2025年11月アーカイブ

浅間山

| コメント(0) | トラックバック(0)

IMG_1089.jpg やさしい暖かい日差しが続いていますが、気がつけば浅間山が雪化粧し、さらに奥の山々は雪山連邦になっていました。
 浅間山でも群馬の人は群馬側に浅間を愛で、長野の人は長野側の浅間を愛で、同じ山なのに育った地域で見方が変わるのも郷土愛なのでしょう。
 今日は信州佐久に私の大恩人の10年目の命日(享年92歳)と奥様の3回忌(享年97歳)をかねてお墓参りしてきました。ご夫婦ともに長寿でした。
 私は高校を卒業したら土方をになろうとこの親方の所に弟子入りの面接に行きましたら、「いつでも受け入れるが大学を卒業してから来い」と言われました。
 土方するのに大学など「この人は何ていう事を言うのだ」と思いました。その帰りに小諸の懐古園を散策しながら「なるほど」と納得するものがあり、帰宅して母に進学をお願いしました。これが自分の行く道を大きく変え、恩人は大学、留学通じ時折り援助してくれました。
 60年前の事ですが、今でも長男と長女の兄妹がいつも私を兄のように迎えてくれています。新しく建てたお墓は2度目の墓参りでしたが、なんともいえない清々しい気持ちで11月を締める事ができました。ありがとうございました。

卒寿パーティー

| コメント(0) | トラックバック(0)

IMG_1088.jpg 6月25日のブログにも書きましたが、モンゴルツアーにご一緒した方の90歳卒寿パーティーに列席してきました。
 東郷記念会館「飛翔の間」での立ち会パーティーでして、300人ほどの参加者の中に「資産設計実践会」の友人、「天風会経営者懇話会」の友人、古代文字研究の友人、自衛隊からの東郷会役員と空手道の友人、夫妻の個人的な友人達でした。彼が90年間に歩まれたそのままを物語っていました。
 壇上で彼が空手着で空手の型を披露し、今なお壮健の姿を見せてくれました。
 我々天風経営懇親会一同は、彼を囲んで天風会の合言葉「力だ、勇気、信念だ」を三唱をしました。
 最後のお礼の挨拶に次回は「白寿でまたお会いしたい」との結びでした。この方には「白寿のパーティー」がイメージできているようでした。(左の写真は卒寿の記念の品)
すごい方です。勇気をくださりありがとう。

宇宙の話

| コメント(0) | トラックバック(0)

IMG_1081.jpg 宇宙関連の本を見つけるとつい衝動買いしてしまう。
 まあそれはいいのだが、後で読もうとそのまま本棚に横積みしてしまう。今回もアマゾンで「宇宙の話」を見つけ、確かこの本を買ったかな思いながらもで購入してしまった。
 届いてみるとやはり同じ本を、ごく最近10月17日に高崎の本屋さんで購入していました。最近の物忘れの酷さに自分でも呆れてしまう。物忘れの罰として明日から読み始める事にした。
 幸いとても面白そうなので執筆の合間に気楽に読めそうです。
 明日から宇宙を旅してきます。ありがとう。
 
 

images.png 今日は新嘗祭、戦後に勤労感謝の日と改称されましたが、農耕社会でなくなったのでそれでいいと思う。
 我が家は久しぶりに国旗掲揚です。三連休でもあり隣り在る片倉製糸の無料駐車場はほぼ満車になりました。
 そして駐車場を出ると一番先に見えるのが我が家の国旗になります。参観客の中で1人でもいいので国旗をに見上げ「いいな〜」と思ってくれる人がいることを願っています。
 私がアメリカに滞在していた時は、勤労感謝とサンクスギビングを家族一緒にまだ行ったことのない海外旅行先で祝いました。お米でなく赤ワインで乾杯でした。
 1年の収穫をあらためて感謝する日があることはいいことです。
 この1年に感謝感謝です。ありがとう。

