昭和への遺書

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IMG_1148.jpg かって読んだ岡潔の「春宵十話」のつもりで、旅先で読もうと「昭和への遺書」を、軽い気持ちで持って出かけました。
 終戦で「散るもまたよき国へ」を、読み始めましたら天才ゆえの文章の飛躍と難解さ、これは旅先で読む本でないと本を閉じてしまいました。
 それでも天才の「情緒論」を読みたくなって再読を始めました。難解なりにいい本です。岡潔が1927年29歳の時にフランスに行く途中、シンガポールで海岸の椰子の木が斜めに突き出て2、3軒の土人の家が床の脚を波が洗いつているの眺め、これが伊勢神宮の原型ではないかと、なんの解説もなく直感で一挙に飛躍する。
 先日、世紀の天才ニコラ・テスラの「369の理論」を読んで、どうしてこういう飛躍した発想が出てくるのだろうと難解なりに感動します。
 両者の一方的な飛躍した想像力が天才の所以なのだろうが、私も一緒に飛躍して読み進めると自分まで天才なのではと錯覚してしまう。
 もしかして私も天才なのかな、、、ありがとう。
 

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このページは、三休が2025年12月18日 15:56に書いた記事です。

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