立春「寒い朝」

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 北風吹きぬく寒い朝も〜
  
心ひとつで暖かくなる
   
北風の中にきこよ春を〜? (佐伯孝夫詞)

 いま口ずさんでもいい歌ですね。
 今日は立春。外は一面の雪景色に零下9度の寒い朝。室内で体操をしひと汗かいてタオルで拭き取るこの対比、なんとも言えないいい感じです。心ひとつで暖かくなる。
 体内60兆の細胞群はすでに北風の中に春のおとずれを聞いているようで、体操する体の動きが柔らかくなってきています。
 「きのうより 少し開いた 梅の花」(三休)、もうすぐ春ですね。

 以下は私事の余談になりますが:
 この歌詞の中に「清らかに咲いた可憐な花を
みどりの髪にかざして今日も」とあります。中学、高校時代のバスケットのチームメイト、私の親友でもあったが、絵画など描いたことがなかったが、高校卒業時に突然に、みどりの髪に可憐な花をつけた女性像を描きました。この歌がモチーフだったのかも知れないが実に狂を感じる絵でした。今にして想うと彼が初めて自己表現した絵を、理解しほめてやればよかったと後悔しています。そうすれば彼は新しい才能を開花さて行ったと思うのですが、私もまだ未熟でした。彼はその後まもなくして理由もなく広島に行ったと聞いていますが、それ以来まったく消息がつかめずにいます。どうしたことやらといつも気になっている友人です。
 当時、彼のバスケットのセンスは突出していまして、県内で1、2位を争うプレイヤーでした。監督も一目を置くセンスで大学のバスケットでも十分に通用する選手でした。私は彼のバスケットにおける動物的なセンスを賞賛と羨みながらも不思議でした。
 しかし、高校のバスケットを離れた時期に、奇怪な緑の髪の絵が象徴するように、持ち前のセンスが狂いはじめたとしか言い様がありませんでした。色覚異常か狂なのかな、私の理解をすでに越えていました。ただ一つだけ思い当たる事は、彼はいつも親指の爪を噛んでいて、親指の先がただれるように太く大きくなっていたことです。恐らく遺伝性もあるのかも知れませんが、彼のバスケットのセンスをうまく絵画に展開できたらユニークな芸術家になっていたかと思うと、チームメイトとして残念でならない痛恨事になっています。

 昨年、高校時代のバスケットの名監督が亡くなり、今月中旬に偲ぶ会あります。私と同じ様に監督が一番気がかりで会いたく思う彼ですが、消息不明で欠席とのことです。残念ですがどこかで元気にいてくれるならば、それでいい。

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このページは、三休が2015年2月 4日 02:26に書いた記事です。

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