IMG_1065.jpg 今朝コンビニに寄ったら2025年11月20日解禁のボジョレヌーブォーが、1本だけ置かれていた。え!コンビニにと思いながらも値段も見ずに買ってしまった。
 あ〜もうサンクスギビングか、アメリカの生活がちょっぴり懐かしくなってしまった。解禁の日に会社の全家族に感謝を込めて贈ったものです。取り入って特別な味でもないのですが、「年に1度の味わいに心満たす」やはりこれがないと年末のムードが感じられません。
 でも、日本では私の周りの人は下戸ばかりで乾杯できる相手がいません。さりとて私一人で飲みきれません。それでもこの1年を感謝して27日に乾杯することにした。
 乾杯!2025年よ、ありがとう。

IMG_0975.jpg 先日11月5日、台湾の高雄に宿泊の折り、安倍晋三氏の銅像が立つ「紅毛港保安堂」行ってきました。3度目の礼拝でしたが、今回は「高市早苗首相総ご就任おめでとうございます」の横断幕がかけられていました。
IMG_0961.jpg その向いが芝生の公園になっていまして、安倍晋三氏の「台湾がんばれ」の写真と昭恵婦人のサインを挟んで「台湾有事就是日本有事」と、大きな石碑が置いてありました。
 「台湾の有事は即日本の有事」こんな事は国防の常識なのですが、これに中国共産党はヤクザ的ないちゃもんつけて来ました。
 高市内閣の崩壊と日本の世論の二分化する揺さぶり認知戦を仕掛けて来ました。
 かって中国共産党の李鵬首相がオーストラリアで「日本なんか2026年までになくなる」と暴言を吐きましたが、いま考えますとこれは彼らが密かに進めていた謀略計画でした。
 2025年の時点で、中国共産党の日本浸透計画がこれほどまで進んでいた事に驚きました。これは仕掛けられた「認知戦争」です。日本有事は台湾有事です。
 日本は2026年まであと1歩の土俵際で、日本の指導者は踏ん張り覚醒しました。
 歴史的にみて中国と接近した内閣は短命政権となっています。
 ありがとう!

IMG_1060.jpg 小学高学年向けの絵本なのですが、ちょっと興味をわき買ってみました。
 「こころのふしぎ、なぜ?どうして」と、心の話をこんなにやさしく書けることに感心してしまう。果てまた私の頭脳が小学生並みなのかわからなくなりました。面白く夢中で読んでしまった。
 明日から「続、こころのふしぎ」を読みはじめ、心の奥の方の不思議に入るのだが楽しみに読み進めていきたい。
 小学生向けの本だが、内容がとても深く大人がもう一度小学生になって復習してもいいお薦め本です。
 素敵な本をありがとう。

口だけ番長

| コメント(0) | トラックバック(0)

IMG_0991.jpg 台湾から帰国する前日に高雄国際空港と国内空港を下見しました。
 国内空港の壁に張り出されていた空路図を見て呆れてしまった。中国各地に飛ぶ空路が国内便扱いになっていました。
 台湾と中国の緊張関係が騒がれていますが、ここでも現実が台湾武力統一などという建前政治を超えていました。俗にいう「上に政策あれば、下に対策あり」です。
 中国共産党が台湾を統一するなど大声で騒ぎ立てることなく「現状維持」で平和が維持できるのです。武力で威嚇するのは共産中国の弱さの表れでしかない。
 また中国人はたとえどんな失言をしてもあやまる事をしません。失言を認める事は致命的な自己否定になるからです。中国特有の面子にも関係してきます。
 ですから相手が失言を批判すれば、陳謝する事なく必ず別件を取り上げ「お前が悪いからだ」と返してきます。
 またかと呆れてしまうのですが、これは国民性と承知した上で腹を立てる事もなく冷静に対応して行けばいいのです。
 「口だけ番長」で平和が保たれるなら、ありがたい。

台湾バナナ

| コメント(0) | トラックバック(0)

