上海にて(3)

| コメント(0)

IMG_1392.jpeg 時間が空いたので上海浦東空港で3時間ほどぶらぶらしました。空港は相変わらずおおくの人で賑わい不景気など感じられませんでした。
 ランチの飲茶を終えて店を出ると、20歳くらいの娘が近づいてきて「お金がなくて朝からなにも食べてないので、パンを買うお金を恵んでくれないか」と物乞いです。彼らの二言目は「身分証明書を見せます」が常套句ですので直ぐに嘘だとわかります。街中ではよくある光景ですが、飛行場では初めてでした。虚偽だと直感し中国語がわからないふりして立ち止まると、もう一人同じ歳くらいの娘が近づいてきたのでスリを警戒し素早く立ち去りました。そして近くにいた保安員に報告かたがた物乞の真偽をたずねると、「もし彼らが本当ならなぜ我々の所に来ないで、人がよさそうで騙しやすいアンタの所に行くのか」と、返答が的を射ていました。まったくその通りで、彼らから見て(私から見ても)私はお人好しで騙されやすいようです。でも時にはそれを承知で騙されています。
 国内便到着の出口で農村部から都市に来る出稼ぎ労働者の様子を(以前は長距離バスか列車で上京)しばらく眺めていました。彼らは中国の高度経済成長を底辺で支えてきた人たちで、すでに出稼ぎが第二世代になっています。かつて第一世代がそうであったように都市部で結婚して子供を産み、共稼ぎのために故郷の里親に子供をあずけて家族の生活費を仕送りしています。それに農村籍から都市部に籍を移せません。
 こうした農村部には両親を離れて暮らす留守子が何百万人といます。農村ではこれが普通の生活でして、第一世代がそうした様に、いま第二世代もその様にし、やがてこの留守子が三世代になって行きます。農村部はお年寄りと子供だけで、多少は豊かになったとはいえまだまだ貧困なのです。それでも今はスマホで我が子と会話ができるようにもなり、生活が改善してますので現状で我慢しています。上記の物乞いグループは出稼ぎくずれということになり、経済の減速にともないさらに犯罪が増えてゆくことでしょう。
 到着出口からおばあさんが不安そうな孫の手をひいて「どうだ、大きくなったろう」と得意顔で出てきます。それを数組の若夫婦が待ち構えていて、子供は両親を見ると駆け寄り「パー、マー」と言いながらしばらくの間ぴたりと抱きついています。面白い事に男の子は母親に行き、女の子は父親に抱かれます。第一世代の時は我が子と会えるのは旧正月の年に1度でしたから両親の顔もうろ憶えでしたが(今でも大半はそうです)、最近はこうして飛行機でよべるだけの余裕もでき年に2回ほど会っているようです。
 子供を中にして親子3人が抱き合っている眩しい姿を見ていますと、目が潤んでしまいもらい泣きです。彼らの青い鳥はこんな身近な抱擁の中にあります。けして軍事パレ
--ドのハトではありません。高度経済成長を底辺で支えてきた彼ら親子が一緒に住める社会にするのが政治の王道です。
 私は軍事パレードを溜め息とやるせない気持ちで見ました。指導者の覇道意識はいまだ70年前にあります。「誇示されたものは欠如をあらわす」で、中国の真の脅威は軍隊でも軍事力でもなく意識(メンタル)の遅れにあります。20世紀の近代国家が患ってきた熱病で、3周遅れてきた中華共産王朝が「民主民生」の国になるまで、またこうした軍事パレードが時代錯誤だと気がつくまで、我が国も集団安全保障を整備して忍耐強く待つしかないと考えています。

コメントする

月別 アーカイブ

この記事について

このページは、三休が2015年9月 6日 09:51に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「拉中打右」です。

次の記事は「石原慎太郎戦後70年談話」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。