孫文記念館

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IMG_7869のコヒ?ー.jpeg 4日に神戸舞子の孫文記念館に行って来ました。
 孫文は1904年から07年に3年間日本に住んでいたこと。台湾に1913年、16年、18年と3回立ち寄ったことがわかりました。
 1913年、8月9日に中村天風は第二辛亥革命に敗れた孫文を、護衛しながら日本に帰国し、舞子の移情閣(八角堂)に身を寄せました。
 その後、8月19日に孫文は夜陰の中を横浜に向いアメリカに亡命した後も、天風は中国人「孫逸郎」と偽名を使い密航罪の期限が切れるまでここに留まりました。
 その為か、日本人、華人の中に、中村天風(孫逸郎)の記載名簿や写真はまったくありませんでした。たくさんの記念写真の中に1枚だけ若き天風らしき人がいましたが、期待をもって調べましたら別人でした。
IMG_7838.jpg このことは前から想像した通りでしたが、やはり残念なことでした。
 なんの証拠がなくも天風は確かに6か月間ここに居ました。
 私の天風追っかけの終点でしたが、なんの証拠がなかったが、それだけでいい。
 今では明石海峡の全長3911メートル世界最長の吊り橋の下になっています。当時、天風は八角堂の2階の窓辺から明石海峡を眺めたことでしょう。

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このページは、三休が2024年5月 6日 17:12に書いた記事です。

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