でも信仰が生活の中に生きているブータン王国との大きな違いです。IMG_3447.jpeg
 私の旅はいつも名所観光より、そこに生活している人たちの方により興味がひかれています。遺跡は半日もいれば飽きますが、人々の観察は飽きることがありません。市内から遺跡への道すがらに見た高床式住居の農村風景はアジアの貧困を映し出していました。
この国のGDPは1人当たり
年に1000ドルほどでして、人口の
半数以上が子沢山の貧困家庭で1日2ドル未満の生活をしています。電気も水道もなく特に水の問題が深刻のようでした。いまだに無学文盲が24%、平均寿命が56歳です。
 (写真は遺跡でペットボトルを回収する親子)

 ガイドさんは「新生カンボジアの歴史は2000年から始まりましたが、前途多難で大きな負債をかかえて自力で再生できずにいます。子供たちには殺戮の歴史は憎しみを植えつけるだけなので封印して教えていません」と言ってました。ポルポトの傷痕がトラウマになっています。私は当地でにわか哲学者になってしまい、この国の未来に想いをはせ、あれこれと考えてしまいました。その余波にゆれたまま整理がつかず関連書籍を購入して補習勉強に入りました。おいおいブログに書いて行こうかと考えています。

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このページは、三休が2014年8月23日 00:37に書いた記事です。

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