10/30.jpg 台湾の現地で食べるバナナは甘くて美味しい。
 今回は5日の滞在予定でしたが、急遽10日間になってしまい時間を持て余し、台北の三越、SOGOデパートで買い物をしながら街中をぶらぶら歩き回りました。
 夜は台北の夜市に2回行き、高雄の夜市に2回行き懐かしく食べ歩き三昧。日本人が異様な臭さに鼻を摘んで通り過ぎる「臭豆腐」を4皿、牡蠣入お好み焼きと、米線(オアミサ)を2皿、小龍包、空心菜、今回初めて「牛肉汁」等々を満喫。
 上の写真は、私が60年前に18歳の時に、船に1週間乗り継で基隆港に降り立ち、中国語でバナナひと房を買い求め、腕に抱えて食べながら基隆中央駅まで歩いた姿です。坊主頭で詰襟の学生服でしたので道中行き交う人の物見客として笑われましたが、「ついに来たぞ!」と得意絶頂のひと時でした。
 先日9月に阿里山に行きました時、この得意像を購入し「これは俺だ」と、10月に逝去した友人の山荘に黙って置いて来ました。その後、彼は1度だけ山荘に戻ってますのでこれを見て苦笑いしたと思います。
 台湾、ありがとう。
 

IMG_0944.jpg 今回は「タイガーエアー台湾」の格安フライトを試しに乗ってみた。
 創立11年目に入ると言う事ですですが、全く目に留まらず、9月に成田空港でこの虎模様のエアバスを見て乗ることにした。
 それは既存の航空会社に比べれば見劣りするが、国内旅行並みの低価格と3、4時間ほどの飛行でしたらこれで十分です。
 さらに驚いた事に台湾の台北、高雄、台南、台中空港から日本の23各地に繋がり、まるで日本と台湾がひとつの国内旅行シャトル便の様です。現実が国際政治よりはるかに超えていました。
 これは私の長年の夢でもありましたが、すでに夢でなく現実となっていました。
 驚きをありがとうでした。

哀悼 李明俊先生

| コメント(0) | トラックバック(0)

IMG_1031.jpg 10月30日に私を工場側から支えてくれた、また弟のような片腕であった李明俊先生が逝去しました。享年70歳。11年ほど肺癌を患っていました。
 彼は奇才でつぎつぎに開発商品をヒットさせて、私の会社を大きくさせてくれました。
 彼は台湾の南部で熱い太陽をたくさん吸収して育ったからか、特異な体質で体内が燃えるように熱く冬でも常に氷水を片手にして飲んでいました。
 また開発を始めると集中力が強く睡眠もろくに取らず、仕事に疲れると一人で中国の山村を訪れては絵を描いていました。上の絵は私のアメリカの倉庫に飾ってあったものです。
 ですから彼の体熱で癌細胞など焼き殺してしまい、いつまでも死なないのではないかと思っていましたが、ついにその戦いに敗れました。
 1ヶ月前に阿里山に招待されたばかりなのですが、虫の知らせか10月31日という月を跨いだ中途半端な日に台湾に行くことにしました。
 私が成田空港で出国手続きをしている最中に、彼の妻から「衝撃とは思いますがやはり貴方には知らせないわけにいきません」と、メールが入って来ました。
 私は彼の高雄の家に直行し、彼を8日間見送ることができました。
 私は彼の死を覚悟はしていましたが、いざ死が現実になると失語症になったかの様に言葉を失ってしまい、この「元気ブログ」も今日まで更新できずにいました。
 彼はほんとよくがんばりました。これまでありがとう。
  ただただ感謝感謝です。合掌

 11月をはじめます。
 「何かあるのが人生」と、わかっていながら、どうにも気が滅入ることがあります。
 少し間を置いてからブログを更新することにします。
 明日は台北に向かう。ありがとう

このアーカイブについて

このページには、2025年11月に書かれた記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2025年10月です。

次のアーカイブは2025年12月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